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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
10/60

第9話 ロスト

 午後からの全く持って眠くなる大学の講義を終え、僕はいそいそと電車に乗り込み秋葉原へ向かった。

 最近よく一緒に秋葉へ直行するようになったマリアも、今日は買い物があるとかで、アクセス開始時間に『ウサギの巣』で合流することになっている。

 華々しい? 初陣から早2週間がすぎ、僕たち『ラグナロク』はかなりの数のクエストをこなし、ランキングトップ3の常連になっていた。

 マリアも初めのうちは1日に3回以上デッドしていたが、段々回数が減り、最近ではそれなりに攻撃仕掛けても死なずに帰還できるようになっていた。さすがにあれだけのレベル差がある戦闘を繰り返しているだけあってレベルアップも早い。

 リアルで格闘術に長けていたせいか、その戦闘センスは非凡な物を見せ、元々持っている反射神経や持ち前の勝負感なんかも影響してか、一昨日早くもレベル17になり中級クラスのボスにもクリティカルヒット【致命打】を与えられる様になっていた。

 モンクというクラス自体、成長が著しいという事を考慮しても、これは驚異的だと思う。初めは疑問だったけど、今にして思えばあれほどマリアにぴったりな職業は無いかもしれないよ、マジで。

 当然ティーンズな訳だからまだ若干心許ない部分もあるけど、ちゃんとチームに付いていっている。いやはやびっくりだ。さすがは悪魔。常識で測っちゃダメだね。

 

 まあ、そんなわけで今日は一人で秋葉に向かっていた。

 セラフィンゲインのアクセス時間にはまだ早いけど、僕には別の目的があったんですよ。

 今日は前々から予約していたDVDの発売日。しかも初回限定版には限定500体のヒロイン特大フィギアが付いてくるのですよ!

 ネットで見たフィギアの出来は素晴らしかった。掛けている眼鏡は外して『眼鏡無しバージョン』になるし、顔の造形も忠実に再現され、『怒った顔バージョン』と『微笑みバージョン』に選択可能。しかもシリアルナンバーが刻印された超レアな品物。もうね2万8千円つー値段はこの際スルー! 全然痛くないですよぉっ!

 あっ、いや…… そりゃ痛いけどね。

 まあ、つー訳で僕は秋葉原の駅からほど近い行きつけのショップに向かった。

 『耳屋』つーよくわからん店名は店長さんのセンスだろう。基本はゲーム店なんだけど3階建ての店にはゲーム以外にもDVD,フィギア、セルなど、およそ僕のような人種がへばり付きたくなるアイテムが満載で、はっきり言って、僕はここで3時間は潰せます。 とりあえず1階のゲーム関係を15分ほど掛けて散策した後、2階の店長が居るフィギアのエリアに上がっていった。

 階段の壁には、僕が予約したDVDのポスターが『どうよ?』ってなかんじで貼ってあり、その上から『本日入荷!』と『品切れ中』のポップがヒロインの顔を覆うように貼り付けてあった。

 予約してあるんだけど、この『品切れ中』の文字はちょっとドキッとするよね。大方『零時待ち』の連中で無くなったんだろう。

 この店は基本的に予約販売はやってない。僕は店長と知り合いなので特別って訳。高校の頃から通っていただけのことはあるでしょ。

「マスターさん、居ますか?」

 カウンターの微妙に崩れたバンドマンみたいな店員さんに声を掛ける。耳ピー鼻ピーの金髪レゲエみたいな格好に、ケロロ軍曹のTシャツは正直どうかと……

「てんちょー! かげさん来たでぇ〜」

 何故か関西弁の店員さんに呼ばれ店長さんが顔を出した。どうでもいいけどその『かげさん』って呼ぶのは止めてほしい。苗字が『景浦』だから仕方ないかもしれないけど、日頃から社会的に存在が薄いかも〜って自覚しているだけに、芯に来ますよ、それ。

「だから、マスターって呼べっていつも…… よう、いらっしゃい」

 角野卓造さんをちょっぴり若くしたかんじ。でも40前に見えないのはきっとこの顔のせいだね。いやーいつ見てもよく似てるなぁ。ラーメン屋やったら似合うよきっと。

「あります?」

「あるよっ!」

 ちょっと低い声でそう答えてもう一度奥へ消えていった。

 ひょっとして…… 今のものまね!? 

