前編(ソラ)
ほのぼのしていても、暗雲は立ち込める。
160センチの僕と、167センチのアマネちゃん。
僕らはいつも、ちょっとあべこべ。
お花屋さんで働く僕と、大きな会社の企画部で働くアマネちゃん。
あんまり詳しく知らないけれど、たぶんお給料だってアマネちゃんの方が多い。
僕らは夫婦だけれど、あまり夫婦には見てもらえない。
おままごとみたいにでも、見えているんだろうか。
頼りない僕に、付き添っているアマネちゃん。
頼りになるアマネちゃんに、くっついている僕。
釣り合ってないって、僕らは言われる。
男女が逆なら、お似合いだって。
僕は、そんな言葉なんて気にしない。
でも、アマネちゃんは気にしてる。
そう言われるたび、ちょっとづつ傷ついている。
ごめんね、アマネちゃん。
他の人にどう言われようと、僕はどうでもいいんだ。
僕が、君の隣にいたいから。
君の隣が、僕の幸せ。これは、僕のわがままだ。
君もそうなら、僕も嬉しい。
どうすれば、君を守ることができるんだろうか。
心まで、全部。
◇◇◇
夜、僕らはぎゅっと抱きしめ合う。布団の中で。
確かめ合う。僕らの存在を。僕らの愛を。
アマネちゃんはこんな時、ちょっとだけ、困ったみたいに笑う。
それでも、笑ってくれるんだ。恥ずかしそうに。
アマネちゃんから求めてくることは、殆どない。
求めているのは僕ばかりみたいだ。
バカみたいだ、だなんて思わない。
実際、そうなんだろう。
求めてくれなくてもいい。僕を受け入れてくれるだけで。
僕ばかりが求めすぎて、僕ばかりが愛しすぎている。
でも、ホントのところもそうだから、仕方ないね。
愛撫って、 素敵な表現だ。
愛を持って、愛する人を撫でるんだから。
愛してることを、伝えるために。
◇◇◇
アマネちゃんは可愛い。誰がなんと言おうと可愛い。
クールだとか、冷たいだとか、冷徹だとか言われてるけど、そんなことはない。
とっても優しくて、とっても可愛い。
二人だけの夜。
温かな布団の中。
そんな時は、特に可愛い。
でも、僕のそんな素直な気持ちをアマネちゃんに伝えたら、きっと怒る。
アマネちゃんは、照れると怒る。
そんなところも、特別可愛い。
可愛いアマネちゃんを知らしめてやりたいけれど、やっぱり僕だけが知っていればいいとも思う。
特に、こんな夜のアマネちゃんは。
僕だけの、秘密だ。
◇◇◇
僕はほんとに何にもできない。
出来ることを探す方が難しいくらいだ。
でも、そんな僕にだって出来ることが2つだけある。
植物を育てること、お花を咲かせること。それだけは得意だ。
「緑のゆびだね」って、アマネちゃんが笑う。
アマネちゃんは、僕が育てるお花も好き。
「綺麗だね」「可愛いね」って、いつも笑う。
でも僕は、そんなアマネちゃんを見てる。
僕が育てたどんな花より、アマネちゃんは綺麗で可愛い。
アマネちゃんの誕生日には、僕が育てたお花を贈る。
アマネちゃんへ、僕のできる精一杯がこれだから。
僕ができること。数少ないこと。
もう一つは、アマネちゃんを笑わせること。
それはとっても簡単だ、何よりも簡単。
だって、僕が笑えばアマネちゃんは笑う。
僕が笑うのは、もっと簡単だ。
だって、アマネちゃんが、僕の隣にいるだけでいい。
ただ、それだけでいい。
◇◇◇
アマネちゃんが風邪をひいた。
アマネちゃんは自分で自分のこと、丈夫だって思ってるとこがある。
実際は、そんなことない。
アマネちゃんは自分で思うより頑丈じゃないし、もしかしたら普通の人より弱いくらいなんじゃないかと思う。
少なくとも、僕よりは弱い。
疲れてきたり、季節の変わり目だったりすると、アマネちゃんはすぐに風邪をひいたり熱を出したりする。
そしたら、僕が看病をする。
ご飯だって作る。
包丁はダメだって口を酸っぱくしていわれてるから、包丁がいらないヤツ。
玉子粥なんかがいい。
彩りに使う小口ネギは、アマネちゃんが細かく切って冷凍してくれてるから、それを使う。
冷蔵庫にも冷凍庫にも、タッパーやジッパー付きの袋がいっぱいあって、僕には何が何だかわからない。
