土方と近藤
刀がキーワードです。
12月11日。
土曜日。
『さーて、冬の高校総体。
都大会決勝トーナメント一回戦。
試衛館高校と東府中高校の戦いです。
現在は試衛館高校の2勝、残り1勝で試衛館高校の勝利です』
ホールの実況が叫ぶ。
俺。
沖田宗司は、試衛館高校の防具をつけ。
竹刀を持っていた。
向かい合う相手に剣先を向ける。
今は冬のインターハイ東京予選 (剣道)。
俺が勝てば団体戦は内の高校の勝利で終わる。
俺の一振りで決まるのだ。
「宗司、頑張ってー!」
声の方向。
観客席には、俺の彼女、彩の姿。
休日にも関わらず、制服のまま手を振っている。
彼女の声が力になる。
竹刀を持った相手は、慎重にこちらの様子を伺っている。
だが、俺は長期戦をする予定はない。
直ぐに片付ける。
キュッと踏み込む。
相手に打ち込む。
ズッ
バシューン
ドカッ ドカッ ドカッ
『決まったー!沖田選手の三段突きー!ここまで無敗の技が炸裂しましたっ!』
面を打たれた相手は倒れこみ。
腰を地面につけている。
俺の勝ちだ。
『これで、試衛館高校の勝利です』
「宗司ー、やったー!」
観客席でピョンピョン飛び跳ねている彩の姿。
俺は彼女に向ってちょこっと手を振る。
彩の他にも、何人かのクラスメイトの姿があり。
その中には、図書院の田中君の姿もあった。
礼をして試合終了。
試合場を離れ、すぐさま彩と合流した。
「やったねー、宗司。かっこよかったよぉー」
「何、大したことないさ」
「バシューって、凄かったんだよ」
「まだ1回戦だからね」
「それでもカッコよかったよ」
「まぁ、そういってもらえると嬉しいよ」
はぁーはぁー息を吐いて。
ちょっと興奮気味の彩だ。
俺の服を掴んでワラワラしている。
武道場の廊下を歩いていると。
「沖田君、かっこいいじゃん。私、応援にきてよかったー」
声の先には、茶髪のゆるふわパーマ。
有村さんだ。
会場でチラリと見ていて知っていたが。
彼女も内の高校の剣道部を応援しにきたようだ。
俺の隣の彩は、微妙な表情だ。
最近は有村さんも彩に対する攻撃を弱めていることもあるが。
苦手意識はあるのだろう。
ここは無難に対応しておこう。
「ありがとう、有村さん。皆勝ててよかったよ」
「そうだよねー。楽勝だったしねー。スカッとした」
俺は有村さんが一人でいることが気になった。
昨日教室で、「一条とデートに行く」と行っていたし。
会場でチラリと見た時、彼女は一条といた・・・
だからてっきりデートのついでに試合を見に来たと思ったのだが。
今一条の姿は見えない。
俺の目線を察したのか。
有村さんは。
「貫一郎は、ジュース買いに行ってるから」
貫一郎・・・
一条の名前だ。
彼の本名は、一条貴一郎。
しかし有村さん。
クラスでは一条君と呼んでいるが、休日では名前呼びか。
ふむふむ。
有村さんと一条の関係は、案外訳ありなのかもしれないな。
「そうなんだ。有村さんは剣道の試合見るの初めてなの?」
「うん。初めてここにもきたー。質素だね」
俺は有村さんと世間話をする。
隣で彩が微妙な空気を放っているので。
早々に話を切ろうと思ったけど、中々タイミングがなかった。
間が空くと、有村さんがアグレッシブに声をかけてくるためだ。
すると・・・
「あーん、剣道場に女連れかよー、しかもかわいい子2人じゃん」
防具を着た男が俺に向って叫ぶ。
端正な顔をした男で、目元には泣きホクロがある。
長い前髪が揺れている。
彩は俺の後ろに隠れ、チョコンと俺の服を掴む。
有村さんは相手をギロっと睨む。
俺は小声で彩に語りかける。
「大丈夫だ、彩、堂々としていろ。俺がいる」
「うん」
「おうおう、三段突きの沖田君は凄いなー。
三段突きって事はよー、もう一人女がいるのかな?」
相手は竹刀を持ったまま、地面をパンパン叩いている。
こちらを見てニヤニヤ笑っている。
下種な笑い方だ。
「何か様かな?」
「あーん、用?俺様がお前にか。そんなもんねーよ。
俺様が用があるのはそこの女だ」
男は彩を指差す。
彩はいきなり指差されてビクッとする。
「彼女は用がないようだ。お引取り願えるかな」
「あーん。俺様が用あるんだ。お前は黙って道をあけろ。
さもねーと・・・」
男が竹刀を握る。
場に緊張が走る。
俺も応戦できるように竹刀を握ると。
「やめておきなさい、土方君」
鋭い声がし。
土方君と呼ばれた目の前の男は、「ちっ」と舌打をする。
「近藤君か、しゃーない。お前ら、命拾いしたな」
土方は竹刀を納めて一歩下がる。
声の主。
近藤君と呼ばれた男。
かなりの巨体で、一種凛とした雰囲気を放っている。
高校生には見えないほど、精悍とした大人の男だ。
近藤は俺たちに近づき。
「すまない、土方君は熱くなりやすたちで」
「いいえ。何もなかったので、気にしていません」
「そうかい、それはよかった。
しかし君たち、神聖な剣道場でイチャつくと、他の者が良い気をしない。
これからは注意した方が良い」
柔和な表情ながら。
威圧感がある男。
小物ではないようだ。
「はい。分かりました」
「それでは沖田君。私達、壬生高校と試合をする日も違いだろう、その時はお手柔らかに」
「っち、沖田、覚えていろよ」
土方が俺に竹刀を向け、捨てセリフをはく。
隣の近藤は土方を一睨みすると、彼らは去っていった。
二人が去ってから。
「何、嫌な感じー。何なのあいつら?ちょっと顔が良いからって生意気。
壬生高校っていってたけどー」
有村さんがプリプリ怒っている。
怒りながらも、ペラペラパンフレットをめくっている。
壬生高校を探しているのかもしれない。
彩は俺の服をぎゅっと握っている。
俺は彩の落ち着かせるために、頭を撫でる。
だがしかし・・・
あの二人・・・
俺ははただならぬ気配を感じていた。
何か他の者とは違ったオーラを感じたのだ。
そう。
心の芯に響くものを感じたのだ。
きっと、俺にとって縁のある者達なのかもしれない。
それに。
何故だか分からないが。
彼らとは剣を交えることになるかもしれないと思った。
「うわぁー、沖田君。
見てみて、壬生高校って去年の都大会優勝校みたいだよー」
有村さんがパンフレットを見て驚いている。
やはりか。
ただモノではなかったようだ。
「狂犬の土方と、活人剣の近藤だってさ。二人とも有名選手みたい」
狂犬の土方・・・
活人剣の近藤か・・・
敵として不足はない。
だが。
何故だろうか?
ぞわぞわと感じる揺らぎ。
心を急かす焦燥感。
何か、見えない糸に導かれているかのような感覚を感じるのだ。
俺はその感覚に不安を覚えたのだった。




