第10話 プレイヤーバトル
馬鹿でかい尻尾が唸りを上げて頭上をかすめていく。
「リッパー!」
尻尾の軌道を確認し、セラフの左脇腹で調子に乗って斬りつけまくっているリッパーに怒鳴る。そこに視界の端から何かが飛び込んでくるのが見えた。
「くらえぇぇぇぇっ!!」
と、およそ年頃の女の子とは思えない言葉を発しながらつっこんでくるララだった。サムから貰った『韋駄天の靴』のせいか、目を見張るスピードで接近すると尻尾の付け根に右拳を叩き付け、次の瞬間尻尾を蹴って上方へジャンプし離脱を計る。
ボンッという鈍い音とともにララが拳をぶつけた箇所が内部から裂け、周囲にセラフの体液が四散するとともに、耳が痛くなるほどの咆吼が辺りに響き渡った。
モンク特有の打撃技『爆拳』である。体内で練った気を拳を通して相手の内部に伝え、内部で爆散させる技で、相手が今回のような堅い表皮を持つ竜族であってもそれを無効にしてダメージを与えられる特性があった。
セラフの咆吼に弾かれる様に後方に飛び退いたリッパーに気づいたセラフは、その鎌首をリッパーに向け、大きく息を吸い込む。ブレス攻撃の前兆動作だ。
「ウホホ―――イッ!!」
意味不明な奇声を上げつつ、上空からほぼ垂直に槍を構えたサムが急降下してきた。今まさにブレスを吐くという瞬間に、サムの槍がセラフの右目に突き刺さり、アントニギルスはたまらず上空に炎を吐いた。
だがサムが槍を抜いて飛び降りようとジャンプした瞬間、セラフの体が青白く光り、稲妻が発生してサムに直撃、サムは「ホゲェッ!」とこれまた奇妙な声を上げて吹っ飛ばされた。
「サム!!」
とりあえずそう叫んだが、あの馬鹿っ! なんで弱点の後頭部狙わねえんだよっ!
サムの余計な攻撃により、『雷帝』と呼ばれる古龍種、『アントニギルス』は怒り狂っていた。
アントニギルスは古龍種と言われる竜族最強の種類に属するセラフで、大きさ、攻撃力もさることながら非常に高い知能を持っており、ブレスの他に魔法も使ってくるやっかいなセラフだった。特に雷撃系呪文を好み、雷撃系高位呪文『ギガボルトン』を使ってくることが『雷帝』と呼ばれる由縁である。非常に強力なセラフで上級者といえど全滅を余儀なくされることも少なくない相手だ。
まるで地団駄を踏む子供のようにバタバタ前足を踏みならし、怒りをあらわにするアントニギルス。至近距離にいる俺はまるで激震の様だ。
俺は素早く呪文を口ずさみ、安綱を下段に構える。
「フレイアソード!」
魔法剣フレイアソードを行使し、右の前足を下段から上へ斬り上げ、返す刀で横に薙いだ。安綱の刃は堅い竜族の表皮などものともせず、まるで豆腐を切るような手応えで右前足を骨ごと両断し切り口から炎が上がる。信じられない切れ味だった。
最近何故だかやたらよく切れるんだよな、安綱。この前のダイノクラブもそーだけど、なんつーの? 斬るたびに斬れ味が増すつーかさ。それになんだか妙に軽く感じるし……
そこへ、間髪入れずに複数の炸裂音とともに頭上に閃光がはじけた。
確認しなくても判る。ドンちゃんの魔法弾だ。マジで絶妙なタイミングで撃ってくるな。このタイミングで着弾するって事は、俺や他のメンバーの動きを予測してないと絶対出来ない芸当だ。
それに恐らく炎焼系上級呪文『メガフレイア』の効果を負荷した弾だろうが、かなりの破壊力だ。さっきサムにえぐられた方の右目から口にかけてが、高温で溶けてやがる。さすがにレベル30オーバーの魔導士が呪文を込めると違うわ。
「おーいっ、凄いの行くから離れてねー!」
とドンちゃんの声が響く。俺は直ぐさま後方に飛び離脱を計った。
顔半分が溶けて、右前足無くなったにもかかわらず、飛翔して逃げようとはせず、なおも残り一本の前足で踏みとどまり俺たち狩人を睥睨し、灼熱のブレスを吐こうと鎌首をもたげる雷帝アントニギルス。まさに帝王と呼ぶにふさわしい闘争本能だった。
「メテオバースト――――!!」
雷帝の咆吼に被るように響き渡る白銀の魔女の澄んだ美声。
今まさに決死のブレスを吐こうと息を吸い込んだ雷帝の頭上に大きな火球が出現した。そして次の瞬間その灼熱の大玉が逆落としに雷帝に直撃した。
