勇者として異世界に召喚されたけど、俺の知ってるゴブリンと違う
一人の若い男が異世界に召喚された。
「えっ! なに!? ここどこ!?」
男は大学の一講目に出席するため朝早く家を出てすぐ、歩道の上でいきなり眩しい光に身を包まれたと思った次の瞬間には、まるで見覚えのない石造りの建物の中へ移動していた。
「勇者様がおいでになられたぞ!」
「あぁ!勇者様!!」
「これで世界は救われる!!」
無骨な石造りで天井の高い、まるで教会のような建物の中には男の他に百人近い人々がぎっしりと詰まっている。
彼らは皆同じような無地でごわごわとした布を腰紐で縛って着て、足にはぼろぼろの革の靴を履いていた。
すでに混乱の極みにあった男は、興奮した様子の人々から次々と投げかけられる言葉に更に戸惑う。
「へっ!? 勇者ってなに!? どういうこと!?」
「勇者様、どうか落ち着いてくだされ」
一人の老人が歩み出る。
他の人と比較すれば作りの良い服と靴に身を包んでおり、低姿勢な態度でありながらその目には鋭い光を宿していた。
「わたしはこの村の村長です。ここは村の教会であり、勇者様は今この時、異なる世界から召喚されたのです。」
「えっ!? 異世界召喚ってやつ!? なんで俺が!?」
「この世界が危機が迫る時、別の世界からこの世界にあるどこかの教会に勇者が召喚される、とされているのです。」
男は夢だと思った。
これはなろう小説の読みすぎに違いない。テンプレ異世界召喚ばかり毎日読んでいるから、夢にまで見るのだと。
「おいおいおい、俺寝てるってことは二度寝……? 一講目出ないとヤバいって。欠席二回でアウトじゃん! あの教授!!」
「勇者様、これは夢ではありません」
「えっ?」
男は自分のほっぺをつねってみた。普通に痛い。
こんなに意識も感覚もはっきりしてる夢は見たことがなかった。男はようやくこの状況を現実として認識した。
「勇者様にはこれから魔王を打倒するための旅に出て頂きたい。こちらで装備をご用意します。」
「魔王って……俺にそんなのどうしろと!?」
「召喚された勇者様はとても強大な力を持っておられます。旅をして経験を積むことで、魔王など容易に倒せる存在へと成長できるでしょう」
「そうか……俺は勇者なんだよな、チート能力で無双してハーレムを作るぐらい簡単なんだな」
「その通りです。勇者様ほどの御人ならば、何人の妻を迎えても許されましょう」
男はモテなかった。
顔はそこまで悪いという訳ではなかったが、女性と上手く話すスキルは皆無であった。
特に目標もなく大学に入学したものの、卒業した後の将来設計もなく惰性で行きていた男にとって、異世界で勇者として生きることはとても魅力的に思えた。
「勇者様、まずは勇者に相応しい装備に着替えてくだされ。私の家に用意してあります」
「わかった」
背を向けた村長の後ろに男が付いて歩いていくと、いつの間にか減っていた人混みが二つに割れて道を作る。
扉から出ると強い日差しが照りつける。少し歩くと他の家よりは大きめな茅葺屋根の平屋があった。
男が中に入ると村の人と同じような布の服と革のズボン、革のベストなどに着替えさせられ、武器に鉄のショートソードを貰った。
「勇者に相応しい装備、ねえ…」
「申し訳ありません、村ではこの装備を用意するのが精一杯でして……ですが勇者様ならば、すぐにもっと上等な装備を手に入れることができるはずです」
「まぁ最初はレザーアーマーだよね。これはこれで、駆け出しっぽくて気に入ったよ。でもポケットがないな」
男が着ていた服とかばん、スマホや財布は荷物持ちとして旅に同伴する村人に持ってもらった。
天気も良く、その日のうちに旅へ出発する運びになったのである。
「では勇者様、この先の林道を進めば二日足らずで大きな街へ着きます。荷物持ちの男に十分な食料と水は持たせておきましたので」
「勇者様!どうか世界を救ってください!!」
「勇者様バンザイ!!!!」
大勢の村人に見送られて男は気分良く出発した。
腰に下げたショートソードが随分と重く感じたが、これからの異世界での華々しい自分の活躍を想像するだけで足取りは軽い。
