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綺麗な妖精にはトゲがある  作者: 水無月夜行
第二章 「百鬼」
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なんつーかお嬢様っぽい感じ


 なんとかその日一日を乗り越えて翌日。

「おはよう。夜行」

 そう言って朝の挨拶をしたのはヘヴンだった。しかしそのあいさつを聞いたのはまた夜行ではなかった。

「…………」

「……悪い」

「なんでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 ヘヴンは雄叫びを上げて泣き崩れた。

「いや夜行がな『楽しかった? その顔は楽しかったんだよね? ならもう一日』とか言い出しやがってな……」

「うぇ……」

 瞳いっぱいに涙を溜めて百鬼を見上げる。

「……すまんな。明日は絶対に夜行を出させるから、もう一日我慢してくれ」

 返事はなく、頷いていた。これは明日は修羅場になりそうだなと百鬼は確信した。

 公園を行く。木々や草たちは夏の日差しを浴びてすくすくと育っている。今日もまた熱い日になりそうだと百鬼は憂鬱になる。

「面倒だな……」

 学校などサボリたい衝動にかられるが、そこは夜行の為。自分が何か不仕末をするとそれは全て夜行に返ってくるのだ。そんな事は絶対にさせたくない。百鬼はため息をつき公園を歩く。

すると声がした。

「すいません」

 上品で透き通った声だった。百鬼は最初それが自分にかけられたと気づかずにいた。

 再び声がする。

「すいません。そこの学生さん?」

 そこまで言われ、辺りに学生は自分しかいなかったので百鬼はようやく自分の事だと気がつき声の聞こえる先に視線をやった。

「ん?」

 視線の先には一人の少女が立っていた。

 薄い水色の浴衣に身を包み、少しタレ目でその瞳と髪は赤紫っぽい色をしている。その髪は一つに束ねられ左肩から胸に流れていた。いかにもお嬢様と言う言葉が相応しかった。

「……俺になにか用か?」

 百鬼は少しためらいながら声をかけた。それは声を出すか迷ったのだ。夜行を演じているので知り合いに声を聞かれるのはマズイ。しかしその少女は学校の制服を着てはいない。夜行の知り合いではないと思い、声をだしたのだ。

 百鬼の質問に少女は答える。

「はいな。大事な大事な用がございます。ワタクシ妖精なんですが貴方に恋をしてしまいました」

「……はっ?」

 思わず聞き返していた。

「おや? 聞こえませんでしたか? 二度も言うのは恥ずかしいのですけれど貴方の為なら何度でも言いますわよ」

 少女は赤くなった顔に両手を当てて言った。

「ワタクシ貴方が好きなんですの」

 ストレート。

 百鬼の思考は二つの事でいっぱいだ。

 まず一つ。目の前の少女が妖精だと言うこと。これは言うほど驚きはしなかった。なんせウチには既にヘヴンと言う青い薔薇の妖精がいるのだから。他に妖精がいても不思議ではない。

問題は次だ。

 二つ目。恋? 好き? 自分の事を? いきなり?

