魔王のマ!その6
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「あんた――たんだ」
「そりゃ俺の夢だからな」
「夢?―――ないかもね!」
「お前がその第一歩でも俺は構わないけど」
「―――――!!」
「まぁまぁ、冗談だろ?」
「――もっ、そんなんだから―――」
「………」
「あはっ、――――!」
「…わかったから、わかった」
「―――――――!」
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――
―――
<う…どうしたの?>
少し強めにゼリーを握ってしまったようだ。出来れば夢は見たくないんだけどな。
「いや、なんでもないよ。おはようジル」
<…ん!おはようコータ!>
ジルと軽く挨拶を交わして、毛布を退かす。まだ身体はだるいけど、気にするほどでもない。
毒草の類が欲しいから、今日は採取依頼でもやってみようかな。幸い鑑定もあることだし、間違えることもないだろう。
「今日は採取依頼をしようと思うんだけど、どう?」
<どうって、いいんじゃない?別に>
ジルの了承も得たことだし、さっそくギルドへ向かうとしよう。
ポーチを装備すると、ジルを右肩へ。軋む扉を開けて外へと出る。
途中屋台で、美味しそうな肉串を売っていたので、朝飯代わりに5つ。3つが俺で、2つがジルだ。仲良く分けながら食べていると、昨日見ていた武器屋が目に入った。
(そういえば武器らしい武器持ってないんだよな。コレは形だけみたいなもんだしな)
そろそろ剣とか買ってもいいとは思うけど、剣術なんて知らないし剣道でだって成績は下の上。そんな俺がうまく扱えるとは思わない。ゲンツの時は、足をかけて隙だらけの背中に一撃入れただけだ、あれなら誰にでも出来る。
スローイングナイフとか買っておくか、遠距離用に。練習しないとなぁ。
目に入った使い捨て用のスローイングナイフを5本、ホルダーはおまけしてもらった。
「毎度ありぃ!またの御越しを!」
店主の声を尻目に太ももに付いてるホルダーを見る。
これ中々様になってるんじゃね?スッと取り出してビュッ!みたいな。
俺が頭の中で敵を想定して、ポーズを決めていると、周りの人に見向きすらされなくなった。バケモノを通り越して無ですか。
<コータが変なことしてるからよ>
ついにはジルにまでこんなことを言われる始末。どうやら俺に癒しはないようだ。
人目を避けながら走ること数分、ギルドの看板が見えてきた。このまま入ろうかと思った矢先、入口近くにゲンツ等が居るのを確認した。
(面倒な事にならなければいいけど…)
斧の奴が気づいたようだ。ゲンツの肩を叩きこちらに指をさしてくる。人に指をさしちゃいけません、って教わらなかったのか。
が、どうやら違うようだ。向きは俺だが俺の後ろ、絶世のイケメンに注がれている。
なんだこの神々しさ…後ろに居たのに気付かなかっただと…。
<ほわぁ…かっこいいねー>
…俺の癒しは完璧に潰えた。目的が俺じゃないのなら話は早い、脇をサササッと通りギルドへ入る。とんだ面食いスライムだな。イケメンがなんだっつーの。
適当に青銅の掲示板から採取の依頼を剥がす。バラカとゼルーを東の森から10株づつ採ってきてとお手頃だ。
行くか。
悔しくはあるが生涯付き合っていく顔だ、こんなの今に始まった事じゃない。受付の人にお金を握らせ、東の森の場所を聞くと、気づかれない様にギルドから出る。
どうやら東の森は俺がサバイバルしていた所らしい。あの時くぐった門が見えてくると、あの事を思い出した。
(ホモなお兄さんがいる…!)
堂々と出て行くべきか、こそこそと出て行くべきか。モタモタしていたら気づかれてしまうかもしれない。ここは堂々とだ!