目も眩むような閃光と、皮膚が焼けるような熱風が周囲を席巻し、すさまじい高温が一点に凝縮されていく。
炎焼系最上級呪文『メテオバースト』
これが行使できる魔導士はそうはいない。別にアントニギルスは火が弱点ではないが、それでもこの高温では生き残る術がないだろう。相変わらずすげー破壊力だった。
魔法の影響が消え、周囲に静けさが戻る。
着弾地点は半径20mほど地表がめくれクレーターのように抉れていた。そこにいたであろうアントニギルスの姿は無く、ただかろうじて直撃を免れた首だけが、抉られた地面の外側に横たわっている。
「すげーな、バグってやがる……」
クレーターの中心を見ながら、リッパーが呟いた。
見るとクレーターの底の方の地面がポリゴン化してノイズのように明滅を繰り返していた。メテオバーストの行使とアントニギルスの消失、それにこのフィールドの処理による負荷でプログラムが一時的にダウンしているのだろう。
呪文が行使された瞬間に退避していたララやサム、それに離れていたドンちゃんなんかがのぞき込んでいる。
「もう少し早くやった方が良かったかしら」
そう呟くスノー。相当な集中力と魔力を消耗するはずだが、当の本人はけろっとした顔だ。やっぱすげえぇな、上級位の魔導士って。
「あそこでサムが急所突いてりゃメテオバーストなんて撃たなくても終わってたんだ」
急所が狙える絶好のポジションだったのに…… そもそもおまえ何のためにジャンプしたんだよ……
「ミーはララちんの護衛ね。ララちんがつっこめばミーが飛んで駆けつける。相方としてこれ当然の事ね」
だーかーらー、護衛だっ! ご、え、いっ! 相方って、芸人かおまえはっ!
「それにしてもララちゃん、だいぶ慣れてきたんじゃない?」
とドンちゃんがララに声をかけた。確かにララの成長はめざましい物がある。レベル17でアントニギルスに接近戦を仕掛ける度胸もすごいけど……
「まあね、ヒットアンドウェイってやつ? 最近やっとこつが掴めてきたの。なんて言うの? セラフの呼吸みたいなのが判るってゆーか」
ホント、2週間でたいした物だ。タイミングってさぁ、ふつうは経験で培う物だけど、ララの場合本能でやってるんだから。恐るべし、格闘マニアのビジュアル系悪魔。
でもまあ、これからが伸び悩むんだけどね。
「リッパー、おまえ接敵長すぎ。ララが飛び込んでこなけりゃヤバかったろ」
「へっ、あんな尻尾に当たるほどトロくねえよ」
俺の文句に二本の剣を両手でクルクルと弄びながらそう不敵に答えるリッパー。
嘘こけっ、俺が怒鳴るまで一心不乱に斬りつけてたじゃんかっ! まったく、コイツのこの癖直らんのかな。
「それにしても、だいぶチームとしてのポテンシャルが上がって来たわね。古竜種相手にたいしてダメージ受けずに狩り捕れるんだもの」
フードに付いた砂埃を軽く払いながら満足げにスノーが言う。確かにスノーの言うとおりだ。一様にしてみんなさしたるダメージを受けていない。電撃を食らったサムも平気な顔して笑ってる。まあ、コイツの場合は死ぬほどのダメージ食らってても笑ってそうな気がするが……
ララの成長もさることながら、メンバー間での攻撃の連携が取れてきたことが一番の要因だろう。まあそもそも元々1名を除いては皆ハイレベルな上級プレイヤーなのだから当然なんだろうが、メンバーの妙な性癖や性格を考えるとそうも言い切れないものがある。
「さて、そろそろベースに戻って精算しようぜ。続けて別のクエストもエントリーするんだろ?」
「そうね、各自装備を点検して。戻るわよ」
リッパーの言葉にスノーがそう答え、みんな各々自分の装備の点検に取りかかる。ベーステントまでそうたいした距離じゃないが油断は禁物。撤退時が一番危険なのはプレイヤーの常識だった。
俺も安綱を鞘に仕舞い、少々緩んでいた『愚者のマント』の留め金を絞り直す。それから一応スタミナ補給のため干し肉をちぎって口に放り込んだ。相変わらず独特の味が口の中に広がる。どうもこの味は慣れないなぁ。