わからないものは触らないようにして、僕はお目当てのものを探し出す。
綺麗に整頓されているから、あっという間に見つかる。
でも、やっぱりアマネちゃんは丈夫だなって思うのは、一日寝ていたら、すっかり治っているところ。
アマネちゃんは、
「ソラの看病のお陰だよ」って言ってくれる。
僕は、それは違うんじゃないかなって密かに思ってる。
僕の看病でアマネちゃんが元気になるなら、もっとちゃんとした看病をしてくれるアマネちゃんがついていてくれるのに、僕が一日で治らないわけがない。
僕が寝込むと、二日は布団から出られなくなる。
だから、凄いのはアマネちゃん。そう、決まってる。
◇◇◇
アマネちゃんが疲れている時、僕はアマネちゃんにお茶をいれる。
包丁を扱うのもままならない僕だけど、お茶だけは上手にいれられる。
アマネちゃんの前に、お茶をいれたマグカップをことんと置く。
そうすると、アマネちゃんは僕のこと見て、ちょっとだけ笑うんだ。
それで、僕に「ありがとう」って言う。
「ソラのいれたお茶は美味しいね」って。
だけど、僕は知ってるんだ。
僕よりもアマネちゃんの方が、お茶をいれるのが上手なこと。
◇◇◇
アマネちゃんはとっても強い。
僕なんかじゃ敵わないくらいに、強い。
だけど、同時にとても弱い。
びっくりするくらい、弱い。
強いのと弱いのと、二つが不思議と同居しているのが、アマネちゃんだ。
これは、昔。僕らが中学生だった頃のこと。
アマネちゃんは僕に言った。
「『僕なんか』じゃない、『僕なんて』じゃない。ソラはソラだよ。そんなこと、言わないで。自分を否定しないで」
僕が笑うと笑ってくれるのに、アマネちゃんは笑い返してくれない。
僕、ちゃんと笑ってるよね?
笑っていれば、幸せになれる。
おじいちゃんはいつも、そう言いながら笑っていた。
幸せそうに。まだ小さかった頃の、僕を抱えて。
だから、僕も笑顔でいた。自分の幸せのために。
嫌なことがあっても、悲しくても、つらくても。
でも、アマネちゃんは僕の笑顔の裏側に気づいてしまう。
いつからだろう、僕が笑っても、アマネちゃんは笑わない。
僕が自分を嫌いになると、アマネちゃんは笑わない。
「ソラが、私の一番なんだから」
その日から、僕は意気地なしを封印した。
僕の幸せは、アマネちゃんの笑顔だって、今更気づいた。
僕の幸せは、とても簡単で、とても難しい。
◇◇◇
朝出かける時、僕はアマネちゃんにキスをする。いつも、僕から。
アマネちゃんからはしてくれない。
アマネちゃんは、とっても恥ずかしがり屋さんだ。
だから、僕からキスを。今日のアマネちゃんに、悪いことが寄り付かないよう願い、頬に、そっと。
「行ってきます」って叫んで慌てて玄関を出ていくと、「行ってらっしゃい」って声が追いかけてくる。
僕が帰ってくるとき、たいていアマネちゃんはいない。
「ただいま」って言っても、「おかえりなさい」は返ってこない。
アマネちゃんが「ただいま」って帰ってきた時、「おかえりなさい」って返す。
僕がアマネちゃんに「行ってらっしゃい」って言えなかった分と、僕がアマネちゃんに「おかえりなさい」って言ってもらえなかった分も込めて。
アマネちゃんを出迎えるために、僕はいつも急いで帰る。
明かりのついてない我が家へ。明かりをともしに。
今日も、急いで帰らなきゃ。
アマネちゃんに「おかえりなさい」を言うために。
◇◇◇
どうしたの?
どうしたの、アマネちゃん。
笑ってよ、ほら、僕、笑っているよ。アマネちゃんも笑おうよ。
お願い、笑って。僕は、アマネちゃんがいるから笑えるんだよ。
僕が笑顔なら、アマネちゃんも笑顔でしょう?
そのはずだ。
どうして笑ってくれないの。
ねぇ、笑って、アマネちゃん。
ちゃんと僕を見て、そして笑って。
お願いだ。
どうして、泣いているの?
ねぇ、アマネちゃん。
アマネちゃん、アマネちゃん。
せかいにあまねくひびくそらのおと。
君が僕の天の音。天から降り注ぐ、世界の福音。
君の笑顔が、僕の幸せ。
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