腰が砕ける程の衝撃
俺の名前は、沖田宗司。
名前は似てるけど。
あの有名な新撰組の剣士でもないし。
子孫でもない。
全く関係ない。
ただの一般家庭、沖田家の宗司だ。
両親が何故こんな誤解される名前をつけたかは不明だ。
でも。
名前のせいではないけれど。
一応剣道をやっている。
そこそこの腕前だ。
で。
剣道をやっている者なら、誰でも一度は妄想すると思うけど。
もし機会があるのなら。
漠然とだけど。
新撰組の様に悪者を斬りたいと思っていた。
相手は誰でも良かった。
でも。
それは夢物語。
今の現代で。
そんな物騒な事が現実に起こるとは思っていなかったし。
信じてもいなかった。
願ってもいなかった。
しかし現実は分からない。
ほんと・・・
何が起こるか分からない。
まさか・・・
こんなことが起るなんて。
~~~~~~~~~~~~
今は夏。
それも夏休み。
ミーンミーンとセミが鳴く中。
高校二年生の俺は彼女の家の前にいた。
彼女は幼馴染の堀北彩。
見た目もよく、スタイルも良い。
黒髪ポニーテルの優等生。
物心ついた時から知っており。
幼稚園にも、小学校にも、中学校にも一緒に通った。
なんと高校も同じだ。
恋人として付き合い始めたのは去年の夏から。
放課後は一緒に帰ったし。
クリスマスやバレンタインの甘酸っぱい恋人イベントも一緒に過ごした。
充実した日々を過ごしていた。
俺は彼女を愛していたし。
彼女も俺の事を愛していると信じて疑わなかった。
因みに。
俺と彼女の家は隣同士。
彼女の部屋は、俺の部屋からも見える。
ちょうど家同士の一番近い部分がお互いの部屋になっている。
さっき俺は彼女の家の前にいるといったが。
実際には自分の家の自分の部屋にいるだけだ。
それでも彼女の家の前にいることになる。
そんな俺は、本来なら今頃母親の実家に帰省中だったけど。
予定を一日繰り上げて帰ってきていた。
両親は明日帰ってくる。
彩にも明日帰ってくると伝えてあるので。
彼女は俺が家にいることを知らない。
俺は彼女をビックリさせようと、屋根伝いに渡り。
彼女の部屋のベランダで待機していた。
脅かすと同時に。
実家の田舎で買ったブレスレットのお土産。
貝殻のブレスレットを渡そうと思っていたのだ。
カチャ
「外あっつー。早く部屋に入ってクーラーつけなきゃ」
おっ。
彩の声だ。
家に帰ってきたようだ。
ドンドン
ドンドン
階段を上ってくる音がする。
カチャ
ドアが開く音がして。
「ふー、クーラー、クーラー」
ピッ!
ブーン
ベランダに設置されている室外機が回りだす。
「すずしー、生き返る~。今、ジュース持ってくるから待っててね~」
「おう」
「何がいい?」
「何でもいいよ」
んん?
あれ?
彩は一人じゃないようだ。
男の声が聞こえた。
それも・・・
聞いた事がある声だ。
室内の物にばれないよう慎重に。
ベランダの窓越しに部屋の中を見ると・・・
見えたっ!
同じクラスの一条だ。
奴は俺と仲が良い。
親友という間からの友達がいない俺にとっては。
一番の友達かもしれない。
まさに親友だ。
彩がジュースとコップを持って帰ってくる。
二人はベッドに並んで座り。
ジュースを飲みながら和みだす。
んん?
何故だろうか・・・
何故か妙な胸騒ぎがする。
胸がドキドキする。
妙に二人の距離が近いからかもしれない。
「彩、いいのか?彼氏いるんだろ?」
「大丈夫、大丈夫。宗司は今、すっごい田舎に帰ってるから。タヌキがでるとこ」
「そうか。確か群馬だっけ。まぁ、彩がいいんならいいや。かわいいし」
「・・・もう。ほら、手はここでしょ」
二人が妙な手の繋ぎ方をする。
あれ?