とその時、独特の飛来音が俺の鼓膜を刺激した。
よく聞き慣れたその音に、反射的に俺はドンちゃんことマチルダを見る。魔弾砲の装填数を確認していたマチルダもその音に反応したのか、怪訝な顔をして俺と目があった。
次の瞬間、爆裂音とともに俺達の周りを炎が包み込んだ。
肺まで焦がしそうな熱風を顔に感じつつ、俺は瞬間的に隣にいたララの腕をひっつかんで横に飛び退いた。
弾けた赤い炎が瞬間的に高温を発して辺りを焦がし、急速にその勢いを失っていくのが分かる。セラフのブレスじゃない。魔法特有の炎、恐らく中級呪文『フレイガノン』程度だろう。そして爆発前に聞こえた音……
「いったぁ……」
俺の隣で横たわるララが肘をさすりながら上体を起こして文句を言う。
全く何が起こったのか分かっていないだろうララをとりあえずスルー。直ぐさま立ち上がり他のメンバーに声を掛けつつ、腰の安綱を抜いた。
「みんな無事かっ!?」
見ると皆俺達と同じように瞬間的に散開したようで、直撃は免れたようだ。
「シャドウっ! 今のは……!?」
「ああ、ドンちゃん。間違いない、今のは魔弾砲による狙撃だ」
「魔弾砲!? 魔弾砲撃ってくるセラフなんて居るんだ?」
経験の浅いララなら知らないのも無理はない。
「いや、そんなセラフはいやしない。魔弾砲は俺達プレイヤーだけの武器だ」
つまり、この攻撃は他のプレイヤーからの攻撃って事だ。しかし―――
「おいスノーっ! オープンでエントリーしたのかっ!?」
「馬鹿言わないで。ララが居るのにオープンでする訳無いじゃないっ!」
俺の詰問にそう怒鳴り返すスノー。だとしたらこれはいったいどういう事だ?
「ねえ、オープンって何?」
困惑する俺にララが質問する。
「オープンってのはクエストをパブリック化してエントリーすることだ。オープンでエントリーすると他のチームも俺達が今エントリーしているこのクエストに自由に参加することが出来る」
サーバの負荷を考えてか、同時にエントリーすることが出来るチームは2チームまで。大体のチームは通常『ブロック』という他のチームが介在しない単独エントリーを選択する。オープンでエントリーする場合は、イベントやチーム交流戦、または傭兵がエスコートする場合、そして…… チームバトルという特殊な戦闘をする時以外にない。
オープンでエントリーした場合の最大の特徴は、他のチームメンバーを攻撃できるという点だ。しかもこれが結構極悪で、デッド判定をかわすダメージを与えて行動不能にすれば、相手の装備を奪うことが出来るのだ。それ故、オープンエントリーのチームバトルは大方仲の悪いチーム同士の決闘や因縁を付けてくる性悪チームなんかの喧嘩の場として利用される。
俺は傭兵だっただけに、実はこの手のもめ事には慣れている。傭兵は基本的にオープンのクエストでしか参加できない。雇う側が1チーム、傭兵が2チーム目といった具合だ。複数の傭兵を雇う場合は傭兵側の仮で作ったチームに登録させてエントリーすればいい。
そして雇い主であるチームとのもめ事は言ってみれば日常茶飯事だった。大物セラフを狩り終え、いざ精算って時に、やれ高いだの働きが悪いだのと難癖を付けて少しでも払いを少なくしようという輩も少なくないのだ。
俺ぐらいになるとそんな難癖を付けてくる奴らはほとんど居ないが、それほど名が売れてない傭兵なんかは雇う側もなめてかかってくる場合が多く、バトルに発展するケースが往々にしてあった。
多対一じゃんと思うかもしれないが、そんな前衛戦力を傭兵で補わないとクラスAのフィールドに立てないような半端な連中じゃ、束になって掛かってきたって負ける気がしない。踏んでる場数や経験、そしてそもそもレベルが違う。
相手が高レベルだったらどうかって?
そんな上級者が傭兵を必要とするか? ってのもあるが、そういう連中はここのルールをよく分かっているから余程理不尽な扱いや働きでない限り、バトルにまでは発展しなかった。
話は戻るが、さっきのスノーの言葉を信じるなら、ブロックでエントリーしている限り他チームによるこのクエストの介入はあり得ないはずだ。
ならば何故?
