中学2年生、春(ソラ)
「僕なんかが、アマネちゃんの隣にいていいのかな」
ポツリともれた言葉が、僕とアマネちゃんの間に落っこちた。
昔から感じていたことが、うっかりと。
最近、特に強く思っていたからだろうか。
アマネちゃんが拾っちゃわないように、慌てて取り繕う。
「アマネちゃんは、優しくて可愛くて美人でしっかり者で、何だってできて、なんだって知ってるでしょう?」
僕は、落っことしてしまった言葉を隠そうとするのに夢中になってる。
だから、アマネちゃんの表情を見ていない。
見ないままで、続ける。
「でも僕は、地味で小さくてトロ臭くて馬鹿で勉強もできなくて、運動だってできなくて、頼りない」
相槌すら返さないアマネちゃんは、ただ僕を見ている。
視線を感じるけど、僕はアマネちゃんの顔を見れない。
うつむいたまま、言葉を続ける。
取り繕おうとしていたはずだった。
でも、もっと深くさらけ出してしまっている。
「アマネちゃんは、いつも僕に色んなものを惜しみなくくれる」
今更、止められるはずもなく。
「でも僕は、アマネちゃんになんにもあげられない」
内心焦りながら続ける僕の顔は、いつも通りの笑顔だろう。
「僕なんかが、アマネちゃんの側にいていいはずがない。アマネちゃんは、いっつも損してばっかりだ」
ずっと、ずっと考えていた。
世界が、僕ら二人っきりではなくなった日から。
「なんにもできない僕なんて、一人ぼっちがお似合いなんじゃないの?」
言いたいことだけぶちまけて、僕はやっと顔を上げる。
微笑みながら。
僕は、笑っている。
いつも通りに。
アマネちゃんは、笑わない。
それどころか、泣きそうだ。
僕を見る顔は、無表情に近い。
目だけが、感情を映している。
「隣にいていいとか悪いとか、なんの許可なの。それは。私ばっかりが損をしてる? 私ばっかり与えてて、ソラはなんにもしてない?」
ずっと黙って聞いていたアマネちゃんが、口を開いた。
「私はそうは思わない」
強い口調で、否定する。
僕の言葉を、強く。
「ソラができないことでも、私はできることがいっぱいある」
そうだね、アマネちゃんは僕と違って優秀だ。
「でも、私ができないことだって、ソラにならできることもある」
アマネちゃんは、悲しそうに笑う。
寂しそうに。
「そうでしょう?」
そういいながら、僕の右手をぎゅっと握りしめた。
両手でぎゅっと。
離さないって、言うみたいに。
「『僕なんか』じゃない、『僕なんて』じゃない。ソラはソラだよ。そんなこと、言わないで。自分を否定しないで」
繋ぎとめるみたいに。必死に。
僕の笑顔の裏側を見つけるみたいに、真っ直ぐ。
僕を見据えながら。
どうしてだろう、僕、ちゃんと笑えていないのかな。
僕の誤魔化しは、アマネちゃんには通用しない。
僕が僕を嫌いなとき、僕を真っ直ぐ見つめている。
慎重に、奥の方まで、見定めている。
僕が僕のことで傷ついているのは、僕の勝手だ。
けれど、たぶんこれは傲慢なんだろう。
アマネちゃんが、アマネちゃん自身のことで傷ついているとき。
そのとき、僕も傷ついている。
苦しんでいる。
悲しんでいる。
アマネちゃんよりも、いっぱい。
そして、心配している。
アマネちゃんのこと。
苦しいくらい、深く。
アマネちゃんも、そうなんだろう。
僕が傷ついていたら、同じように。
それは自惚れなんかじゃなく、事実で。
「ソラが、私の一番なんだから」
僕を見て、アマネちゃんが笑う。
誇らしそうに。
悲しそうに。
ごめんね、僕、もっと強くならなきゃいけなかったみたいだ。
アマネちゃんを守るためには、もっと。
力だけじゃない。
心も。
もっともっと、ずっと、強く。
誤魔化していてばかりじゃ、ダメだった。
僕は、僕自身にすら、負けてた。
自分で自分に傷ついているようじゃ、ダメなんだ。
握りしめられている両手が温かい。
アマネちゃんの手は、僕より少し、温かい。
そしていつからか、僕より少しだけ、小さい。
でも、アマネちゃんの両手に、僕はギュッと守られている。
守られたいんじゃないんだよ。
アマネちゃんを、守りたいんだ。
宙ぶらりんだった左手を、アマネちゃんの手に重ねる。
「僕も、アマネちゃんが、僕の一番」
ありがとう、は違う気がした。
ごめんなさい、はもっと違う気がした。
他の言葉は思いつかない。
これもちょっと、違う気がするけれど。
今、口に出来るのは、この言葉だと思った。
おでことおでこ、コツンとぶつける。
「アマネちゃんに、恥じない僕でいる」
へらりと笑った僕は、最高に情けない顔をしている。
たぶん、きっと。
自分じゃみえないけど、そんな気がする。
近すぎる距離に、アマネちゃんに見えていなければいい。
「私も……私も、ソラに恥じない私でいる」
アマネちゃんも、ちょっと笑った気がした。
アマネちゃんの髪の毛が、顔に当たってくすぐったい。
「ありがとう」
やっぱりちょっと、もっとふさわしい言葉があるんじゃないかなって思うけど、ありがとう。
「何が?」
「うん、なんだろ。たぶん、この世界にかな」
アマネちゃんのいる、この世界に。
アマネちゃんと会わせてくれた、この世界に。
「なにそれ、大げさだよ、ソラは」
クスクスと、本格的に笑い出す。
おでことおでこ、少し離れてちょっと寒い。
あったかかったのにな。
もっと、くっついていられたらいいのに。
寒いと寂しいは、とても似ている。
音だって、似ている。
寂しいと、寒い。
寒いと、寂しい。
こんなに近くにいるのに、冷えたおでこが、少し寂しい。
もっと、いっぱい近くに。
身体をぎゅっと、抱きしめて。
そうしたら、どれだけ温かいだろう。
そうできたら、どれだけ幸せだろう。
思春期というヤツは、厄介だ。
僕らを引き離そうとしてくる。
特に、親とか。
そんなにべったりするもんじゃないって。
もっと小さなころは、この距離が当たり前だった。
それがなんだか離れてしまったのは、僕らが成長したから。
僕ら、今ももっと近くにいられたのかな。
純粋な子どものままでいられたのなら。
おでことおでこみたいに、くっついていたい。
この隙間が、もどかしい。
僕らの間には、空気すらが邪魔者みたいだ。
僕はこの日から、自分を卑下するのをやめた。
僕はこの日、気づけずにいた恋心を見つけた。
僕らの間に、いつの間にかできてしまっていた距離と一緒に。
なるべく軽めにを意識しているのに、何故か本編1話と同じくらいの分量に。なぜだ。
次回は、このまま時間が進んで帰り道。
お読みいただき、ありがとうございました。
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