おかしいな~。
おかしいですね。
あれはどうみても恋人つなぎ。
俺の彼女のはずの彩と、親友の一条が。
ベッドに二人で腰掛けながら、指をからませている。
おかしいですよ。これ。
絶対おかしいです。
俺はこのクソあっつい中。
焼肉プレートみたいなベランダの上にいるというのに。
中の二人は何をやっているのか・・・
「キス、しよーぜ」
「あたしも~。したいと思ったぁ」
クチュ
「・・・・・」
いきなり俺の彼女の彩と、親友に一番近い男一条がキスをし始めた。
俺は凍った。
熱いのに寒かった。
熱寒い。
ただ。
ただ・・・
二人がキスをしているのを眺めていた。
「もう、キス上手だね。宗司は上手くないのぉ」
「そうなのか。ほらっ、続きしようぜ。唇が求めてる」
二人はベッドに横になり。
キスをしながら絡み合い出した。
おっぱじめたのだ。
部屋の中はよくクーラーが効いているのか。
二人は服を脱ぎ始めたが、汗一つかいていない。
全裸の二人は・・・
そして・・・
恋人がするアレをしはじめた。
「今日、ゴムないけどいいよな」
「しょうがないなぁ・・・もぅ~。安全日だからいいよぉ」
俺は熱い太陽光に刺されながら、汗をダラダラ流していた。
ベランダは灼熱地獄の様に暑いのだ。
室外機の熱風もブワーっと体に当たる。
風というより圧力。
ふわふわとした固体の塊に押されているみたい。
だが。
心は冷えていた。
キンキンに冷えていた。
心は凍っていたのだ。
そのせいか。
ミーンミーンというセミの音が良く聞こえる。
心に響く音。
が。
それに混じって。
「あっ、あーん、あっ」
彩の喘ぎ声が聞こえてきた。
妙にセミの声とマッチしていた。
風流だ。
時が経ち。
彩と一条は服を着た。
俺は気づくと汗だくだった。
服は体に張り付いていたけど、全く暑さを感じなかった。
ベランダから離れ、自分の部屋に戻ろうとしたが・・・
ズサッ
動けなかった。
前のめりに倒れた。
そう。
腰が砕ける程衝撃を受けたのだ。
こなごなだった。
骨盤が消えたかと思った。
俺はタコのような軟体生物になったのかと。
俺は高音のベランダにつっぷしていた。
卵を落とせば、目玉焼きが出来るんじゃないかというぐらい熱いベランダの上に。
そんな俺の耳には、彩と一条の声が聞こえてくる。
「やっぱり彩は良いからだしてるよ」
「そっちもだよ~。宗司はちょっと・・・アレだから」
「アレって?」
「その・・・小さいの。あそこが」
「ふふっ。さすがに可哀相だろ。そういうこというなよ。男は傷つくよ、それ」
「大丈夫。宗司の前では言ったことないから。
それぐらい分かってるよ、あたし、優しいの」
俺は汗をだらだら流してベランダで倒れながらも。
腰が砕けて、鉄板のようなベランダで肌を焼かれながらも。
追加で精神的ダメージを受けていた。
ビシビシ。
【俺氏への精神ダメージ100】
【沖田宗司は瀕死状態に陥りました】
暑さで頭が沸いてきたのか。
頭の中で妙なアラーム音が聞こえた。
それに・・・
小さい・・・
小さい・・・
小さい・・・だと。
俺の何が小さいってっ!
くぅ・・・・・・彩は今までそんなことを思っていたのか。
一つだってそんな態度見せなかったのに。
俺は全く気づかなかったというのに・・・
「彩、胸柔らかいなー」
「そっちの胸板も、かったーい」
「はは」
「きゃ、くすぐったいよぉー」
窓の向こうから。
楽しそうな声が聞こえてくる。
もうやめてほしい。
だめだった。
俺のライフは0に近かった。
俺は精神的空虚状態に陥りながらも。
鈍感だった自分を情けなく感じるのと同時に。
平然と述べる彩に対して、深いショックを受けていた。
窓越しに見える彩は、まるで別人のようだった。
知らない女。
初めてみる女のようだったのだ。
俺の知っている彩ではなかった。
その後。
俺はなんとか這うようにして家に戻ったと思う。
多分。
きっとそうだ。
というか。
実際のところ。
どうやって自分の部屋に戻ったか記憶がない。
気づくと自分の部屋のベッドの上で横になっていたのだから。
この出来事が、全ての始まりだった。
俺と彩の運命を決定するイベントだった。
完結まで毎日投稿します。