前にも述べたがセラフィンゲインのセキュリティは軍事施設のそれに匹敵する強固な物だ。ハッキングや不正アクセスなどのプレイヤー側からの人為的操作はあり得ないはずだ。だとするとホスト側に問題があるはず。プログラムのバグか何かだろうか?
皆目見当が付かないが、攻撃されているのは間違いない。俺は思考を切り離し、戦闘モードに移行する。
何者かの気配を察知し、警戒しつつ安綱を構え、正面の茂みをにらむ。程なくしてがさがさと草葉が揺れ、右手に剣を携えた銀色の鎧姿の男が姿を見せた。
鎧姿の男の後に続き、同じような装備の人物が2人、その後にローブ姿の人物が2人と、ドンちゃんと同じく魔弾砲を担いだガンナーであろう人物が続く。
装備を確認するまでもない。俺達と同じ、プレイヤーだった。
「おいっ! お前らどういうつもりだっ!!」
両手に剣を構え、今にも斬りつけそうな勢いで怒鳴りつけるリッパーの声が、まるで聞こえないような雰囲気で沈黙を守る一同。なんだこいつら?
ふと、ちょうど正面に立つ戦闘の男の顔を見て、俺は息を飲んだ。見知っている顔だったからだ。
こいつ確か『アポカリプス』の……
俺はスノーに目線を移す。スノーはまさに凍り付いた表情で先頭の男を凝視し、瞬き一つせず、ただ唇をふるわせてこう呟いた。
「カイン…… 何故?」
距離があったのでよく聞き取れなかったが、唇の動きがそれを伝えている。
カイン―――
それは以前スノーが在籍していたチーム『アポカリプス』の前衛を努めていた戦士の名前だった。
やっぱりね。いやな奴、嫌いな奴ほどよく覚えている。
その時、スノーのその呟きが引き金になったかのように、前衛3人が突然斬りかかってきた。俺は即座にララを庇いつつ斬撃を安綱で受け止める。立て続けに2合ほど斬り合い鍔迫り合いに持ち込みお互い膠着する。
「おい、手前ぇ……!」
と声を掛けつつ、カインと呼ばれた男をにらみ返す。しかし、彼の目は色を失っていた。
全くの無表情。その表情からは何の感情をうかがい知ることはできない。まるで『人形』のそれだ。数秒の膠着を続け、力で押し返すと、スッと下がって剣を正眼に構え直し、俺を見つめる。
だが、またしてもその表情は何の変化も見いだせなかった。
「ララ、少し下がってろっ! こいつらどうもおかしい」
少し距離を取ったせいで少々余裕が生まれた隙にそうララに声を掛けて安綱を構え直しつつ、他のメンバーを伺う。
サムもリッパーも初回の斬撃を受け止めつつ、同じように相手を突き放し距離を取っていた。
サムは傭兵だったこともあり、対プレイヤー戦には慣れているのだろう。いつも通りの動きで相手を牽制しつつ相手を威嚇している。時折意味不明な奇声を上げているが、アレにいったい何の意味があるのだろう……
しかしリッパーは動揺を隠せないようだ。表情がそれを物語っている。まあ、無理無いけど。普通一般的なプレイヤーなら、他のプレイヤーとの戦闘なんて経験無いだろうからね。セラフ相手とは勝手が違うのだろう。
前衛は俺とサムとで何とかなるが、後衛はやっかいだな。さっきの魔弾砲の威力から考えるに、魔導士も結構高レベルだろう。こっちは俺とサム以外はプレイヤー同士の戦闘なんてあまり経験がないだろうからタイミングが掴めない。上位呪文を唱えられたら対処が遅れるのは確実だ。
「ねえスノーっ! どうすればいいの?」
ドンちゃんの悲痛さを含んだ声が響く。だが、スノーからの指示は沈黙だった。
「カイン…… 何故…… あなた……」
見るとスノーは顔面蒼白のまま口元を押さえて硬直している。
ダメだっ スノーがテンパってる以上、バックアップは期待できない。そうこうしているうちにまた前衛が斬りかかってきた。
「くっそーっ! なんだってんだよっ!」
吐き捨てるようなリッパーの声が響く。セラフ相手じゃないから調子が狂うらいしい。本来のリッパーの動きではない。
だが俺もララを背にしたカインとの斬り合いで援護できない。確か奴はレベル28の上級者だ。そう簡単にはいかない。
「プロテクション!」