「そこの奴、止まりなさい」
はい、お兄さんにつかまりました。お、俺をどうする気なんですか…
「なんですか?これから依頼なんですけど」
大事なものも失いたくないので、話を早めに終わらそうとする。
「それはすまなかったな、気を付けて行くんだぞ」
あれ?案外いい人?チョロイ人?すんなり通してくれたことに違和感を覚えるのは、いけないことだろうか?いや、正常だ。また俺の尻を見ている。
とりあえずと、森へと入っていく。
やっぱし木の背が高いな。町の宿から余裕で見えてたもんな。ここでサバイバルをしていたとなると、感慨深いモノがこみ上げてくる。
辺りに生えているバラカやゼルーを手当たり次第にぶっこ抜き、土を落としてポーチの中へと入れて行く。この様子じゃ思ったより時間かかりそうにないな。昼ちょっと過ぎくらいには帰れそうだ。
<…なんか機嫌わるい?>
そんな事はないと言いたいけど、事実ちょっと悪い。
小さいことでこんなになるなんて情けないし、こういう所直さないとな。
「んや、そんなこと無いぞ?」
そう言って撫でてやる。ごめんな。
<…ん、ならいい>
すると撫でている腕にすりすりとしてきた。
さて。
(ちょっと時間つぶしていくか)
途中生えていたセリリを非常食として取っておく。ノキアも忘れずにな。
どんどん奥へと進んでいくと右手に洞窟が見えてきた。何かあるかと近づいてみると、手前にこんなものが落ちていた。
名:バリ
種族:鉱石
状態:帯電68%
説明:静電気などを溜めておける鉱石。その量は大きさに比例して上がる。砕けると帯電させていた電気が魔素を伝い、辺りに漏れ出す。
ほえーこんなんがねー。見た目ただの拳より大きめの石。見る人からすると違いがわかるのだろうか?
知らないアイテムがあるのは嬉しい情報だ。このまま中に入り探索を実行する!
「こちらサイトーウ、応答願う」
<なにやってるのよ…>
ジルが呆れている。こういうのは気分が大切だ。先ほど拾ったバリをトランシーバーに見立て、喋っていると、奥の方で微かに音がした。
さっと剣を構えバリを仕舞うと、足音を立てずに進んでいく。
(なんだ…?)
茶色い物体が見えてきたところで足を止め、鑑定を使う。
名:バッフィー
種族:獣
状態:睡眠100%
説明:よく食用として狩られるモンスター。その肉は癖が無く、どんな調理をしても大丈夫な為幅広く使われる。戦闘能力は低いが、そのツメから繰り出される引っ掻き攻撃は侮りがたし。
あのくそったれな宿で食った料理の元か。まぁ金にはなるだろ。
奥へ進もうと足を動かしそうになるが寸でで止めた。
(まだ何かいる)
よーく目を凝らすとその物体が姿を現した。眠ってはいるが野生の動物、音を立てようものならすぐに起きだすだろう。
体長2~3m位狐と犬を足して2で割った見たいな顔に、犬歯がサーベルタイガーの様に飛び出している。
名:シルファング
種類:獣
状態:睡眠50% 警戒
説明:バッフィーと似た姿からは想像もできない早さで、そのツメ、キバの餌食となるだろう。光る物が好きでついつい咥えてしまうのが弱点。出遭ったら銀貨を投げろ、金で命は代えられる。毛皮が高級品として市に出される。バッフィーと似ているためよく托卵される。
…逃げよう。俺はまだ死にたくない。
「逃げるぞジル」
<そうね…流石に相手が悪いわ。この森でもカーストで言ったら上から数えた方が早いし>
ソロリソロリとその場を後にする。いやーしかし危なかった。バッフィーだけだと思って走り出す所だった。もし目がよくなかったらあそこでお陀仏だったな。
出口が見え気が緩んだ時、足元にあった石を蹴ってしまった。カキーンといい音を打ち鳴らし転がるそれを確認した途端、走り出す。
(っべぇ!っべぇ!)
洞窟の奥の方ではすでに何かが動き出している。出口までは残り5m程だが、もうすでに後ろ20mの所で音がする。
<まずいよ!追いつかれる!>
逃げ切れそうもない、剣を構えケルスを握って振り返るとシルファングがそこに居た。
もう財布から金を取り出す時間などない、今はどうやって生き残るかだ。
シルファングはぐるるる、と低いうなり声を出し、何時でも飛びかかれる体制だ。少し、ほんの少しでも動けばその鋭いキバで喉を…。
(大丈夫、大丈夫、やらなきゃいけないことあるだろ!それが終わるまで死ねないだろ!)
「っし」
覚悟を決め、少し息を吐く。その時点でシルファングは飛んでおり、辛うじてケルスを持った手を前へ突き出す。
すると、ボキッとなにか硬いものを折った感触が伝わって、その数秒後、シルファングの鳴き声とカローンという軽い音が洞窟内にこだまする。
(牙が折れたのか!僥倖僥倖)
シルファングの方を伺うと根元からポッキリ折れているようで、口内が丸見えだった。あの大きさなら腕一本入りそうだな。
<やるじゃない!>
偶然だったけど、これでいくらか楽になるか。
意図しない攻撃に警戒を強めたのか、低い姿勢のまま円を描くように移動し始めるシルファング。
俺はケルスを仕舞、先ほど手に入れたノキアを取り出す。
隙を見せない様に、俺もシルファングにならって動いていく。どれほど経っただろうか、向うが痺れを切らし飛びかかってきた。
(怖がるな、大丈夫。良く見ろよ、よーく、よーく見ろ。握った手は右か?左か?)
