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イルマニアファミリー

イルマニアビヨンド 異形編

エレベーターを待つ間、繁田はめぐみに拳銃を突き付けながら小声で話し始めた。


「危ないところだったな。お前本当ならとっくに消えてたぞ」



…?



「もうこの事務所はだめだ、歌舞伎に侵されてる。警察署ならここよりははるかに安全だ。」


「何訳の分からないこと言ってるんですか。…あなた本当は警官じゃないでしょう。社員皆殺しにして、今更警察に自主するつもりですか。」



エレベーターがめぐみの階に到着する。



「警官にはなあ、一般市民が知らなくていい仕事があんだよ。おういいか、今から大事なもん見せるからよく見とけよ」



エレベーターの扉が開く。



――――!?




一体ここはどこなのだ。少なくともめぐみが毎日乗り降りする狭くて暑いボックスではない。めぐみの記憶にこんな場所は存在しない。



―――まあ、びっくりするのも無理ないよな。今お前が見てるのはお前がいる宇宙とは別の宇宙、この世界から遠くはなれた世界が滅びる瞬間だ。



声は聞こえるが、繁田の姿はどこにもない。エレベーターの出入り口も消えている。


しかしそんなことがどうでもよくなるくらい、目の前の光景は凄まじいものだった。



赤ら顔の奔流から溢れだす無数のぴるす。ぴるすを蹂躙する歌舞伎役者。空間は瞬く間に赤ら顔に浸食され、歌舞伎役者とぴるすに収斂されていく。



―――目を閉じても無駄だ。お前に直接情報を流し込んでいる。まあもっと沢山の情報を流し込むことも出来るが、今のお前の受信能力じゃ耐えられないだろう。



…一体、どういうつもりなのだわ。はるか遠くの世界なんて、私には関係ないことだわ。



―――大澤、お前本当は薄々気づいてんだろ。お前の思考がこっちに流れてくるから分かるんだよ。近い将来、お前の世界もこうなる運命なんだ。



ぴるす係長…?。



―――そうだ。本当なら今日あの事務所でぴるすがバンテリン飲まされ殺されるはずだった。もしそうなっていたら世界が割れて歌舞伎に飲み込まれていただろう。まあ遅かれ早かれだけどな。



あれが、すぐそこまで…?



―――ああ。それにもうだいぶ前からこの世界に少しずつ、赤ら顔が流入してる。考えてもみろ。お前がガキの頃棚半分がバンテリンなんていうふざけた薬局どこにもなかっただろ。さっき殺したぴるすみたいな奴が東大なんて出てると思うか。それに、絶対に人の事許さないような奴が営業部長に昇進できるわけないだろ。



そんな…。この世界にもあのおぞましい濁流が迫っているというの?



―――濁流?濁流ってお前、大元の力に比べたらあんなもん、流れるプールみたいなもんだぞ。まあ俺も大元がどれほどの大きさなのかは分からない。ひょっとしたら俺が大元と思っている力も全体からすればほんの一部でしかないのかもな。



そんな…一体どうすればいいのだわ…。

…そもそもあなた何物なの。なぜそんな事を知ってるの。



―――まあ俺のことはいいだろう。とにかく…。




エレベーターのドアが開く。


「おっ着いたぞ、ほら早く出ろ。続きは署で話してやるから車に乗れ。」


繁田は相変わらず拳銃を突き付けながらめぐみを歩かせる。




あれがそうだろう、玄関を出た先にパトカーが停めてある。先ほど繁田と一緒にいた刑事が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。


「繁田さんここはもうだめです!ここはもうだめなんです!」


「おいどうしたんだ、いいから落ち着けよ。…そうだ、落ち着いて、ゆっくり話せ。」


「しげっ、繁田さんが出た後、山本さんが、ぴるすの死体に…ヒ、ヒィッ!」


「おいどうした!いいから早く言え!」


「は、はい。…ぴるすの死体から、ふ、服を、脱がし始めて…。それで…。」


「はあ?おいまさか…?」


「ぴ、ぴる、ピピニーデン君の、あな、菊門に、押収した、バンテリンがスーッと効いて…これはありがたい…」



刑事の顔は完全に赤くなっていた。



「くそ!まさか俺たちの中から綻びが出るなんて!…おい大澤、お前顔が…!」


「ん?私の顔がどうかしたのかしら。アレ?なんか心なしか股間に違和感があるんですけお…?」



めぐみの顔が次第にシンメトリーへとなっていく。



もうだめだ。時間がない。



繁田はめぐみの背中に突き付けた拳銃の引き金を引く。零距離で発射された弾丸がめぐみの身体を貫いた。








「痛っ…。い、一体、なんのまねなの…。」



あまりの痛みに数瞬意識が飛んだが、どうやらまだ生きているらしい。





―――大澤。詳しく説明してやりたいが時間がない。今から俺が教える事を良く聞くんだ。



ふざけないで頂戴。私を殺そうとした奴の言う事なんて信用できないのだわ。



―――…周りをよく見ろ。



めぐみの周りにはパトカーも事務所が入ったビルも、信号も道路も通行人も木も空も何もかもが消えていた。あるのはシンメトリーになりかかっている繁田、繁田を蹂躙する歌舞伎役者、尻穴をねちっこく往復しているバンテリンだけだ。



―――いいか。一度しか言わないからよく聞け。ここから脱出する方法を教える。正確には脱出ではないが…とにかくまだお前には助かる道がある。



…わかったのだわ。早く言って。



―――赤ら顔から逃れろ。いいか。赤ら顔から逃れるんだ。こんな世界二度とゴメンだよな。あんなもんに飲み込まれたくないよな。今のお前の力では一度しかチャンスはない。失敗は許されないぞ。強く念じろ。念じるんだ。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。



…赤ら顔から、逃れたい。




意識が遠のいていく。拳銃で撃ち抜かれたのだから当然だ。感覚がなくなってきた。もうすぐ死ぬのだ。



赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。赤ら顔から逃れたい。



―――そうだ。それでいい。とにかく赤ら顔から逃れるんだ。まだお前は気にする必要はない。いずれ知ることになるであろう己の使命を。まだ見ぬ同胞に赤ら顔の脅威を知らしめることを。指導者として同胞を率い、メインストリームに立ち向かわねばならないことを。今はこの危機を逃れ、来るべき時に備えお前の宇宙を成長させるんだ。赤ら顔から逃れろ。





赤ら顔から、逃れたい…























カギを開け、玄関のドアを開く。


めぐみがさっき買ったのと同じ飲料を、赤ら顔の歌舞伎役者が飲んでいる。そんな様子がテレビに映っている。めぐみはテレビをつけっぱなしだったことを思い出した。どうやら月曜から夜更かしが終わり、次の番組に向けてCMをやっているようだ。


部屋には特に変わった様子はない。出かける前と同じワンルームである。


なんてことはない。全てはくだらない妄想である。相変わらず世の中はつまらないままだ。


本当にそうか。


めぐみは生姜炭酸を飲みながら自問自答した。


赤ら顔の歌舞伎役者を見ながらジンジャーエールを飲むなんて中々粋ではないか。世の中は退屈だが言い換えれば平和という事だ。仕事だってつまらない事ばかりではない。まだまだこの街も探索してない所がたくさんあるはずだ。イルマニアも桐谷さんも飽きたとはいえ嫌いじゃない。


案外、これが自分の望んだ世の中なのかも知れない。


「マツコとマツコかよ。二連続マツコはさすがに飽きるのだわ」

めぐみはCM明けのテレビ番組を見てそんなことをつぶやきながら、明日はどこに出かけようかと思いを巡らせていた。

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