作戦、あの子と手をつなげ
「百鬼。ありがとう」
「なんのことだか」
ここは僕の身体の中の部屋。僕と百鬼はいつもここで会話をしている。
「君があの時、表に出てくれて助かった」
僕はここでならしゃべる事が出来る。僕が作り上げた空間だからね。
「君は表に出たがらないから悪いことをしたね……」
「謝るのは俺の方だ。お前の許可なく勝手に表に出ちまった」
「ごめん」
僕たち二人は声を合わせて言った。
「あの後どーなった?」
「僕からも説明したよ。理解してもらえた。気持ち悪くなんかないって言ってもらえたよ……」
「それは良かった」
「これも全部、百鬼のおかげだよ」
「よせ。結果論だ」
「君がいてくれて僕は勇気が出た。君は僕にとってかけがえのない存在だ」
百鬼はそれを黙って聞いている。
「君が望むなら表に出たっていいんだ。君は優しいから僕に遠慮している。この身体は夜行のだからって。でもそれは違うよ百鬼。この身体は僕たち二人のものなんだ。君は何も遠慮することはない」
僕が言い終えると百鬼は静かに口を開いた。
「……お前がそう思ってくれているだけで満足だと前にも言ったはずだ」
「僕は外の世界を百鬼にも感じてほしいんだ」
「お前……いつからそんなに頑固になった? やっぱあれか? ヘヴンと出会ってからか?」
そう言われ僕は全力で否定した。
「ちちちち違うったら」
「前にも言ったよな? お前の考えることはわかっていると。俺はお前だからな。でもな夜行。決してお前は俺ではないんだ。俺は創られた人格。お前が生みだしてくれたんだ。感謝している。だからお前の幸せを俺に分け与えようなんて考えないでくれ。お前の幸せが俺の幸せだ」
僕たち二人はお互いを大切に思っている。それこそ自分を犠牲にしてまで相手の事を考えるくらいに。そしてそれがお互いに止めて欲しいと思っている。
似ているのは当然。同じ存在なのだから。
「わかったよ百鬼。君も僕と同じ考えなんだってこと」
「お前が主人格なんだから本来もう少し偉そうにしてもいいと思うんだけどな?」
「もう。それ言ったらまたキリがなくなるじゃないか」
僕たちは笑い合った。
「なぁ。あいつの事、好きなんだろ?」
ニヤつきながら百鬼は聞いた。
「言わなくてもわかってるんでしょ?」
頬を膨らまし、そっぽを向き言い放った。
「お前の口から直接聞きたいんだよ」
僕はため息をつき言った。
「好きだよ」
その答えに満足したかのように百鬼は口を歪ませた。
「告白しないのか?」
「ででで出来るわけないじゃん。それに……」
「触れられないってやつか? そこは俺にいい考えがある」
言い切った百鬼に僕は掴みかかり『どんなっ?』と聞いた。
「ふっふっふ。なに簡単だ。明日試してみればいい」
僕たち二人は作戦を立て、明日に望む。
朝起きると僕はある物を探した。それは昨日、百鬼が考えたアイディアだ。それがないと始まらない。クローゼットの中からようやくお目当ての物を見つけカバンに押し込んだ。素早く準備を済ませて家を飛び出した。公園まで急いで走る。
公園に着くと入口にヘヴンが待っていた。
「おはよ……ってそんなに急いでどうしたの?」
息も切れ切れで僕はカバンの中に手をつっこみ、ある物をヘヴンに渡した。
「手袋?」
その手袋は猫の手の形をしている。そして紐で繋がっているという少し変わった手袋だった。
百鬼が考えたことは、直接触れなければいいと言うものだった。厚い手袋をすればトゲが刺さることもないだろうという考えだ。
その事をペンを走らせヘブンに伝える。
「……君はよっぽどアタシと手を繋ぎたいのね」
恥ずかしそうで、でも意地悪そうな顔だった。
「いいよ。はい」
ヘヴンは手袋をはめて、右手を僕の方にだした。僕は慌てて手袋をした左手でヘブンの手を握った。
しっかりと繋げば感覚が伝わる。手を繋ぐという事がこれほどまでに大変で嬉しいものだったなんて知らなかった。
叶うことがないと思っていた。それでも模索し答えを見つけた。直接的ではなかったけれど、これで十分だと心底思っている。
