【田中】伝染する悪意2
でも。
よくよく考えると。
違和感もあった。
僕は堀北さんに惚れていた。
奇麗な黒髪で。
ポニーテールをユサユサ揺らす彼女は魅力的だった。
ついつい目で追ってしまっていた。
皆にはばれないようにしていたけど。
彼女のことが好きだったのだ。
彼女も僕のことが好きだと感じていた。
同じクラスの沖田君に「彩が田中君のこと好き」と言われたときは。
やっぱりだと納得したし。
彼女も僕と同じ気持ちなんだと。
僕の直感は正しかったのだと思った。
僕と掘北さんは結ばれるはずだった。
しかし、悪魔の様な男、一条のせいで台無しになった。
まさか、掘北さんを寝取った挙句。
動画をネットに流出させるとは。
鬼畜のような男だ。
一条は入院したけど、それだけでは足りない。
全然足りない。
堀北さんはもっと深く傷ついたはずだから。
でも。
掘北さんも掘北さんだ。
幼馴染で良い人の沖田君となら諦めもついた。
二人はお似合いだったから。
しかし、一条はダメだ。
あいつはダメだ。
あのお調子者で運動しかとりえのない一条と。
まさか掘北さんがするなんて・・・
ショックだった。
深く傷ついた。
はっきりいって掘北さんに幻滅した。
僕の中の彼女のイメージ、聖女は汚れた。
美しいイメージが完全に壊された。
それは許せない事だった。
とても許容できないことだった。
もし・・・
僕が一条の非常な行動を止められれば。
もし・・・
僕が掘北さんが変わる前に止められれば。
清純なままに留めて入られれば。
仮定の話が頭を巡る。
全ては。
僕が何もしない傍観者だったから。
ただ想いを秘めて見つめていただけだから。
だから、全て遅かったのだ。
百科事典でドカドカ一条を殴るぐらいしかできなかった。
それではダメだ。
ダメなんだ。
十分に実感した。
痛いほど身に染みた。
自分の望みがあるのなら、勝ち取らなければならない。
ゲームに勝たなければならないのだから。
「ビューティフルざまぁ」にも出てきた。
ゲームの必勝方法は3つ。
・先手を取る
・頭を使う
・相手を騙す
僕は遅れをとったのだ。
だから一条などに掘北さんを取られたし。
掘北さんは穢れてしまった。
それに。
頭の中に浮かぶのは、新撰組の鉄の掟。
田中寅蔵が好きなため、僕は新撰組に憧れていたのだ。
かなり詳しく調べた。
何度も読み込んだ。
だからこそ。
僕の心の中、頭の中には、「かのルール」が刻み込まれている。
隊士を縛った血の掟。
破ったら者は、切腹、死罪になる掟が。
◇新撰組 局中法度 (禁令五箇条)
一、士道に背きまじこと
ニ、局を脱するは許さず
三、勝手に金策をいたしからず
四、勝手に訴訟を取り扱うべからず
五、私の闘争を許さず
「一、士道に背きまじこと」。
武士道に背くことをしてはならない。
新撰組に恥をかかせてはならない。
戦闘で逃げる事は許されず、必ず相手に勝たなければならない。
「ニ、局を脱するは許さず」
新撰組に一度入ったら、抜けてはならない。
「三、勝手に金策をいたしからず」
無断で借金、アルバイト、小遣い稼ぎをしてはならない。
「四、勝手に訴訟を取り扱うべからず」
無断で争いごとを裁いてはならない、裁判に関わってはいけない。
「五、私の闘争を許さず」
個人的な戦闘をしてはならない。
これらを一つでも破ったら、即、粛清対象となり。
切腹、死罪を命令される。
『新撰組 局中法度』は、僕の心に深く根づいている。
僕の理想の行動指針といってもいいだろう。
局中法度が僕のルールだった。
だからルールに接触した一条を、百科事典で殴ったのだ。
だがしかし。
そこに、「ビューティフルざまぁ」の「ゲームの必勝方法」が加わった。
僕は情報を取得し、進化したのだ。
真、田中になったのだ。
「局中法度」と「ゲームの必勝方法」。
この二つから導かれる結論。
僕の頭の中でみるみる内に考えがまとまっていく。
そして・・・
新しい目標が出来上がる。
答えは簡単だ。
既に決まっている。
僕がすべき事は決まっているのだ。
――― 一条にも、掘北さんにも相応の責任を取ってもらうのだっ!
――― 彼らは粛清対象なのだっ!
――― 僕が彼らを粛清するっ!
僕と掘北さんは謂わばソウルメイトだった。
新撰組の隊士同士のようなもの。
なのに彼女は裏切ったのだ。
志を曲げた。
『一、士道に背きまじこと』に抵触した。
ならば粛清せねばならない。
最早、生かしてはおけない。
血の粛清あるのみ。
それに一条。
悪人の一条。
彼も同じだ。
『一、局を脱するは許さず』に抵触した。
新撰組は敵を必ず殺す。
一度向き合った敵からは逃げてはならない。
あちらが死ぬか、こちらが死ぬかだ。
引き分けなどはありえない。
一条はまだ生きている。
有村さんに近づき、あろうことか復権を計っている。
これは由々しきことだ。
彼は懲りていないようだ。
ならば、血の粛清が必要であろう。
僕は心の中で決意した。
一条、堀北さん二人の粛清を。
それは決定事項。
覆すことのない決定だった。
僕は今日から変わるのだ。
真・田中になったのだから。
だが、問題がある。
今は2016年。
幕末の京都の様に、刀を持って相手を切り殺すはできない。
時代が違うのだ。
時は変わった。
誰も刀を持っていない。
代わりに持っているのはスマホだ。
なら時代にあった粛清。
2016年に合わせた血の復讐を下すしかない。
デジタル時代にあった、粛清をお見舞いしようではないか。
ふふふっ。
一条、堀北さん。
僕の想いを受け取ってもらおうか・・・
夜の部屋。
夜空を見ながら。
僕は口づさむ。
『四方山の 花咲き乱れる 時なれば 萩も咲くさく 武蔵山までも』
心が洗われる
隊士、田中寅蔵とシンクロする。
彼は失敗して切腹したが。
僕は成功してみせる。
150年後の今。
僕が成功することで。
彼の失敗を覆し、無念を晴らしてみせるのだ。
田中寅蔵の名誉を回復するのだ。
正義をなしてみせるのだ。
ピコーン!
んん?
スマホが鳴った。
画面を見ると・・・
僕が登録しているニュースサイトの更新情報だった。
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『新撰組鬼の副長、土方歳三の愛刀『和泉守兼定』盗まれる』
東京都日野市にある 土方歳三資料館から。
新撰組の鬼の副長と知られる。
土方歳三の愛刀『和泉守兼定』盗まれる事件が発生。
近年、映画、アニメ、漫画、ゲームで新撰組が取り上げられる中。
刀の存在はファンの間では有名でした。
又、近年の発生した歴女ブームの影響か。
日本刀を題材としたゲームが一部の女性の間で大人気を博しており。
捜査当局は、行き過ぎたファンの犯行ではないかと疑っております。
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何気ない情報だったが。
僕の頭には。
瞬時にある計画が浮かび上がった。
ふふっ。
これは・・・・使えるのではないか。
使えるかもしれない。
利用できるかもしれない。
ちょうどいい。
僕は慎重に情報を見ながら。
一条と掘北さん、二人を粛清する方法を考え始めた。




