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ソラが笑う。  作者: 朝生
オマケ
7/11

中学2年生、春(ソラ)



「僕なんかが、アマネちゃんの隣にいていいのかな」

 ポツリともれた言葉が、僕とアマネちゃんの間に落っこちた。

 昔から感じていたことが、うっかりと。

 最近、特に強く思っていたからだろうか。


 アマネちゃんが拾っちゃわないように、慌てて取り繕う。

「アマネちゃんは、優しくて可愛くて美人でしっかり者で、何だってできて、なんだって知ってるでしょう?」

 僕は、落っことしてしまった言葉を隠そうとするのに夢中になってる。

 だから、アマネちゃんの表情を見ていない。

 見ないままで、続ける。


「でも僕は、地味で小さくてトロ臭くて馬鹿で勉強もできなくて、運動だってできなくて、頼りない」

 相槌すら返さないアマネちゃんは、ただ僕を見ている。


 視線を感じるけど、僕はアマネちゃんの顔を見れない。

 うつむいたまま、言葉を続ける。

 取り繕おうとしていたはずだった。

 でも、もっと深くさらけ出してしまっている。


「アマネちゃんは、いつも僕に色んなものを惜しみなくくれる」

 今更、止められるはずもなく。

「でも僕は、アマネちゃんになんにもあげられない」

 内心焦りながら続ける僕の顔は、いつも通りの笑顔だろう。


「僕なんかが、アマネちゃんの(そば)にいていいはずがない。アマネちゃんは、いっつも損してばっかりだ」

 ずっと、ずっと考えていた。

 世界が、僕ら二人っきりではなくなった日から。


「なんにもできない僕なんて、一人ぼっちがお似合いなんじゃないの?」

 言いたいことだけぶちまけて、僕はやっと顔を上げる。

 微笑みながら。


 僕は、笑っている。

 いつも通りに。

 アマネちゃんは、笑わない。

 それどころか、泣きそうだ。


 僕を見る顔は、無表情に近い。

 目だけが、感情を映している。


「隣にいていいとか悪いとか、なんの許可なの。それは。私ばっかりが損をしてる? 私ばっかり与えてて、ソラはなんにもしてない?」

 ずっと黙って聞いていたアマネちゃんが、口を開いた。


「私はそうは思わない」

 強い口調で、否定する。

 僕の言葉を、強く。


「ソラができないことでも、私はできることがいっぱいある」

 そうだね、アマネちゃんは僕と違って優秀だ。


「でも、私ができないことだって、ソラにならできることもある」

 アマネちゃんは、悲しそうに笑う。

 寂しそうに。


「そうでしょう?」


 そういいながら、僕の右手をぎゅっと握りしめた。

 両手でぎゅっと。

 離さないって、言うみたいに。


「『僕なんか』じゃない、『僕なんて』じゃない。ソラはソラだよ。そんなこと、言わないで。自分を否定しないで」


 繋ぎとめるみたいに。必死に。

 僕の笑顔の裏側を見つけるみたいに、真っ直ぐ。

 僕を見据えながら。


 どうしてだろう、僕、ちゃんと笑えていないのかな。

 僕の誤魔化しは、アマネちゃんには通用しない。


 僕が僕を嫌いなとき、僕を真っ直ぐ見つめている。

 慎重に、奥の方まで、見定めている。


 僕が僕のことで傷ついているのは、僕の勝手だ。

 けれど、たぶんこれは傲慢なんだろう。


 アマネちゃんが、アマネちゃん自身のことで傷ついているとき。

 そのとき、僕も傷ついている。

 苦しんでいる。

 悲しんでいる。

 アマネちゃんよりも、いっぱい。


 そして、心配している。

 アマネちゃんのこと。

 苦しいくらい、深く。


 アマネちゃんも、そうなんだろう。

 僕が傷ついていたら、同じように。

 それは自惚れなんかじゃなく、事実で。


「ソラが、私の一番なんだから」


 僕を見て、アマネちゃんが笑う。

 誇らしそうに。

 悲しそうに。


 ごめんね、僕、もっと強くならなきゃいけなかったみたいだ。

 アマネちゃんを守るためには、もっと。

 力だけじゃない。

 心も。

 もっともっと、ずっと、強く。


 誤魔化していてばかりじゃ、ダメだった。

 僕は、僕自身にすら、負けてた。

 自分で自分に傷ついているようじゃ、ダメなんだ。


 握りしめられている両手が温かい。

 アマネちゃんの手は、僕より少し、温かい。

 そしていつからか、僕より少しだけ、小さい。

 でも、アマネちゃんの両手に、僕はギュッと守られている。


 守られたいんじゃないんだよ。

 アマネちゃんを、守りたいんだ。


 宙ぶらりんだった左手を、アマネちゃんの手に重ねる。


「僕も、アマネちゃんが、僕の一番」


 ありがとう、は違う気がした。

 ごめんなさい、はもっと違う気がした。

 他の言葉は思いつかない。

 これもちょっと、違う気がするけれど。

 今、口に出来るのは、この言葉だと思った。


 おでことおでこ、コツンとぶつける。

「アマネちゃんに、恥じない僕でいる」


 へらりと笑った僕は、最高に情けない顔をしている。

 たぶん、きっと。

 自分じゃみえないけど、そんな気がする。

 近すぎる距離に、アマネちゃんに見えていなければいい。


「私も……私も、ソラに恥じない私でいる」

 アマネちゃんも、ちょっと笑った気がした。

 アマネちゃんの髪の毛が、顔に当たってくすぐったい。


「ありがとう」

 やっぱりちょっと、もっとふさわしい言葉があるんじゃないかなって思うけど、ありがとう。


「何が?」

「うん、なんだろ。たぶん、この世界にかな」


 アマネちゃんのいる、この世界に。

 アマネちゃんと会わせてくれた、この世界に。


「なにそれ、大げさだよ、ソラは」

 クスクスと、本格的に笑い出す。

 おでことおでこ、少し離れてちょっと寒い。


 あったかかったのにな。

 もっと、くっついていられたらいいのに。


 寒いと寂しいは、とても似ている。

 音だって、似ている。

 寂しいと、寒い。

 寒いと、寂しい。

 こんなに近くにいるのに、冷えたおでこが、少し寂しい。


 もっと、いっぱい近くに。

 身体をぎゅっと、抱きしめて。

 そうしたら、どれだけ温かいだろう。

 そうできたら、どれだけ幸せだろう。


 思春期というヤツは、厄介だ。

 僕らを引き離そうとしてくる。

 特に、親とか。

 そんなにべったりするもんじゃないって。


 もっと小さなころは、この距離が当たり前だった。

 それがなんだか離れてしまったのは、僕らが成長したから。

 僕ら、今ももっと近くにいられたのかな。

 純粋な子どものままでいられたのなら。


 おでことおでこみたいに、くっついていたい。

 この隙間が、もどかしい。

 僕らの間には、空気すらが邪魔者みたいだ。


 僕はこの日から、自分を卑下するのをやめた。

 僕はこの日、気づけずにいた恋心を見つけた。


 僕らの間に、いつの間にかできてしまっていた距離と一緒に。




なるべく軽めにを意識しているのに、何故か本編1話と同じくらいの分量に。なぜだ。

次回は、このまま時間が進んで帰り道。


お読みいただき、ありがとうございました。

誤字脱字等見つけてしまいましたら、お知らせいただければ幸いです。

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