ただ手を繋ぐ。
人が相手を好きなり一番初めに思うこと。簡単で―――それが何より難しい。
僕たちは手を繋いだまま公園を散歩した。それが僕をこれほどまでに心踊らせた。
季節は夏の手前。朝から眩しい日差しが容赦ない。それでも今、この瞬間がたまらなく好きだ。かつて物語を必死で追っていた頃よりも。隣を見ればヘヴンは明るい表情でご機嫌だ。そんな横顔に少し見惚れてしまう。
不意にヘヴンと目が合った。
「ん? なに?」
ヘヴンは首をかしげた。その仕草がとても可愛らしい。僕はそんな問いに慌てて首を横に振った。するとヘヴンの口元が吊り上がったのを僕は見逃さなかった。
嗚呼。きっと今からからかわれる。一瞬で僕の頭はそれをはじき出した。そして予想通り。
「今アタシに見とれてたでしょ?」
そら来た。
いつもからかわれる僕だけど今日は違う。少し反撃に出てみることにした。その反撃方法とは肯定すること。いつも否定をしてからかわれるので逆をいく。
ヘヴンの問いに僕は首を横ではなく縦に振ったのだ。
それを見たヘヴンの表情は何とも面白いものだった。驚きのあまり目を見開き、繋いでいた手を離し少し後方へと退いたのだ。
僕はしてやったりと思い、心の中でガッツポーズを決めた。顔が少しニヤつく。それを見たヘヴンがニヤついた。
あれ? おかしいな? 嫌な予感がするんだけど?
ヘヴンが顔を近づけて来た。その距離は今にも口と口が重なるかと思うほど近い。僕は思わず身を引く。そして唇だけを動かす。
『……なに?』
それを読み取ったヘヴンは言った。
「んんん~? いや夜行が可愛いなと思って見惚れてただけだよ?」
言われた瞬間に僕の顔は真っ赤だったろう。それを見たヘヴンは満足そうに笑っている。
言葉というのは強力だ。それを持つ者と持たない者では明らかに差が生まれる。ヘヴンには敵わない。例え僕が喋れたとしてもだ。それを思い知らされた瞬間だった。そんな事を思っていると左手が引っ張られた。ヘヴンが再び手を繋いできたのだ。そこには、からかいの表情など微塵もなく純真無垢なヘヴンの笑顔があった。
「夜行ってさ―――」
ヘヴンは一度言葉を切った。そして僕がヘヴンの方を見た瞬間に続きを言った。
「ウブだよね」
ウブ? ウブと言った? 妖精がそんな言葉を知っていたのにまず驚いたが自分がウブだと言われたことにさらに驚いた。
ヘヴンは続ける。
「アタシに勝とうと思っている時点で負けだよ?」
笑いながらだった。全てお見通しと言わんばかりに顔がニヤついている。しかしそれも納得。どう頑張ってもヘヴンに勝てるはずがないと悟ってしまった。そして勝てなくても構わないと思った瞬間だった。
それほどヘヴンとのやり取りは楽しい。負けても十分にそれ以上のものが得られる。それでもいつか一度は、と思うのは単なる意地かなぁ。
きっとヘヴンはこんな事を考えているのもお見通しなんだろうなと思い僕はヘヴンを一瞥した。
その瞬間に『御名答』と言われ、僕はため息をつきヘヴンはくつくつと笑った。
ここである欠点に気がついた。百鬼……この季節に手袋は暑いよ……。
それでもヘヴンは文句の一つも言わずに楽しそうな笑顔だった。それを見た僕も自然と笑みが溢れた。
「あーあー。ここ以外の場所も行ってみたいなぁ」
ヘヴンは投げやり気味で言った。
『行く?』
「行けないの。アタシこの公園から出れないの。本体があれだからね。もし出れてたら夜行の家に入り浸ってるわよ」
恥ずかしげもなく堂々とヘヴンは言う。それを聞いているこちらが恥ずかしくなってしまう。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「もう学校行く時間かな……?」
ヘヴンは名残惜しそうに手袋を返した。
いつまでも―――と言う言葉はお互いに言わなかった。僕はヘヴンが好きだ。そして恐らくヘヴンも同じ気持ちに間違いはないと思う。よく男は勘違いをするけどこれは言い切れる気がした。