不意にカイン達の後ろに控える後衛の一人がそう叫んだ。その瞬間向こうのメンバー全員の体が青白い光に包まれる。
ちくしょー! やろー『プロテクション』をかけやがった。コレでこちら側の攻撃ダメージは半減されることになる。セラフ相手で無かろうと、その辺りは律儀に補正されるんだよな。
「サンちゃんっ! こっちもプロテクションだっ! 同条件じゃないと被害がでかくなる。急げっ!」
スノーが沈黙している今は、指示を待っていると命取りになる。とりあえず俺がそうサンちゃんに指示を出す。程なくしてこちらのメンバーの体がほのかに光る。
「ドンちゃんは狙えるなら向こうのメイジを狙撃してくれっ!」
カインの斬撃を凌ぎつつ、続けてドンちゃんに叫ぶ。これだけ敵味方接近した乱戦だから、まさか派手な魔法は相手も使わないと思うが、万が一にも高位呪文を詠唱されたらやっかいだ。早めに潰しておいて損はない。
「どりゃーっ!」
そこへ甲高い声が響く。ふと見るとララの『爆拳』が前衛の剣士に炸裂したところで、相手が吹っ飛んで行くのが見えた。
あー、コイツの場合、経験浅いのが幸いした。とりあえず自分に向かって攻撃してくる相手は全て『敵』と認識しているようだ。それがセラフであろうが無かろうが関係ない様子…… まぁ、経験浅いつーか、日頃人間相手に格闘しているだけに、その辺の抵抗感というか禁忌感といったものは皆無なんだろうな、実際。リアルで悪魔張ってるだけのことはある。
俺はカインとの斬り合いの中で、ふと妙な違和感を感じる。結構高レベルなプレイヤーだから手強いのは分かるが……なんか違う。なんだ、コイツ?
普通プレイヤー同士のバトルの場合、何というか相手の殺気みたいな物を感じるのだが、カインからはそれが全く感じられない。まるでセラフと戦っているかのようだ。なんかなまじ知ってる顔だけに気味が悪いんだよ。
そうこうしているうちに、俺の鼓膜を刺激してきたのは相手のメイジの呪文詠唱だった。
「オイオイ、マジかよ。こんな接近戦で……」
聞こえてきた詠唱は長さ、複雑さから考えて恐らく高位呪文だ。この距離じゃ確実に自分のチームの前衛を巻き添えにするだろうが、そんなことはお構いなしなのか?
ドンちゃんもさっきからメイジを狙って攻撃を仕掛けているが、敵のガンナーに逆に狙われていて思うように狙いが付けられないようだ。それにドンちゃんも対プレイヤー戦は経験が無いらしく、躊躇しているようだし。
「ヤバイな、こりゃぁ」
と呟いた瞬間、目の前が真っ白になり、痛みを伴った冷気が顔面を直撃した。とっさに左手で『愚者のマント』を顔の前に掲げて冷気から逃れる。続いて一瞬にして右手のグローブごと安綱に霜が掛かる。
冷却系高等呪文『ブリザガント』メイジが使う冷却呪文では最強クラスだ。
効くぅ〜っ!
さっき掛けて貰ったプロテクションに加え、ある程度属性攻撃や魔法攻撃を緩和してくれる『愚者のマント』だが、この至近距離では完全とはいかない。その証拠にマントを持ち上げた左手の感覚が全く感じられなかった。恐らく凍り付いたのだろう。このバトル中は左手は使えないな、たぶん。
霜の張り付いたマントを払い正面のカインを見ると、奴は剣を地面に突き立て、右半身にびっしりと霜が張り付き片膝をついていた。見ると右足が完全に凍っている。同じチームの仲間に食らったにもかかわらず、その表情には何の感慨もない様子だった。
カインの右足が動かないのを確認した俺は、他のメンバーを見渡す。皆似たようにうずくまっている。デッドするまでではないが、皆一様に結構ダメージを受けたようだ。
と、思った瞬間、隣にいたララが崩れるようにしゃがみ込んだ。
「ララァっ!?」
「だ、だい、じょうぶ……」
全然大丈夫じゃないっ! 全身真っ白じゃんよ、お前っ! レベルが上がったせいと、プロテクションの効果で何とかデッドしてないだけつーかなりのダメージだ。
そこに動けないララに向かってカインが斬りかかってきた。右足が凍り付いているにもかかわらずえらいスピードだ!
くそっ! 間に合わねぇ――――!