 道理でマスターって呼べって言ってたのか。全く似合ってないが、それについてはコメントを控えよう。

 少しして奥のバックスペースからお目当ての品物を持ってきてくれた。僕が代金を渡すとそれを袋に詰めながら店長、もといマスターが話しかけてきた。

「あっちは最近調子どうよ?」

 『あっち』とは、セラフィンゲインの事だった。実はこのマスターもセラフィンゲインの古参のプレイヤーで、あっちでの名前は『オウル』 ドンちゃんと同じくガンナーで僕と同じく傭兵をやっていた。何を隠そうセラフィンゲインを教えてもらったのはこの人からだ。リアルじゃもうかれこれ5年くらいになるよなぁ、この人と知り合いになってから。

 向こうでも何度か話したことがあるけど一緒にクエストに参加したことはない。まあ基本的に傭兵が同じチームでやることは滅多にないから当たり前なんだけどね。

 そして僕が居たチームが解散してこれからどうしようかと考えていたとき、傭兵に誘ってくれたのもこの人だった。傭兵の間ではそこそこ有名な人なんだ。

「何でも傭兵から足を洗って新しいチーム作ったんだって? 『カラスが飼われた』って結構噂になってるよ」

「マジですか?」

 新チーム云々は別にして、なんつー表現だよ、それ……

「ああ、あんた有名だからな。それに結構評判の良い傭兵だったから『ネスト』じゃあんたが居ないことを知って残念がって帰る客も多いって話だよ」

 内容はどうあれ、惜しまれるつーのはちょっと気分がいいかも。リアルじゃ惜しまれるどころか、居ても居なくても一緒つーのが僕の立ち位置だから。ちょっと哀しいけど……

「はは…… 僕はほら、クライアントは大事にする主義でしたし。それにしてもマスター、辞めたのによく知ってますね」

 昔から意外と情報通なのよね、この人。あっちでは『情報屋』的な事もやってたようだし。

「まあな、俺も『オウル』【梟】だからカラスの動向には興味あるんだよ。それとな、俺はまだ『現役』だぜ?」

「えっ? そうなんですか? 最近全然見ないからてっきり辞めたのかと思ってました」

 知らなかった。まさかまだ現役だったとは。しかし、奥さんとも別れて、もうすぐ40歳になるのにそんなことやってて大丈夫なんだろうか、この人。どことなく自分の未来像を見ているようで怖いんですけど…… そのよくわからないアニメキャラのバンダナも微妙ですし……

 まあ、僕もそうだけど、セラフィンゲインのプレイヤーって変わった人が多いよね。

 そんなことを思っているとマスターがさらに聞いてきた。

「何でもプラチナ・スノーと組んだんだって? そんでもってメンバーほとんど25オーバー。しかもそのうち30オーバーが2人かよ。すげーチームだな、オイ」

「ええ、まあ……」

 陣容だけ聞くと、確かに凄いんだけどいろいろ問題も多いんですよ。精神的に……

 確かに最近はやっとこ本来の実力が発揮できつつあるけど、若干1名レベル1からのスタートって聞いたら驚くだろうなぁ、この人も。僕的にはある意味そっちの方が凄いと思われ。

「サムも一緒なんだろ? あいつ腕は確かだけど、基本行動はサルのそれだからな。疲れるだろ? 実際」

「察していただいて痛み入ります……」

「でもさ、あの白い魔女には気を付けた方がいいよ。あんまり良い噂聞かないから」

「えっ?」

 大きな『犬耳』を頭に付けた女の子が印刷された、ちょっと手に提げて表を歩きにくい手提げ袋に入れてくれた品物を受け取る手が止まる。ちょと待って、何ですか、それ?

「知らない? あいつが居たチーム今まで全部妙な形で解散してるんだよ」

 つー事は『アポカリプス』もってことか。雪乃さんはまとまりが無くって解散したって言ってたけど違うのか?

「そうなんですか? でも妙ってどんな?」

「いやそれがね、解散する前の最後のクエストは必ずあいつ一人だけ戻ってくるらしい。後の連中は全員デッド」

「でもスノーは上級位の魔導士だから生還する確率高いだけじゃないんですか? 呪文行使もめっちゃ早いし……」

 あれほど詠唱のスピードだったらぶっちゃけ前衛が消えても生還出来る気がする。

「らしいね。けどな、そのメンバーの中で意識が戻らなくなった奴がいたらしいよ」

「意識が戻らない……『ロスト』っすか?」

「ああ、『ロスト』だな」

 『ロスト』とは希にセラフィンゲインの接続が遮断されても意識が戻らなくなってしまう接続干渉事故のことだ。

 僕も前に見たことがあるけど、『ロスト』した人はまるで人形のようで、目を開けているにもかかわらず感情が絶えた表情でただ『存在』しているだけ。喋ることも、自分の意志で歩くこともできなくなってしまう。およそ人間的な肉体機能を維持しているのにもかかわらず、その機能を自分の意志で動かすことができない。つーか動かそうという意識そのものが無い。人として一番大事な物が掛けてしまった状態。そんな感じだった。

 セラフィンゲインはインナーブレインという脳を媒体にしているシステムだ。だから脳で何らかの傷害が出た結果だと推測できるんだけど、未だにその原因はおろか治療方法さえ判らない現象だった。ロストになったプレイヤーは速やかに運営側の手によって病院に搬送される。それもひっそりと……