林道の脇には鬱蒼とした木が茂って道に影を落としており、良い具合に強い日差しを防いでくれている。
二、三時間ほど林道を進んだ時、男は林の右手奥に何か動くモノを見た。
「ん?向こうに何か居る……?」
「魔物かもしれませんね」
「魔物っ!?」
荷物持ちの村人から聞いた言葉に男は息を呑んだ。
ここが異世界であり、モンスターをばったばったと倒して英雄となる自分をイメージして喜悦に浸っていたとはいえ、実際にそんな化け物と出会う心構えはできていなかったのである。
「にっ、逃げ、逃げたほうがいい!?」
「いえ、このあたりに居るのは貧弱なゴブリンぐらいです。勇者様なら剣で斬れば簡単に倒せるかと」
「なんだゴブリンかぁ……」
ゴブリンといえば小さくて頭が悪く、群れることぐらいしか強みのない雑魚モンスターだと男は認識していた。
余裕を取り戻した男はゴブリン(仮)の方へ近づいていく。
「ッ!?」
そこには男の想像通り緑色の肌と尖った耳、顔に大きな鼻をくっつけた魔物が手に棍棒を持って立っていた。
だが男が想像したゴブリンと大きく違うところは、ニメートルは超えているであろう巨体に加えて筋骨隆々な体つきをしていたことである。
「ゴブリン……? あれって、いわゆるオークとかじゃ……?」
「いいえあれはゴブリンです。図体だけは大きいですが動きは遅く、それもたった一体です。勇者様のお力ならば簡単に倒せる相手ですよ」
「そう……なのか……?」
男は荷物持ちの言葉を素直に信じることはできなかった。あんな太い腕で掴まれたらどうなってしまうのか。
先ほどまでの浮ついた気持ちが萎えつつあった男に、荷物持ちは言う。
「勇者様、ゴブリンごときに怯んでいては勇者としての名に傷がつきます。ですがここで街道を脅かす魔物を討伐してから街へ入れば街の者は勇者様をたたえ、盛大に歓待してくれることでしょう」
「そうか……俺は異世界の勇者なんだからゴブリンみたいな雑魚に手こずる筈はないよな。よし、いっちょまかせろ!」
男はショートソードを抜き放ち、ゴブリンへと向かう。
近づいてくる男を見たゴブリンは厭らしい笑みを浮かべながら男に相対する。
「ゴブッゴブッゴブッ!」
「俺は勇者だ!ゴブリンなんて簡単に倒せるはずだ……ん?というか、勇者的なスキルとか無いのか……?」
ショートソードを正眼に構えた男だが、なにか特別な力を得ていると言う感覚はなく、目の前の巨漢ゴブリンに勝てるイメージは全く湧かなかった。
「くっ……斬っちまえばいいんだろ!!」
ゴブリンから受けるプレッシャーに耐えられなくなった男は、何の工夫もなく上段から斬りかかった。
素人そのものである踏み込みを見たゴブリンは一層笑みを深くし、同時に踏み込んで手に持つ棍棒を鋭い横振りで打ち付けた。剣を持つ男の右手に。
「ぎゃぁああああああ!!!!」
男の右手は砕かれ、ショートソードは横へすっ飛んでいく。
男はこれまで味わったことのない程の痛みにうずくまり、手の皮膚から飛び出た白い骨を目にするとパニック状態となった。
「ひぃいい!! たす、たすけっ! おい助けて!!!!」
男は後ろを振り返って荷物持ちの村人を目で探したが、いつの間にか何処かへ消えていた。
「おい!!!! 逃げてんじゃねグぇぺっ」
ゴブリンが叩きつけた棍棒は男の頭を一撃で粉砕する。
食べごたえのある餌を運良く手にすることができたゴブリンは、頭の潰れた男の亡骸を肩に担いで森の奥へと消えていった。
森の中で起きた惨劇から数時間後、日が落ちた村へと戻った荷物持ちは村長に元勇者の荷物を引き渡していた。
「村長、どうして異世界から来た人間ってのは皆、勇者様、勇者様と持ち上げられたぐらいで、簡単に騙されてくれるんでしょう?」
「鍛えてもいない人間が、あんな貧弱な装備でゴブリンに勝負を挑むとはな……。正気とは思えぬわ」
「まぁ、そのおかげで今回も異世界の貴重な品が手に入りましたがね」
「おお! この光る金属の板は……王都の貴族なら金貨五〇枚は出してくれるじゃろう」
「俺の分け前もちゃんとお願いしますよ」
「分かっておる! がはははは!!」
ゴブリンよりも下卑た笑い声が二つ、夜の村に鳴り響いた。
20180802 修正