「ふふふ。ワタクシは【アサガオ】の妖精。名前はそのままアサガオと呼んでくださいまし」

 そこで百鬼は合点がいった。昨日、子供にハサミで切られそうになった【アサガオ】なのだと。

「……昨日の【アサガオ】か?」

「はいな。貴方に命を助けてもらいました【アサガオ】ですよ」

 世の中なにが起こるかわからない。事実は小説より奇なりと言うが本当らしい。

「お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 アサガオは上目遣いで聞いてくる。

「……百鬼と言う」

 一瞬、夜行と名乗ろうか迷ったが百鬼は自分の名前を告げた。

「百鬼さん。百鬼さんですね。ふふふ」

 アサガオは百鬼の名前を繰り返し言って嬉しそうにしている。これはどうしたものかと百鬼は頭を悩ませる。

「……俺は今から学校に行かなくてはならない。帰りにまた寄るからその時に詳しく聞かせてくれないか?」

 その百鬼の願いにアサガオは『はいな』と笑顔で答えた。

 学校に着くと百鬼は一目散にトイレに向かった。そして便器に座ると夜行と話をする為に身体の中に急いで潜った。

「あれ? どうしたの百鬼?」

 夜行は不思議に思い聞いた。普段、百鬼が表に出ている時に身体に潜ってくることはほぼないのだ。

「緊急事態だ」

 いつになく真面目な表情の百鬼を見て夜行も真面目な顔つきになる。

「どうしたの?」

「こ……」

「こ?」

「告白された……」

「……はい?」

 夜行は耳を疑った。

「だからさっき告白されたんだっ」

 二度も言うのが恥ずかしかったのか少し早口だった。

「誰が?」

「俺が」

「それは僕だと勘違いしたとかじゃなく百鬼自身に?」

「そうだ」

「それって……」

 夜行は一度言葉を切り考えた。

「どういうこと?」

 が、わからなかったらしい。

 百鬼は初めから説明を始めた。昨日、公園であったこと。そして相手が妖精であること。それを聞いた夜行はなぜか顔をニヤつかせた。

「百鬼も隅に置けないね」

「……うるさい」

 今まで散々ヘヴンの事でからかわれてきたのだ。仕返しが出来ると思っているのだろう。

「で? どうするの?」

「どうするも何も……。わからないからこうしてここに来てるんだろ?」

 百鬼にしては珍しく弱気だと思い夜行は笑いそうになる。そしてきっと満更でもないのだろう。

「ん~とりあえず僕たちの事を話してみれば?」

「だよなぁ」

「あとヘヴンの事も」

「……だよなぁ」

「それで相手がなんて言うかによると思うけど……。で? どんな娘なの?」

 その質問に百鬼は言葉を詰まらせた。

「えっ? あ~なんつーかお嬢様っぽい感じ」

「ふ~ん」

「ある程度、話が終わったらお前にも出てきてもらうからな」

「え? なんで?」

「そりゃお前の方が妖精の扱いについて上手いし……」

 それとは別の理由があるのだろうと夜行は思ったが、そこは素直に『いいよ』と言葉を返した。




 そして学校も終わり帰り道。

 青井公園に入りアサガオがいるであろう場所に向かう。すると浴衣姿の少女が目に飛び込んできた。アサガオは膝を曲げて地面を見つめている。そして視線に気がついたのか、ふと百鬼の方に視線をやり、それが百鬼だとわかると直ぐに立ち上がり一礼をした。それに百鬼は軽く右手を上げた。

 二人でベンチに座る。

「遅いので忘れられたのかと思いましたわよ」

 アサガオは少し自虐的な笑みを浮かべて言った。

「……さっき何を見ていたんだ?」

 それは地面を見つめていた事だ。

「あ~あれはアリさんが必死でご飯を運んでいたので応援をしてたんです」

 なんとまぁ純真無垢な回答なのだろうと思ったが百鬼は『そうか』とだけ返した。

 しばし沈黙が流れた。

 どこから話せば良いのか悩んでいるのだ。すると先にアサガオが口を開いた。

「百鬼さんは彼女さんとかいらっしゃるのですか?」

 唐突な質問だった。それに慌てて答えた。

「いや、いない」

 それを聞いたアサガオは手を胸の前で合わせて『良かった~』と声を漏らした。百鬼は意を決して口を開いた。

「アサガオ。聞いてくれ」

「はいな」

「俺は……創られた存在なんだ」

 その言葉にアサガオは首をかしげた。

「今の俺は……この身体の本当の持ち主ではない。この身体の持ち主は多重人格者で俺は第二の人格なんだ」

 言い終えてゆっくりとアサガオを見る。そこには微笑んでいる顔があった。

「なんだそんな事ですかー? てっきり彼女はいないけど奥さんがいるのかと思いましたよー」

 アサガオは『ふふふ』と笑っている。

「そんな事って……」

「ワタクシにとってはそんな事程度ですわよ? 百鬼さんが百鬼さんであることには変わりないですし、こうして出会ったんです。そして恋しちゃったんです。これは事実でそれもまた変わりませんわよ」

 百鬼は呆気にとられた。器が違う。思わず笑いがこみ上げて来る。

「はははっ。面白い奴だな」

「そう言ってもらえて光栄ですわ」

 それから二人は日が落ちるまで話をした。夜行のこと。ヘヴンのこと。それを聞いたアサガオは『是非ともお会いしたいですわね』と言っていたので明日連れて来ると約束した。さいわい明日は土曜日で学校は休みだ。問題はない。後はヘヴンが首を縦に振ればいいだけだ。例え振らなくても夜行に頼んでもらえば、その首は横ではなく縦に動くだろう。

「また明日」

「えぇお待ち致しておりますわ」

 そう言い別れた。

 家に帰り今日の事を全てヘヴンに話した。するとヘヴンは自分以外の妖精がいることに驚き嬉しがっていた。しかしその妖精に告白されたと聞くと眉間にシワを寄せた。人格は百鬼でも身体は夜行なのだ。二人は一人で二人。つまり夜行といる時間が少なくなるとヘヴンの頭は瞬時に弾き出したのだろう。

 そして明日の事を話すと意外にもすんなり『いいよ』という言葉が返ってきた。ヘヴンを移動させるのに本体の薔薇を持って行かなくてはならない。それが少し面倒だと思ったが、そこはこちらがものを頼む立場なので口には出さなかった。



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