 聞いた話によると、セラフィンゲインは脳に直接干渉してプレイするシステム自体に賛否両論の批評が当てられ、精神への影響が以前から懸念されていて運営当初から、やれ人権団体やら倫理団体からのクレームなんかがあったらしく、その辺りを配慮しての事だそうだ。だから運営側もロストについてはかなり神経質な対応をしているみたいだった。

 確かにゲームやってて廃人になっちゃうなんて話が世間に広まったら運営も危うくなってくるもんね。

 この世ならざる夢の世界を永遠にさまよう戦士たちの成れの果て……

 ゲームの世界から抜けられず、現実世界では意志の抜けてしまった人間達。

「あいつが以前居たチームで、もう4人も居るらしい。前にあいつと組んでた奴から聞いた話だ」

 そりゃ多い。つーか多すぎますって。

 運営側もそのあたりの安全性についてはかなり力を入れているハズだ。ホントにごく希で年間を通して居るか居ないか、それも何らかの脳障害や麻薬などをやっていた者が、検査を旨くパスして不正にアクセスしていたつーケースがほとんどで、普通にプレイする事に関しては何ら問題がないはずなんだ。

「でも、マジでそんな人数だったら騒ぎになるでしょう。警察なんかが出てきたりしてもっと大事になるんじゃないですか?」

 そんなしょっちゅう病院送りになってたら周りが絶対騒ぎ出すって。それじゃなくったって過去に妙な団体から少なからずバッシングを受けているんだからマスコミだって黙っちゃいないでしょ。

 第一いくら脳を媒体とした体感型って言ってもあくまでゲームだよ。そんなヤバかったらもうゲームじゃないじゃん。

「それがどういう訳か表に出てきてないのよ。外部はもちろん端末内でもそれについてはいっさい公表されてない。被害者の家族なんかも全く騒ぎ立てようとしないんだって。不思議なくらい知らないぜ、みんな」

 じゃあ、なんであんたは知ってるの? つー疑問はスルーしとこう。この人の情報通は結構有名だし、情報源は当然シークレットだから聞くだけ無駄。でも結構ガセも多いって聞くしなぁ、この人の情報。

「ホントなんですかぁ? 正直どうも信じられないつーか、信じたくないつーか……」

 だって怖いじゃん、廃人になっちゃったら。まだ女の子とまともにデートすらしたこと無いのに不能どころか人間的に再起不能になりたくないよ。

 さらに雪乃さん、かわいいんだもんよ、実際。スノーもそうだけど、リアルのあの雪乃さんが実は毒女だったなんて考えたくもないじゃんか。

「はは、ちょっとビビッたろ? 今のところ噂だけどな。まあ、妙な噂を小耳に挟んだんでちょっと言ってみただけだよ。真偽のほどは、実際一緒に組んでる奴が確かめてみりゃ良いじゃん。スルーするかは俺の範疇じゃねぇし」

 どうやって確かめるんですかっ? 帰ってこれなかったらどうすんだよっ! 全く持って無責任なおっさんだ。

 でも、僕はこのとき、以前僕を見つめていたスノーの冷めた瞳が脳裏に浮かんでいた。冷めているのにどことなく哀しげな目で僕を見ていた白銀の魔導士。そのミステリアスな印象が、今の『オウル』こと耳屋マスターの話と変にシンクロしてちょっぴり寒くなりましたよ、マジで。

 聞かなきゃ良かったよ……

 そんな妙な気持ちのまま、挨拶もそこそこに僕はそそくさと店を出て、セラフィンゲインの端末がある『ウサギの巣』に向かった。


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第9話更新いたしました。

今回は現実世界での智哉のお話です。前話から若干時間の経過した内容になっております。何回か戦闘シーンを加えようか迷ったのですが、智哉とシャドウのギャップが弱くなってしまってきているので、読者様に印象づけるためにあえて省いてみました。

この物語が完全な異世界ではないことを再確認していただけると幸いです。

さて、物語は若干シリアス色が濃くなってきましたが、基本の雰囲気は変わらず行くつもりです。最後までおつき合いくださいませ。

鋏屋でした。


〈次回予告〉

お荷物だったララもレベルが上がり、また、攻撃の連携が取れてきたせいもあってようやく本来の実力を発揮できるようになったチーム『ラグナロク』 

そんなとき、クエスト終了間際に他のプレイヤーから攻撃を受けることになる。本来他のチームから干渉を受けないエントリースタイルで受注したハズのクエストに何故?

そんな疑問を飲み込みながら予想外の『チームバトル』に巻き込まれるメンバー達。『セラフ』ではなく自分たちと同じ『プレイヤー』を相手に思わぬ苦戦を強いられる事になるが……


次回 セラフィンゲイン第10話 『プレイヤーバトル』 こうご期待!

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