魔王のマ!
―まずは頭のなかを整理しよう。俺は斉藤浩太、絶賛フリーター中のぴちぴち20歳だ。
連勤が開けて疲れた体を引きずってコンビニ飯を買ったはずだ…。
そう、"はず"…。
ザァァと、風に吹かれて木々の葉が揺れる。
俺の家、アパートの近くには、森どころか街路樹一本もなかった気がするんだが…気がするだけ?
「俺、どうなんのかなぁ」
少しは落ち着いたが、それでも現状に頭がついていかない。そんな俺の呟きに答えるかのように、もう一度大きな風が吹いた。
//////////
「ここはどこだ…?」
キョロキョロと周りを見渡すが、あるのは木、木、木…。
それにさっきからぴりぴりとした空気が漂っている。
とりあえず歩くか。
あてはあるわけない。これが夢なのかも分からない。
今のところ日が暮れる様子はないし、散策だ。
途中で握りやすい太さの棒を見つけたので、なにかに使えるかと思い拾っておいた。
しかし…動物とか居ないのだろうか?いや、まぁ肉食の動物とか毒を持ってる奴とかに遭うよりましなんだけど。
そうして歩いていると、木の洞を見つけた。
元々生えていた木に太さがあったため、人二人位なら寝転がれそうなスペースが有る。
今日はここで野宿をしないといけないんだろうか?
勿論野宿なんてしたことないし、したいとも思わない。だけどもしこれが夢でないなら…。
「…あまり考えないようにしよう」
とりあえず寝床は見つかった。
気温も暖かで寝にくいことはないだろう。
飯は買ってきたコンビニの弁当、それに500mlのペットボトルに入った水がある。それを食べる。
「…夢で弁当を食べる、しかも具体的な味やら食感付か。立って寝るとか現実の俺大丈夫か?」
こんなの、夢前提で進めないと辻褄やらが合わない。
誘拐されてってのも考えたけど、そもそも俺を誘拐するメリットがないし誘拐してなんでこんなところに放置するのかもわからない。
色々と考え事しているうちに高かった日が沈んできた。もうすぐ暗闇で辺りが見えなくなるだろう。
もう寝よう。
そう思い横になろうと足を伸ばしたら、なにか硬いものに当たった。まぁ木の何かだろうとその時は気にしていなかった。
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「んぁ…」
体中が痛い、連勤開けで筋肉痛でも起こしているのか。
そんな事を考えていた。
「夢、じゃなかったな」
少し時間が経って、冷静になった。
そりゃ凸凹の地面で寝たら体も痛くなるわな。
弁当は昨日食べて無くなったが、水は半分ある。飯を探そう。
そうして洞を出ようとした時に昨日の夜足に何かがあたったのを思い出した。縁にかけていた手を戻し、くるりと振り向く。
「へ?」
骸骨だった。外からじゃ見えない位置にそれは転がっていた。
初めて見るのにそこまで動揺しないのはもう諦めたからだろうか?多分ここに隠れたままなにかしらの事があってそのまま…かな。
「これは…?」
近くに寄ってみると古ぼけた紙?と一緒に液体の入った小瓶が落ちていた。
「なんだこれ?」
なにか文字らしきものが書かれているが予想通り読めない。しばらく眺めていると…
「お?おおお?」
原理は知らないが理解できるようになってきた。
手紙の内容はこう、私は歴代でもそれは名の通った凄腕の薬師だった。だがもうその腕を奮う事はないだろう、この森に薬草を採りに来ている時、ダレットベアー(やはり動物はいた)の縄張りにウッカリと入ってしまった…代償が片腕なのは運がいいのだが腕が無くては傷は塞げていても付けることは出来ない。逃げるときに傷薬を無くしてしまったし、血も流し過ぎたようだ…無くなった腕は今頃あの憎たらしい魔物の腹の中だろう。もし、私が力尽きて誰かがこの手紙を、読んでくれているのなら近くに小瓶があるはずだ。それは私の作った薬の中でも最高の出来栄え。自分ではもったいなく感じてとうとう使えなかったが…その薬は鑑定の目薬。中身を全部両目に半分づつ垂らすことで一生効果が続くだろう。知りたいと思った対象に念じれば頭の中に入ってくる…はずだ。試すか試さないかはお前が決めてくれ。数滴なら一日効果が続くだろう、その後に全部垂らしても大丈夫なはずだ。できれば墓を作ってもらいたいがそれは余裕があったらでいい。くれぐれも私の様なミスは犯さないように…
後は汚れのせいか読めない。…ダレットベアーか、熊?なのか?でも文から読み取るに縄張りに入らなければセーフ?よくわからないけど注意するに越したことはないだろう。
墓…か、まぁこんな凄そうな代物をもらってそのまんまってのもなぁ?とりあえずこれを試してみるか。
きゅぽっという音とともにされていた栓を抜く。
「さてこれで少しづつ垂らすように…」
しばらく瞬きを繰り返していると液体が引いてきた。
「これで視えるように…おっ?」
しばらく骸骨を眺めていたら情報が頭に入ってきた。
名:フェラグレ・スール
種族:人
状態:白骨
ふむ…これは便利だなさっさと一生使えるようにするか。ポタポタっと…
「よし、行こう…少し待っててくれよ絶対墓作ってやるから」
スールさんを一瞥して外へ出る、飯を探さなくては。
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「便利だな―あの薬、そこらへんの見たことない草でも知識が入ってくる」
スールさんには悪いけどあそこに薬があってよかった。
「ん?オールの実?」
片っぱしから食えそうな、利用できそうな毒物などを採っていると、木の実が視界に入ったようだ。やっぱ聞いたことないよなーオールの実なんて。因みにポケットはパンパンである。
どうやらこれは食べられそうだ。
名:オールの実
種族:植物
状態:破損75%
説明:オールの木から生る木の実。養殖されているやつは甘くて美味しいが野生の実は酸っぱさの方が強い。果実は少ないが中が空洞になっており、その中に果汁が詰まっている。
鳥にでも突かれたのか無残な姿の果実が地面に転がっていた。
形はラグビーボールみたいな感じだなー。マンゴーをでかくしたような。
嘴で突かれた痕もあるし、これは食べられるだろう。
ぱっと見結構生っているけど、木の背が高くてほとんど届きそうにない。
「よっと…ほっ…む…」
届かない。いや、なんで"ココ"は背の高い木ばっかなんだよ!
