ぐぇっ
翌日。
「さて行くか」
百鬼の声にヘヴンは元気よく右腕を上げて『いきましょー』と言った。
まったく朝から元気な奴だなと思い公園に向かった。すると公園の入口で既にアサガオが待っていた。
「百鬼さん、おはようございます」
恭しく頭を下げるアサガオ。それに『おはよう』と言葉を返す。
ヘヴンにもこれぐらいのおしとやかさがあれば夜行もちょっとは楽なのになぁと百鬼は思い隣のヘヴンに視線を向けた。
「初めまして。アタシが青い薔薇【ブルーヘヴン】の妖精、ヘヴンよ」
「こちらこそ初めましてですわ。ワタクシは【アサガオ】の妖精、アサガオと申します。以後お見知りおきを」
そう言いアサガオは右手を前に出した。それをためらう事なくヘヴンは握り返した。その瞬間。
「あっ。おい」
「ん?」
「はい?」
当の二人はそろって首をかしげた。二人の手はガッチリと握られている。
「……大丈夫なのか?」
「何がですの?」
「あっ……。忘れてた。でも大丈夫っぽいね。なんでだろ?」
ヘヴンは薔薇の妖精だ。薔薇にはトゲがありヘヴンの人型の姿にもまたトゲがある。触れれば皮膚は裂け怪我をする。……はずなのだが。
「なんでだ?」
アサガオの手は傷一つついていなかった。
「ん~。同じ妖精だから大丈夫なのかな」
そんな事を呑気に言っているヘヴン。説明をアサガオにする。
「それは何とも不思議な事ですわね。でもワタクシなら大丈夫ですわよ? 怪我もしておりませんし」
言って右手を見せてくる。傷一つついていない綺麗な手だった。
「妖精同士なら大丈夫なんだろう」
結果それしか考えられなかったのでそういう事になった。
そして三人でベンチに座り話をした。かつてヘヴンもこの公園にいた事。そして台風の影響で夜行の部屋に引っ越した事。それを聞いたアサガオが言った。
「ならワタクシもそちらに行きたいですぅ」
それに答えたのはヘヴンだった。
「ダメよ。あそこはアタシと夜行の愛の巣なんだから」
ふんぞり返り自信満々に言い放った。
「お前はもう少し羞恥心と言うものを学べ……」
百鬼は呆れながらに言った。
「百鬼さん。ワタクシが行ったら迷惑でしょうか?」
上目遣いで見上げる。
「い……や。迷惑ではないが……」
「ちょっと何押されてんのよ。夜行の為にがんばりなさいよ」
夜行の為というか自分の為だろうと激しく思った。
「俺にその権限はない。ちょっと待て。今から夜行と入れ替わるから」
そう言い百鬼は目を閉じた。
アサガオはまるで手品を見るかの様にその姿を見つめていた。そして閉じた目がゆっくりと開かれた。かけていたメガネを外し上げていた前髪を下ろす。同じ人物のはずなのに先程とはまるで雰囲気が違った。それにアサガオは少し戸惑い声をかけた。
「……百鬼さん?」
それに答えたのは夜行ではなくヘヴンだった。
「違うよ。百鬼じゃない。今ここにいるのは夜行よ」
そう言われヘヴンから夜行へと視線を戻した。
「や……夜行さん?」
名前を呼ばれ夜行は頷いた。
「驚いたでしょ? アタシも最初驚いた」
夜行は胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。
『初めまして。夜行と言います』
書いた紙をアサガオに見せる。
「初めましてですわね。アサガオです。実は夜行さんにお願いがありまして……」
それを聞いた夜行は首をかしげる。
「ワタクシをお嫁さんに貰ってくださいっ」
言った瞬間パーンといい音がした。ヘヴンがスリッパでアサガオの頭を叩いたのだ。
「何言ってんのよ。馬鹿なの? 馬鹿なの? ねぇ馬鹿なの?」
「痛いですわね。どこからスリッパが出てきたのですか?」
「そんな事はどうでもいいのよ。何よお嫁さんって? 話し変わってきてるじゃない」
「変わってませんわよ?」
「変わってるわよ」
夜行は二人のやりとりを見て漫才みたいだと思い笑いがこみ上げる。そんな喧嘩の様な漫才の様な二人のやりとりをずっと見ていたかったが話しが中々進まないので間に割って入った。そんな夜行に止められて二人は頬を膨らませてそっぽを向いた。
『もうちょっと分かりやすくお願いします』
そう書いた紙を二人の前に出した。
「アタシが夜行の家に引越したって話をしたら『ワタクシも』だってさ」
夜行は少し腕を組んで考えた。そしてペンを走らせる。
『いいんじゃない?』
「本当ですの?」
「ちょっと夜行」
アサガオは喜び、ヘヴンは不満たらたらだった。
そしてヘヴンは夜行に向かって手をこまねく。ついて来いと言うことなのだろう。アサガオから少し離れた場所に移動する。声を潜めて。
「ちょっと本気なの?」
それに頷く。そしてヘヴンを納得させるべく説明をする。
『僕は百鬼にも外の世界の楽しさを知ってもらいたんだ。僕たちは二人で一人。僕はヘヴンと出会って毎日が楽しい。そんな感情を百鬼にも知ってもらいたんだ』
それを見たヘヴンは反論する事が出来なかった。夜行と百鬼の二人がお互いにどれほど大切に想っているかヘヴンは分かりすぎるほどにわかっているから。
「……もぅ。夜行にそんな事を言われたらアタシは何も言えないじゃない」
がっくりとうなだれ二人はアサガオの元に戻る。
「良かったわね。許可がおりたわよ」
それを聞いたアサガオは『本当ですの?』と声を上げた。
それに頷く夜行。
「ありがとうございますっ」
言ってアサガオは夜行に抱きついた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!! ちょっと何やってんのっ! 離れなさいいいいいいいいいいいいいっ!!」
ヘヴンはアサガオを羽交い絞めにして夜行から引き離した。
「ぐぇっ」
上品なアサガオからふさわしくない声が漏れる。
「あんたねー、そういうのは百鬼の時にしなさいよ」
「痛いじゃありませんの。薔薇の妖精は乱暴ですね」
「なにおー!?」
夜行はそんな二人を見つめてまた漫才が始まったと思った。この二人、仲良く出来ないのだろうか? こんな事ではこの先が不安になる夜行であった。