【幕末:京都】かんざしの記憶
幕末。
慶応3年=1867年。
田中寅蔵を粛清した数日後。
敵の剣士を5人屠った数日後。
沖田総司は田中寅蔵が持っていた髪飾りの持ち主を探していた。
情報屋や隊内の監査役に聞いたりもしてみた。
京の街を歩き、自分の足でも探した。
そして。
見つけたのだ。
女の名前は、有村果歩。
どこにでもいそうな町娘だった。
倒幕派に関わっているような雰囲気はない。
彼女の周りを調べても、ヤバイ奴らとの繋がりは何も出てこない。
どこにでもいる女だった。
痺れを切らした沖田は。
直接有村さんを訪ねてみることにした。
のどかな午後の一時。
有村果歩の家を訪ねた。
「ごめん下さい」
「はい、なんでしょうか?」
家から出てきた有村さん。
沖田は直接要件を伝える。
「このかんざしに、見覚えはありませんか?」
「これは・・・・これをどこで?」
沖田は考えた。
本当のこと。
殺した田中さんの死体から奪ったと伝えようとしたが。
それはやめた。
「近くの路地で拾ったのです。
この家の娘さんがつけているのを見た事があるという人が居ましたので」
沖田は嘘をつく。
家を訪ねた理由をこしらえたのだ。
だが、有村さんは。
「そうですか・・・・はい、このかんざしは私のものでした。
少し前に大事な人に贈ったのですが、その人はいなくなってしまいましたから」
「ではっ、返しますね」
「ありがとうございます」
有村さんは大事そうにかんざしを受け取る。
両手で包み込む。
「つかぬ事を伺って宜しいですか?」
「はい、なんなりと」
「大事な人とはどういう関係だったのですか?」
「恋人・・・だったんだと思います。
いつもふらりと家に訪れては、色々な物を贈ってくれました。
私は、何もお返しすることはできませんでしたが」
「そうですか。分かりました。ではっ、失礼します」
沖田総司は家を後にしたのだった。
田中寅蔵が持っていたかんざし。
女の様子を見るに。
やはり大事な物だったのだろう。
剣以外に興味がなく。
不器用な田中さんの愛情表現だったのかもしれない。
彼も・・・
田中さんも・・・
大切な人を守るために剣を振るっていたのだと思った。
頬に受けた傷がうずいた。