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綺麗な妖精にはトゲがある  作者: 水無月夜行
最終章 「物語」
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 ある日、学校から帰ってくるとヘヴンは自分の本体、青い薔薇【ブルーヘブン】を両手の上に顎を乗せてマジマジと見つめていた。

「ねぇ、これってアタシなんだよね?」

 今さら何を言うんだろう。僕は頷く他ない。

「ってことはさ~、この本体のトゲをとったらアタシのトゲって消えるのかな?」

 言っている意味はわかる。たしかに本体が薔薇でリンクしているし可能性はなくもない。

 僕は『たぶん』とホワイトボードに書いて見せた。するとヘヴンは本体の薔薇のトゲを掴み一つもぎ取ったのだ。その瞬間。

「いったーーーーーーいっ!!」

 叫び声がこだました。自分の右肩を押さえつけて、その場に倒れ込んだ。僕は慌ててヘヴンに掛けより手を触れようとした瞬間、「触るな」と声がしてハッと手を止めた。ヘヴンが言ったのではない。百鬼が言ったのだ。百鬼が止めなければ確実に僕はヘヴンに触れ、トゲが刺さり怪我をしていただろう。

 声も出せずにオロオロとするほかない僕を見てヘヴンは言った。

「なんで君が泣きそうな顔してるのよ?」

 苦痛に歪む顔を無理矢理に笑顔の形に変えていた。その肩からは赤い血が滲んでいた。僕はそれを見るなり部屋を飛び出した。そして手に救急箱を握り締め戻ってきた。

 しかしなぜ? 株分けをした時は大丈夫だったはず。なのにトゲを取ろうとしたら怪我をした。

「はぁ。世の中……甘くないなぁ」

 ため息をつき、うなだれる。

 僕はそんな横顔を見つめ、包帯を巻いてあげた。

「おっかしいよね? 株分けした時は痛くなかったんだけどなぁ……」

 僕は頷く。

 あの時と今では何か状況が変わったのだろうか? しかしそんな心当たりは全くない。

「良し。もう一回茎を切ってみよう」

 ヘヴンは立ち上がり言った。それを僕は首を懸命に横に振りながら否定する。

「大丈夫だって。軽く薄皮一枚切るだけだから」

 もう何を言っても止まらない。僕はため息をついた。そしてヘヴンはハサミを片手に自分の本体に近づく。僕は気が気ではない。自然と両手は組まれ胸の前だ。

「良し。いくよ」

 そう言いヘヴンは茎に一筋の切りこみを入れた。

 僕はまたヘヴンが悲鳴を上げるかと思いギュッと目を瞑った。しかしいくら待てど暮らせど悲鳴はあがらなかった。ゆっくりと目を開ける。

「大丈夫みたい……」

 二人して意味がわからないと首をかしげる。

 なぜ茎は大丈夫でトゲはダメなのか。唸りながら考えているとヘヴンが「あっ」と声をあげた。

 僕は視線をヘヴンにやる。

「もしかして……」

 何やら分かったのか。

「たぶんこれが薔薇の業……なんだと思う」

 薔薇の業?僕は意味がわからないと両手を上げる。

「前に……アサガオが言っていた。短命なのが【アサガオ】の業だからって。もしアタシにも業があるとすれば……それはトゲなのかもしれない。それを覆す事は出来ない代名詞。だからトゲだけは……って感じじゃないかな?」

