終章 湯気の流れに身を任せ
「しかし、どこが口下手なんだ。あんなにベラベラしゃべりやがって」
「……」
やるべきことを全て終えた後、俺は約束を守って楊々軒に尾崎を連れて行き、クソ高いラーメンをきっちりおごった。
ちなみに、俺が食べているのはトッピングなしの醤油ラーメン五〇〇円。奴との差、千円なり。とほほ。
「それにしても、あの馬鹿げた行動が全部計算だったとはなあ。俺も一杯食わされたわ。あっはっは。あちっ」
「……」
尾崎は無言でラーメンをすすりながら、立ち込める湯気をじっと眺めている。一体奴の目には、どういう風に映っているんだか。
「……してないけど」
「は?」
突然奴の口から飛び出したのは、さっぱり意味のわからないお言葉だった。
そして、ブリキ人形みたいにぎこちない動きで顔を向けてきたかと思うと、こちらが首をかしげている間に衝撃的な一言を発した。
「俺、計算なんてしてないけど。本当にダビング頼みたかったり、お腹すいてたりしただけ。何か途中で、ぴんときたってだけだ」
「そうかそうか。それはつまり、全部偶然の産物……って、えーっ⁉」
嘘だろう⁉ あの奇天烈な行動は計算じゃなくて、全部天然だったの⁉
あまりのショックに、力が抜けて割り箸を落としてしまう俺。それを見てもなお、尾崎は黙々とラーメンをすする。
「本気か? 本気で言ってるのか?」
「本気」
「頼む、嘘だと言ってくれ」
「嘘」
「でも、その言葉も」
「嘘」
「いやだああああーっ」
何でこいつ、こんなポンコツなのに優秀なの? 神様って、不平等。不平等過ぎる! できれば俺の方に、才能をプリーズ!
「あ、いいな。お前のラーメン、めっちゃでかいメンマ入ってる」
「アホか! これは今、俺が落っことした割り箸だ! お前、目、ついてる?」
「お前の不細工な顔は、よく見えてる」
「じゃかあしい! お前は俺の気苦労も知らないで……あうう」
「大丈夫か。これやるから落ち着け」
そう言ったかと思うと、尾崎はスペシャルチャーシュー味噌からチャーシューを全部抜いて俺のラーメンに放り込んだ。チャーシュー麺からチャーシューを抜いたら、ただのラーメンなんですけど。
「いいのか?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「マジで?」
「うん。だって俺、チャーシュー一枚で充分だから」
「は?」
え、何か今こいつ、すごいこと言わなかった? チャーシューありきのチャーシュー麺を前にして、チャーシューは一枚で充分だと? ふざけるなあ!
「何でじゃあチャーシュー麺頼んだんだよ! 普通の味噌でいいだろうが!」
「リッチな気分を、味わいたかったから」
「チャーシュー麺頼んでチャーシュー抜いたら、リッチもクソもあるか! リッチなのは値段だけじゃ、どアホーっ!」
「おっちゃん、替え玉ちょうだい」
「話聞けーっ!」
例えどんなに優秀な頭脳を持っている奴だとしても、どんなに検挙率が高くても、どんなに付き合いが長くても、こんなのとずっと一緒になんていられない。いつか絶対、相棒を代えてもらう! 絶対にだ!
「あ、お前も替え玉頼む?」
「頼まねえわ! もういいよ」
二人の即興漫才は、誰も知らないところで勝手に続く。