周りの時間がスローになる。その中で俺は、ノキアを握った手でキバの無い口の中へ腕を突っ込む!
(怖くない、大丈夫。噛まれないって)
うまく入ったようで、ぬるりとした感触が腕を伝う。うかうかしてはいられない。握ったノキアをさらに強く握り、ノキアの汁を絞り出す。
シルファングは口の中へ腕を入れられたことに対して、もう一度口を開き腕を噛みちぎろうとしてくる。が、遅い。すでに俺の腕は口の外だ。
脳内麻薬がドバドバ出ているのか、今の俺はハイテンションでなんでも出来るような感覚がしてくる。
バックステップで距離を取ると、向うもそれに合わせた様に後ろに下がる。よかったぁ…そのまままた飛びかかられなくて。
ま、これでミッション完了だな。しばらくすれば毒にやられて動けなくなるだろう。
少し様子を見てみたが一向に倒れる気配が無い。これは効いてないのか?と思い、剣を構え直した頃やっとシルファングの身体が傾き始めた。
「っはーぁ…」
<ふふ、コータって意外と度胸あるのね>
「意外とってなんだ意外とって、それに少しくらいは手伝ってくれたっていいだろ?」
<危なそうになったらそうするつもりだったわ>
まったくもう…
肺から重苦しい息を吐き出して一息つく。シルファングは床でぴくぴくしている。
(殺すか殺さないかだなぁ)
未だに生き物を手にかける事を躊躇っている。これではいけないんだろうけど…
「まぁいいか…食べるわけでも無いんだし、向こうからしてみたら不法侵入者を襲っただけだしな」
<…甘いのね。だけど、それがコータのいいところ。危なかったらフォローするわ>
ありがたい。
ジルを一撫ですると、痺れてビクビクしているシルファングを横目に洞窟を出る。折れた牙は何かに使えると思って拾っておいた。
いい時間なのでもう帰ろう。日はすでに頂点より少し下、もう数時間もすれば暗闇になる。
ポーチの中にゼルーとバラカが個数分あるのを確認して、来た道を引き返していく。
途中少し迷ったが、基本真っ直ぐ歩いていたのですぐに門が見えてきた。くったくたなので一っ風呂浴びたいとこだが、あいにくこっちの風呂はまだ見たことが無い。無い…とは思いたくないので、いつか実現しようと心に誓う。
「やぁ、大丈夫だったかね?」
このお兄さんは何時もここにいるのだろうか?森に用があると、必ず出会わなければいけないみたいだ。
「はい、大丈夫ですよ。これから完了の有無を伝えに行くところです」
「それはよかった、では」
行商人らしき人が向かってきたので、お兄さんの注意がそちらに逸れた。グッジョブ商人さん。
ギルドを目指すために人通りの多い道をささーっと走り抜けると、途中あの神々しいイケメンが綺麗なお姉さんに囲まれていた。
走るのをやめ、とぼとぼと歩く。格差を見せられた…。
<やっぱりあんなにカッコいいと、モテモテね>
へーへー、そうでやんすね。
「羨ましい限りですよ」
<もう、そんな卑屈にならないの。コータだってかっこいいわよ?>
お世辞かそれは。
神々しいやつの後に言われても慰めにならんわ。
さくっと草を納品して、報酬を受け取る。
「腹減ったなーなに食べたい?」
<わたしは雑食だからなんでもいいわよ?>
知っているが気分的なやつだ。
結局昨日のサンドイッチを買ってしまった。
美味。
それからは公共で利用しているという井戸の近くに行き、服やら体やらを洗った。
脇道にあり、人気がない時を狙ったので問題はない。
そうして宿屋に戻ると、明日はなにをしようかと考える。
目標はもうあるとして、他の具体的な案がないなぁ。
…強くなるとか?うーん抽象的すぎるなぁ。
ま、明日また考えるか。
バフッとベットに横になると、枕元にジルが来た。
<んふふ…>
なんか機嫌いい。なんでだろう。
「……?おやすみジル」
<はーいおやすみっ>
ホントこれからどうしようかなぁ。