 言われてみれば妙に納得できる部分がある。実際にそうなのだろう。

 トゲと言う言葉は薔薇の代名詞なのだ。綺麗な薔薇にはトゲがある。誰しもが一度は聞いた事のある言葉。それが薔薇にとっての、ヘヴンにとっての業なのだろう。

「でもトゲはとれたっぽいけど、こんなこと繰り返していたら死んじゃうし、アタシがアタシじゃなくなっちゃうしこれ以上は無理ね」

 断念するほかない。ここでふと僕はある疑問が頭に浮かびペンを走らせた。

『薔薇に寿命ってあるの?』

 【アサガオ】は一年草で夏が終わると同時にアサガオは消えた。それに対してずっと思ってきたことだ。怖くて聞けない大切なこと。

「……どうだろ? この本体の薔薇が枯れたらアタシも消えると思う。でもずっと咲き誇れば……死なない……かな?」

 実際ヘヴンもわからないのだろう。

 それを聞いた僕は意を決してネットで薔薇について調べた。

 枝がいくつも出来て、いくつもの花を咲かせている画像を見つけた。ここまで成長すれば簡単には枯れないだろう。この薔薇は木質化して八十歳らしい。それをヘヴンに見せた。それを見つめ唸りながら言った。

「八十歳……。アタシ……そんなに生きなくていい」

『なんで?』

「だって……その頃には夜行いないじゃん」

 しばしお互いに目を合せ固まった。

 言われてみれば確かにそうだ。人間である僕はそんなに長く生きられない。かと言ってヘヴンもそこまで生きられるかわからない。明日には枯れているかもしれない。そう考えるとどちらが先に死ぬかは全く検討もつかない。

「アタシ……絶対に夜行より先に死ぬからね」

 笑いながら言う。なぜ? という表情をしているとヘヴンは続けた。

「夜行の死ぬところなんて絶対に見たくない。だから先に死ぬ……か、もしくは一緒に死ぬ」

 その言葉に反論の字を書いた。

『普通は看取ってあげるよ。とか言うんじゃないの?』

「独りになりたくないの。孤独ってね、どんなことより辛いのよ。まして寿命が定かではない者にとったらなおさら……ね」

 顔の距離が近い。真面目な顔をお互いにしている。静寂があたりを包み込み、妙な雰囲気が漂っている。どちらが先かはわからないが視線が唇に動く。そしてまた視線が合う。

「……」

 二人とも我にかえりパッと顔をそらした。

「……あ~……とにかくアタシは夜行を看取る予定はないから」

 僕は顔を少し赤くしながら頷いた。顔を背け気まずそうにしているヘヴンの顔も少し赤かった様な気がした。



「お前…危なかっただろ?」

「何が」

 わかっているのに僕は惚けた。

「口に出して言われたいのか?」

 百鬼もそれがわかっている様だ。

「やめてください」

 僕は即座にそう言った。

「お前わかっているのか? あいつに触れれば怪我をするんだぞ?」

「そんな事わかっているよ。でも……」

 僕はそう言いかけて止めた。

「まぁお前もお年頃だしなぁ」

「止めてよ。そんな言い方」

「そんなにあいつに触れたいか?」

「……触れたい」

「素直で宜しい。では俺の考えを教えてやろう」

「考え?」

「恐らくあいつには触れても大丈夫な場所がある」

「どこ!?」

「あいつの本体は薔薇だ。そして今日あいつは本体の薔薇のトゲをとり怪我をした。そのトゲの場所は花の少し下当たりだったな。そして肩に怪我をした。つまりはあの一輪の薔薇はあいつの身体そのもので花は顔で根元は足元と言うことになる。そしてトゲがついていない場所が一つだけある。そこなら触れても大丈夫だ」

「トゲがついていない場所……?」

「あるだろう一箇所だけ」

 言われ僕はハッとした。

「気がついたみたいだな。そう、それは花、つまりは顔だ。俺の仮説が正しければ顔は触れても大丈夫だ。だから俺はあのとき止めなかったんだ」

最後の言葉は顔をニヤつかせながらだった。

「でも……」

「まぁ確信はないがな。次試してみろ。今日の続きをな」

 言われまた顔が赤くなりそうだった。

 それからというものヘヴンを直視できなくなっていた。自然と唇へと視線がいき顔が赤くなってしまう。そんな僕を見てヘヴンは首をかしげている。これも全部、百鬼のせいだと八つ当たりをした。


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