刀剣演舞5
「んんーっ!んんーっ!」
彩の悲鳴が聞こえる。
沖田は彩の悲鳴を聞きながら、床に転がっていた。
自分の無力さに打ちひしがれていたのだ。
彩が傷つけられているのに。
彩が血を流しているのに。
彩が悲しんでいるのに。
俺は何も出来ないのだ。
ミノムシの様に転がっているだけ。
自分自身の不甲斐なさに。
怒りを通り越して泣けてくる。
俺は・・・彩を。
大切な人を。
愛する人すら守れないのか・・・
この俺は・・・
「ではっ。彼女の右腕には傷が十分にできましたので。
次は左手に行きましょうか」
ナイフを器用に操り。
俺に語りかける仮面の人物。
俺は目の前の奴が憎かった。
これ程憎い奴に出会った事はなかった。
この目の前の奴を滅ぼしたいと思った。
初めて殺意を抱いた。
目の前の奴を殺したいと思った。
ぶっ殺したいと思ったのだ。
体中がほてってくる。
怒りで体が動かされる。
血液が沸騰してくる。
体温が急上昇してくる。
すると。
俺の様子に気づいたのか。
仮面の人物はこちらを見る。
「ほーう。いっぱしの殺気をとばしてきますか。面白い。
やっと本気になったようですね。ですが遅かったですね。そろそろ終焉です」
仮面はそういうと。
部屋の隅からポリタンクを持ち込み。
部屋の中に。
武道場に液体を撒き散らした。
徹底的に撒き散らす。
匂いから分かった。
液体の正体は・・・ガソリンだ。
奴はガソリンを武道場に撒き散らしているのだ。
こいつ・・・
まさか・・・武道場ごと燃やす気か。
全ての証拠を灰に変える気なのだろう。
炎の中に葬るつもりだ。
「これでいいですね」
十分にガソリンを撒き散らしたのか。
仮面はライターをつけ。
ぼっとガソリンの中に投げ入れる。
ボワッー!
ボオオオォォォオオッ!
瞬く間に燃え広がっていく武道場。
炎が広がり、黒煙が室内を覆う。
畳が燃え、木の床が燃えていく。
炎の光が夜の校舎を照らし、炎の熱気が空気を震わせる。
炎か燃える中。
仮面が俺の傍に来る。
「沖田君、チャンスをあげましょう」
男が近くにあった袋から刀を取り出す。
だがそれは。
今まで見た刀とは明らかにオーラが違った。
男は刀を手に取り。
鞘から刀を抜き、こちらに投げる。
ズバッ
刀が地面に突き刺さる。
同時に。
俺を拘束していた腕と足の縄が切れる。
「沖田君。刀を取りなさい。もう一度勝負してあげましょう。それで僕を倒せば良い。
だが次は真剣勝負。今までのように摸像刀ではなく、真剣です。
さぁ、命のやりとりを始めましょうか」
「いいだろう」
俺は刀を拾う。
手に取ると、力が湧いてくる。
先程は完膚なきに負けた。
圧倒的な実力差があった。
次も負けるかもしれない。
でも、戦わずにはいられない。
戦わなければならない。
たとえ勝ち目がなくても、戦わなければならない。
目の前で大事な人。
最愛の人。
彩を傷つけられて黙っているわけにはいかないから。
どんなに実力差があろうと。
勝てる確率がないとしても。
この勝負からだけは逃げ出せなかった。
俺は刀を握り締める。
さっき触った刀とは全く違う。
これが真剣の重み。
それに・・・この刀・・・
妙に手に馴染む。
ずっと握っていたかのような感覚。
昔失った体の一部を取り戻したような感覚。
どこかで見た事があるような・・・
んんっ!
まさかっ!
「沖田君、気づきましたか。
その刀は、正真正銘、新撰組の沖田総司が使っていた刀。
名刀、『菊一文字』です」
「あれは盗まれたはず・・・」
「僕が盗み返したのですよ」
「・・・・」
「沖田君はそれ使ってください。僕も自分の愛刀を使いますから」
仮面は、まがまがしい刀を取り出す。
こちらと同じ真剣。
だが、明らかに普通の刀とは違う気配を放っていた。
なんだ・・・あの不気味なオーラは・・・
一瞬相手の刀に見入ってしまうが。
今は自分の刀だ。
俺の手の中にある刀。
こちらに集中しなければならない。
この刀・・・
沖田総司の愛刀、『菊一文字』。
奴がいっただけだから本物かどうかは怪しい。
だが・・・
俺はこの刀が本物だと感じていた。
本当に「菊一文字」かもしれないと。
写真で見たものと同じだし。
刀から伝わってくるオーラ。
刀に染み付いている血の匂い。
それに何より・・・
体の中から発する声が。
本物だと告げている。
それなら・・・
それならば・・・
沖田よっ!
沖田総司っ!
新撰組の沖田総司よっ!
愛する人を守る力をっ!
彩を守る力をっ!
今こそ俺に、力を貸してくれれれれれれっ!!!!
ドクンッ!
な、なんだっ?
心臓が強く脈打った。
俺の心臓が激しく震える。
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
なんなんだっ!?
激しく心臓が脈打つ。
止まらないビート。
俺の心臓が。
心が震えだした。
魂が荒ぶりだす。
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
刀が振るえ。
心臓と共鳴する。
激しく心臓が脈打つ。
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
暴走する俺の心臓。
爆発するのではないかと思うほど。
激しく震える。
震えが止まらない。
―――ドクンッ!
特大の脈打ち。
心臓が爆発しそうなほどの衝撃が胸の中で弾けた。
超新星爆発したのだ。
「うぐああああぁぁぁぁあああっ!」
―――グオオオオオオオォォォ!
次の瞬間。
俺の中に記憶が流れ込んできた。
それは過去の記憶。
血塗られた記憶。
幕末、京都の記憶だった。




