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素晴らしき、この日常

 夜、部屋でくつろぎながら僕はあれからヘヴンを公園から外に連れ出す事ばかりを考えていた。どうしたら公園から出れるんだろうか。百鬼にも相談してみようか……。

 そんな事を考えていると窓がガタガタと揺れた。僕はまさかと思い窓の外を見た。当然ながらそこにヘヴンの姿はなかった。風だ。そういえばやけに風が強い気がする。パソコンで天気予報を調べた。

 すると信じられない事が書いていた。季節外れの台風の文字。しかもオマケに大型らしい。そんな事を考えている内に外は雨も降ってきた。これはマズイ。僕の直感が告げた。なぜもっと早く気がつかなかったんだ。なぜもっと早くに天気予報を見なかったんだ。

 しかし今さら言っても遅い。僕は身体に潜った。

「どうした? そんな慌てて」

 百鬼は呑気に聞いてきた。

「百鬼どうしよう―――台風が来てるんだ……。このままじゃヘヴンが……」

 ヘヴンの本体の薔薇は台風が来ればいとも簡単に折れてしまうだろう。百鬼はやれやれとため息をつきながら言った。

「移動させるしかないな」

「移動?」

「薔薇を移動させる。土から掘り起こせ」

「え? そんな事して大丈夫なのかな?」

「知らん。だがこのまま待っていても吹き飛ぶだけだぞ? それでもいいのか?」

 僕は返事をする前にその場から消えた。やるしかない。僕はヘヴンを守るんだ。

 すでに外は風と雨が勢いを増し、暴風域に入ろうとしている。僕はそんなことはお構いなしに外に飛び出た。手にはスコップを握り締めて。

 真っ直ぐ走れないほどに風は強い。急がないと取り返しのつかないことになってしまう。

 公園に着くとそこはいつもの公園ではなかった。ゴミは散乱し、木ノ葉や折れた細い枝などが辺りに無数に散らばっていた。

 僕は息をのみ、無事でいてくれと願いながらヘヴンの元へと走った。

「……これ……やばいよね」

ヘヴンは自分の本体を見ながら呟いた。

「アタシにはどうしようもないし……アタシの運命は夜行……次第かな……」

 自分の本体を風から守るようにヘヴンはしゃがみこんだ。

「夜行……早く助けに来て……」

 辺りは闇に支配された。外灯の明かりもいくつかは消え、かすかな光しか届かない。 

 僕は走った。今までないくらいに懸命に走った。

 ようやく目的地に到着すると、しゃがみこんでいるヘヴンが見えた。良かった。無事だ。そう思ったのもつかの間。

 折れた木がヘヴン目掛けて倒れてきたのだ。

 考えて動いた訳ではない。身体が勝手に反応した。この身で受けヘヴンを助けると。

ヘヴンは自分目掛けて倒れてくる木に気づきギュッと目をつぶった。しかしいくら待っても木は直撃してこなかった。ヘヴンはゆっくりと目を開けた。

「あっぶねぇ」

 ヘヴンの前には木をその身体で受け止めた少年が立っていた。

「夜行……じゃない。百鬼?」

「おう」

 百鬼は前髪を上げ、メガネをかけ答えた。

「なんで百鬼が……?」

「まず先にありがとうとか言えないのか?」

 そう言われハッとしヘヴンは礼を言った。

「ふん。そこまで夜行だったんだがな。木が直撃する瞬間に俺が無理矢理表に出たんだ。夜行に痛い思いをさせる訳にはいかねぇからな。でもここに来たのは夜行だ。お前を助けたいんだとよ」

 ヘヴンは嬉しそうに笑った。

「で、時間がないから俺がざっと説明をする。お前を、その薔薇を移動させる。根から掘れば問題ないだろ?」

「うん……。たぶんね」

 ヘヴンは少し驚きながら答えた。実際ヘヴンでもわからないのだ。

「じゃあ夜行に変わる。ここは夜行がしないと意味がないからな」

 言って目をつぶり、再び目を開けると優しい笑顔の夜行が目の前に立っていた。

「夜行、ありがと」

 ヘヴンは僕と目が合うなり礼を言った。

「それから百鬼から聞いたよ。それもありがと。ぜひお願い」

 僕は頷きポケットに入れたスコップを取り出して慎重に、慎重にヘヴンの本体を掘り出した。ゆっくりと素早く冷静に。周りの土をどけ、根を傷つけないようにゆっくりと取り出した。ヘヴンに変化はない。良し大丈夫だ。そのままゆっくりと立ち上がりヘヴンの方を見た。

「なんかドキドキするね。本当に公園から出れるかな……?」

 そう。それが一番の問題だ。本体を移動させてもヘヴンが公園から出れなかった意味がない。公園の出口に向い、立ち止まった。僕たちは深呼吸をしてゆっくりと境を跨いだ。

 ヘヴンの本体を持った僕は出れた。ヘヴンは? 隣を見るとそこにヘヴンがいた。その足元は境を越えていた。

出れたんだ。ヘヴンは自分の足元を見て固まっていた。そして目が合うとニッコリと笑った。

「出れた……ね」

 僕は頷く。

「やったーっ!!」

 ヘヴンは両手を上げて叫んだ。ピョンピョンはねながら騒いでいる。まるでご主人に久しぶりに会った犬のようだった。

 呆れて見ているとヘヴンは『で?』と言いだした。

「で? アタシをどこに移動させてくれるの?」

 その顔は意地悪そうな顔だった。

「安全な場所……一つしかないよね?」

 僕は移動させることしか頭になく、その先の事など考えていなかったのだ。ヘヴンが言う安全な場所とはつまり―――僕の部屋の事だろう。

「夜行の部屋に引越しか~。これが俗に言う同棲ってやつか~」

 ヘヴンは両手を胸の前に組み、目を輝かせながら言っている。

 どどどどどどどどどどど同棲!? と激しく心の中でパニックになっていると声が聞こえた。

「結果オーライで良かったな」

 百鬼だ。百鬼も恐らく意地悪そうな顔になっているに違いないと思い、僕はうなだれて家に向かって歩きだしのだった。

 あれから僕は鉢植えを庭から探し出してヘブンの本体の青い薔薇【ブルーヘブン】を植えた。その置き場所はもちろん僕の部屋だ。一番、陽のあたる場所の窓際がヘヴンの特等席になった。

 これから共同生活が始まる。緊張と不安の中で嬉しさがこみ上げてくる。

「これから毎日一緒だね」

 そんな事を笑顔で言われたら顔が赤くなるのは自然の摂理だ。そしてそんな赤くなった僕を見て笑うのがヘヴンの日常だ。

「学校とか行かなくても……」

 朝、僕が学校に行く前に必ず言う台詞だ。まるで犬だなといつも思うが口が裂けても言えない。まぁ口が裂けなくても言えないんだけどね。

 そして学校から帰ってくると一番に僕を迎えてくれる。こんな日常がたまらなく好きだと思える瞬間だった。




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