そこら辺に落ちている石ころを手当たり次第に投げつける。しょうがないだろ!これでも一応170以上はあるんだぞ!
運が良かったのか、偶然当たった奴が落ちてきた。
落ちてきたそれを優しくキャッチすると、なんとも言えない達成感が湧いてきた。
そうしてやっと1つ採れたころにはもう、日が落ちそうな時間だった。まだ明るい時間が続くだろうが、安全のためにも成果を確認するためにも一度戻ろう。
オールの実は結構な大きさがあるし、ポケットもパンパンだ。
それにしてもこっちに来てから楽しんでる自分がいる。まだ害となる生物が居ないからなのか、うまくいかないことがないからなのかはわからないけど、少なくとも日本にいた頃よりは楽しんでると思う。
洞に戻ると、ジーパンのポケットからキノコやら草やらを取り出して並べる。
名:ゼルー
種族:植物
状態:普通
説明:世に言う薬草。すり潰して患部に塗ると僅かだが回復力が上昇する。細かく刻み、煮詰めると回復力が上昇する、その場合は飲用。食用には向いていない
名:バラカ
種族:植物
状態:普通
説明:ゼルーに良く似た毒草。体内に摂取すると軽い腹痛、頭痛、足部の関節痛などの症状が出る。切れ目を入れて沸騰した水に30分漬けると毒が抜ける。食用には向かない。ゼルーと見分ける為には根を見るとよし、根が赤いのがバラカ、青いのがゼルー
名:ノキア
種族:植物
状態:普通
説明:神経毒を秘めたキノコ。経口摂取すると手足が内から痺れていく。汁を搾り利用することも可能。味は美味。汁色は青い
名:セリリ
種族:植物
状態:普通
説明:食用茸。味は普通。火を通した方が安全だが生でも食べられる。
名:魔素石
種族:鉱石
状態:普通
説明:そこら辺の石。僅かだが魔素を含んでいる。
名:ジャグ
種族:鉱石
状態:普通
説明:強い衝撃が加わると衝撃以上の力で反発する柔らかい金属。
名:ケルス
種族:鉱石
状態:普通
説明:とにかく硬く耐久度が高い金属。未だに加工方法が無い。
名:スカス
種類:鉱石
状態:普通
説明:軽い鉱石。強い力が加わり砕けると、全体が細かい塵状になる。
名:スパン
種類:鉱石
状態:普通
説明:二つをかち合せると周囲5㎝にやけどをするほどの高熱を発する。
などなど、この程度かな。中々見分けがつかないのが多くて薬が無かったらやっていけてたか…とりあえず採ってきたオールの実を食いながら毒物とそうでないの、鉱石に分ける。中でもスパンは2つ必要なのか明日取ってこないとな、火は…"ココ"の動物は火を恐れる?もし違ってたら?…まぁあるに越したことはないし、いざとなったら罠にでも使おう。
毒キノコや毒草の類もまだ使えな…キノコは大丈夫か。薬の小瓶がある、あれに詰めよう。説明を見る限りじゃ皮膚からは平気そうだし。
にしても…魔素?ミソじゃなくて魔素…ねぇ…ここは別世界なのか?薬で大分傾いていたが。
オールの実を齧り汁を啜り横になる。なんなんだろうなー"ココ"…そう考えて何気なく空を見た。
「………」
昨日は早くに寝ちゃったからな時間の関係で見れなかったんだろう。
そこには月が3つ、寄り添うように浮かんでいた。別世界説が、大穴一等賞ってか。
この世界に骨を埋める覚悟をしないといけないのか?突然来れたんだから、何らかの方法があってもいいはずだけど…
「こんな時、冷静になれるのか…」
いつもの俺なら慌てふためき夢だ!なんて言い出し洞から飛び出して、猛ダッシュしそうなくらいの驚きなんだけどな。こっちに来てから頭がスッキリしてるみたいだ。
「寝るか…明日はちょっと遠くまで足を運ぼう」
決意も早々に今日の疲れをとる為、意識が沈んでいった…