そう思った瞬間、俺の中で何かが弾けた。
絶対に間に合わないと思ったタイミングだったが、蹲るララの前で安綱はカインの斬撃を水平に受け止めていた。さっきのブリザガントのダメージで左手は使えないから、右手のみで受け止めたのだが、カインの斬撃がまるで力をかけていないかのように微動だにしない。
俺が自分のやったことに驚いていると、耳の奥にキーンっと耳鳴りのような音が鳴り出した。
「なんだこりゃ!?」
大きくなったり小さくなったりを繰り返し、まるで生き物の鳴き声のようだ。
違う…… この音は安綱から……
見ると黒光りする二尺六寸の刀身が音に合わせて小刻みに震えていた。
「安綱が……」
鳴いている。間違いない。この音は安綱から発せられている。鬼丸から譲り受け、もう1年以上使っているが、こんな事は初めてだ。何が起こったんだ?
するとカインが素早く剣を引き、今度は突きを繰り出してきた。俺は体をくるりと回転させ突きをかわしつつ、安綱を縦に振るった。先ほどのダメージを感じさせない、流れるような動作だった。自分の体じゃないみたいだ。
振るった刀身は、カインの装備している甲冑を物ともせず、銀色に光る小手ごと突き出されたカインの手首を切り落とした。俄然手応えは空を薙ぐようで、抵抗が全く感じられず切り口はまるで線を引いたように鮮やかな断面を形成している。信じられない切れ味だ。いったいどうしちゃったんだよ、安綱。
右手に握られた安綱は、耳鳴りのような音を発しつつ小刻みに震えている。それはまるで、敵を威嚇する獣のようだった。
さらに、切断したカインの手首が驚きの現象を見せる。
安綱に切断され、腕からスッと離れて地面に転がったと思ったら、なんと手にしていた剣と一緒にパッとポリゴン化されて弾けてしまった。
「消えちまった!?」
セラフィンゲインではデッド判定がされるまでその装備品が消えたりすることはない。にもかかわらず、カインの剣が着られた手首ごと消滅した。しかもあんな消え方は見たことがない。
俺は警戒しつつカインを見る。すると、此処で初めて無表情だったカインに変化が見られた。
「――――!?」
表情はあいかわらず無表情なのだが、その瞳からは涙が溢れていた。
両腕を失った事が悲しいのか、激痛に耐えているのか、それとも何か別の理由があるのか…… 無言無表情のまま、ただ涙を流すカインからはその理由をうかがい知る事は出来なかったが、その異様さに俺は少し背筋が寒くなるのを感じた。
おかしい……
ブロックエントリーで突如出現した第2のチーム
無言にして無表情のまま、まるで人形の様に襲いかかるプレイヤー
それに呼応するように鳴りだした安綱の奇妙な反応
デッド判定を待たずして消滅する装備……
何か違う、何かが致命的に狂っている。
この作られた世界でイメージとして肌に感じる風の中に、何かとてつもない毒気のような物が混じっている様な錯覚を覚えつつ、さっきから鳴りやまない安綱を構え直した。
いったい何が起こっているんだ……!?
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第10話更新いたしました。
最初の『アントニギルス』との戦闘シーンは、当初もう少し長かったのですが、後のPvsP戦を考えると、どうも諄くなってしまうのと、少々バランスが悪くなってしまうのでバッサリカットしました。しかし少し浅かったかなぁ、などと今頃になって思っている優柔不断な鋏屋です。
若干メンバーがまとまりすぎている感もありますし……ボリューム的にどうでしょう?
この辺りの構成力不足が今後の課題かもしれないと考えています。
シーンの繋ぎ部分もちょっと強引だったかもしれません。う〜ん、引き出し少ないな……_| ̄|○
鋏屋でした。
〈次回予告〉
突如出現した正体不明のチームによる攻撃で、思わぬ苦戦を強いられるチーム『ラグナロク』
リーダーであるスノーのパニックによりバックアップが期待できないと判断したシャドウは、スノーに代わり指揮を執り体勢の立て直しを計ろうとするが、なれないプレイヤー相手に思うようにいかず、嫌な予感が脳裏をよぎる。その時、白銀の魔女ことスノーは、禁断の魔法を発動さてしまう。
シャドウはその呪文の効果に、かつて自分が唯一『友』と慕った男の声を聞いた……
そしてスノーの口から発せられる衝撃の事実! 愛刀『安綱』の鈍い光を放つ刀身に、シャドウは何を思うのか?
次回 セラフィンゲイン第11話 『禁呪』 こうご期待!