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第二章 色んな意味で事件です

 アパートに着くと、既に周りには黒山の人だかりが。全く、野次馬というのは邪魔くさくて仕方がない。日曜日だからって、暇人が多過ぎだ。

「はい、ちょっとどいて下さいね」

 どうにか先に進んで現場の部屋に入ると、鑑識がせわしなく働いている姿があった。

 中は1Kで狭く、ごちゃごちゃと散らかっている。ゴミ箱は一応あるようだが、元は箱だったと思われる紙をぐしゃぐしゃにして突っ込んでいるものだから、早くもパンパンになっていてその役割を果たしていない。明らかに、大雑把な男の一人暮らしといった印象だ。ちなみにその住人はというと、白い皿とフォークが乗った円卓に突っ伏して絶命していた。

 井沢雄介(いざわゆうすけ)。二十七歳フリーター。彼は苦悶の表情を浮かべており、見たところ外傷はなし。傍らに黒い染みと、空になったコーヒーカップが転がっていることから、おそらくコーヒーに混ぜた毒を飲んだのだろうと推察できる。

 その近くには大家らしき老人と、若くきれいな女性が。どうやらその二人が、遺体の第一発見者であるらしい。

「あなた方が通報者ですね。名前は」

「大家の大村育三(おおむらいくぞう)です」

「私は、山瀬恵子(やませけいこ)と申します。えっと、刑事さんでよろしかったですか?」

「おっと、これは失礼」

 俺と尾崎は懐に手を突っ込み、警察手帳を取り出して二人に見せた。

「私、紗霧井町紺戸署の蔵橋と申します」

「あ、同じく、尾崎です」

「は、はあ……」

「そうですか……」

 何だか、二人のリアクションがおかしい。よく見ると、その視線は尾崎の方に注がれているような。

「……って、何を見せてるんだ。お前は」

「ん?」

 尾崎が真顔で構えていたのは、なんとパスポート。一体何をどうやれば、警察手帳とパスポートを間違うのか。そもそも、何で職場にパスポートなんて持ってきているのか。事件よりもこちらの方が大きな謎のように思えてくる。

「何って、警察手帳」

「それ、パスポートだぞ」

「あ、うっかりしてた。似てるからつい。警察手帳はこっち」

「似ても似つかねえわ。紙ってことしか共通点ねえよ!」

 早速、目の前にいる方々が凍りついたようにドン引きしている。ああ、これが警察官全てへの偏見につながったらと思うと心が痛い。

「コホン。では、遺体を発見した状況などについて詳しくお聞かせ願えますか」

 事件の関係者に話を聞くのは俺の仕事。異次元の思考を持つがゆえに、何を言い出すかわかったものではない尾崎に任せたら大変なことになる。

「はい、わかりました……」

 山瀬さんは陰鬱な面持ちのまま、詳しい事情についてゆっくりと語り始めた。

「私と井沢君は、一年前から付き合っていました。彼がバイトしていた喫茶店に、私が入ったのが出会いのきっかけで。時間が合う時に会って、一緒にドラマを観たり、レジャー施設に行ったりしていたのですが、最近は。私の仕事が忙しかったのも原因の一つだとは思うのですが、彼、少し前から思いつめた様子で」

「思いつめた?」

「ええ。この歳にもなって定職にも就けないなんてって、よく愚痴をこぼしていました。彼、プライドが高かったから傷ついてたのかも。少し前にも、面接に落ちたと話していました。それから、あまり会わなくなって。最近は家にも」

「ほう、なるほど」

「今日は会社が休みなので、彼と外で会う約束をしていたのですが、時間になっても来なくて。それで心配になって彼の家に行って呼び鈴を鳴らしたのですが、全然出てくれなくて。おかしいと思って大家さんに鍵を開けてもらったら……うっうっ」

 彼女はすすり泣きをしながら、ハンカチで目元を拭う。職業柄あまり動じなくなったが、それでも恋人を失ったことについては大変気の毒だと思う。

 今度は、大家の大村が口を開いた。

「お嬢さんが血相を変えて私のところに来た時もそうでしたが、部屋に入ってみてさらに驚きました。まさか、井沢君が自殺しただなんて。気位が高いのか、どこか偉そうで日頃から彼にいい印象はありませんでしたが、死んだとなると流石に」

「自殺? まだそうとは決まっていませんが」

「でも、部屋に鍵がかかっていたのですよ。そして、彼は毒を飲んで死んでいた。誰だって自殺と思うのでは?」

「ううむ」

 確かに、彼の死因は誰がどう見ても毒によるものだ。しかも、鍵がかかった部屋で、一人で飲んだとなると……ん、ちょっと待て。毒殺だったら別に、事前に仕込んでおけば密室でも成立するのでは。

「死体を見た時、どうしたものかと年甲斐もなく慌てふためいてしまいましたよ。お嬢さんも泣きながら、井沢君の名前を呼び続けるものですから。とりあえず、救急車と警察は呼ばせていただきましたが。しかし」

「はい?」

 何か、気になるところでもあったのだろうか。捜査に関係するような話であればいいのだが。

「どうかしたのですか」

「いや、その。あなたの、お連れの方が」

「お連れ?」

 嫌な予感に襲われながら、大村さんが指差す方を向く。するとそこには、普通では絶対にありえない光景があった。

「お、尾崎お前っ……何やってんだ!」

「ん?」

 こいつは話を聞かず、一体何をやっているのか! 尾崎は現場のテレビを勝手にいじり、録画リストを丹念にチェックしていたのだ。しかも、手袋もつけずに素手でリモコンを操作していやがる。

「何てことしてくれてんだよ。手袋もしないで!」

「手袋つけてると、ボタン押しづらいから。もう指紋採ったって言うし」

「ああもう、手袋の件は置いておくとして。何で人ん家のテレビ勝手にいじくってんの? ねえ?」

「最近撮り逃したドラマがあって。それがあればダビングさせてもらおうと」

「ここ、友達の家とかじゃなくて現場ですけど?」

「あ、そうだった」

 アホだ。こいつ、ここが自分の職場だってことをすっかり忘れていたようだ。情けない、情けないにもほどがある。

「でも、やっぱりないか。ペケペケテレビ枠の月9は撮ってあるけど、俺の観たかったドラマがない」

「どうでもいいよ、んなこと! 証言聞かないで、ふざけたことしやがって」

「大丈夫、うっすら聞こえてた。消音にしてテレビ観てたし」

「録画チェックだけじゃなく、番組まで観てたのか⁉」

「トーク番組だったけど、何のことやらさっぱりわからなかった」

「そりゃそうだねえ! トーク番組を消音で観ても、理解できるわけないよねえ!」

「でも、なかなか味はあった」

「お前の感想はどうでもいい!」

 またやってしまった。俺は即興漫才をするために、刑事になったわけじゃないのに。

 第一発見者達や鑑識係にポカンとされながら、奴との掛け合いは続いた。

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