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素晴らしきかな、この出会い

 季節は春が過ぎ夏の手前。同じ日常の毎日。同じ通学路。同じ公園。

 その公園で一つの植物が土から顔を出した。それに気がつき学校に行く時と帰る時にその場所に必ず立ちより、その植物の成長を見守ることが日課となった。

 僕の名前は水無月夜行。市内に通う高校一年生。背は平均で見た目も平均でどこにでもいそうな普通の少年が撲だ。長い前髪は目を越えて、いつも俯いているので根暗なイメージが浮かんでると思う。

 そんな根暗な少年の僕は物語に飢えている。

 この世の全ての物語が知りたい。

 人の物語、本の物語、過去の物語。未来の物語。

 いつも本を読んでいる。そして友達に今日あった物語を聞く。

 それは新鮮で自分では味わうことの出来ない物語。それを聞けば自分も同じ感覚を味わえる。 その高揚感がたまらなく好きなのだ。

 そしてもう一つ。

 僕が興味をいだき、明るくなる場所がある。それがこの公園だった。





 この公園は青井公園と言って直径は一キロぐらいあり、その広さは市内でも一位二位を争う。 綺麗に正方形の形をしていて、松の樹や竹や様々な花が植えられていて春になると色とりどりの花たちが咲き誇る。

 僕がその中で気になったのは花壇から少し離れた所に生えた一本の植物だった。まだ小さく何の植物なのかわからないけど懸命に生きようとしている。なぜ気になったのかは正直わからない。なんだか、その植物が僕を呼んでいる気がした。

 ただの戯言だとスルーしてくれてかまわない。

 毎日の様に足を運んだ。学校が休みの日でも雨が降っている日でも毎日通った。

 そうして日は経ち、段々とその植物は成長し、やがて蕾をつけた。ここまでくれば大体の検討はつく。

 これは、この植物は―――薔薇だ。

 茎には既に鋭いトゲが生えている。それを見れば小学生でもわかる。

 僕は待ち遠しかった。蕾は日に日に大きくなっていく。今か今かと待ち続ける。毎日が、明日が来るのが楽しみになっていった。

 その公園にいる時間が増える。ただ何をするわけでもないんだけど。ただその薔薇を見つめるだけ。別にあやしくないよ? 本当だよ?

 今まで人や本の物語ばかりを追って来たけど、いつしか物語を追うことよりもこの薔薇の方が優先順位が上になっていることに僕は気がついた。それは自分でも信じられないことだった。

 あれほど物語に飢えていた自分がその事を忘れてしまったみたいだ。

 人は新たなる価値観の感情が生まれた時、新たなる世界を知ってしまった時、全てが変わる。

 僕は”知る”という感情は人の中で一番強い感情だと思う。

 そして僕は知ってしまった。

 心を揺さぶられ、血が沸き肉が踊る様なこの感覚。簡単に説明すれば恋に近いかもしれない。 そんな感覚。

 物語も大切だ。知りたいとは思う。

 でもそれより今は、この薔薇が気になる。これほど恋焦がれたことはない。今、僕の中心にあるのはこの薔薇だけ。

 今か今かと待つ日々が続く。おそらくはあと数日で咲くかなと思った時、僕は風邪をひいてしまった。そして三日ほど寝込む事となり、その間は公園に行けなかった。

 これまで毎日通っていたのに行けなくなってしまった。学校が休みの日でも雨の日でも通っていたのに。そんな劣等感が押し寄せる。

 早く治して公園に行きたい。現状では無理して行こうと思えば行けなくもない。しかし万が一でも風邪が薔薇に感染ってはコトだと思いやめた。

 実際、人間のウイルスが植物に感染るという事はないだろう。しかし一度それが頭を過ぎってしまった以上、怖くなってしまった。

 僕は心配性なのかな。

 人間には人間の植物には植物のウイルスがある。

 あの薔薇は大丈夫かな? 病気にはかからないかな? 一抹の不安がよぎる。そんな事を考えながら意識はなくなっていき深い眠りへとつく。

 そしてようやく風邪も治った。しかしまだウイルスが残っているのかもしれない。

 薔薇に感染ったら―――などと考えるといてもたってもいれない。

 違う意味で僕は病気なのかもしれい。あれ? けっこう上手いこと言ったんじゃない?

 可能性はないにしろ用心にこしたことはない。マスクを装着しいつもより早く家を出る。公園まで一目散に走った。息も切れ切れで頭の中は、あの薔薇の事でいっぱいだ。

 マスクをしている事で風邪で来れなかった感もアピール出来るかなと安易な考えが浮かんだ。 僕は誰に言い訳をアピールするつもりなんだ?

 この三日で枯れてないかなぁ? もしかして咲いているかなぁ?

 不安と期待を胸に抱きつつ公園に到着する。

 そして僕はその場所へと迷うことなく向かう。そこには一本の薔薇があった。

 良かった。枯れてはいない。

 僕は薔薇をマジマジと見つめる。若干、いや、確実に蕾が大きくなっていた。これはそろそろ咲くかもしれいと確信した。数日中には立派な花が咲き誇るだろう。

 僕は学校が始まるギリギリの時間までそこにいて三日間来れなかった時間を取り戻す様に薔薇を見つめた。




そしてその時は訪れた。




 朝、走ってその場所に向かうと青白い一輪の綺麗な薔薇が咲いていた。小さく儚げで、それでも力強く咲き誇っている。

 薔薇というのは赤い色が一般的で僕は当たり前の様に赤い薔薇が咲くのだと思っていた。けど咲いたのは見たこともない青白い薔薇だった。僕はそれを見た瞬間あまりにも綺麗で時間を忘れ見とれてしまった。

 この空間でその薔薇だけしか見えなかった。それほど綺麗だった。

 白く見える。でもその白さの中に青さがある。薄っすらと青い薔薇。見たこともない薔薇。この場所では明らかに不自然な薔薇だ。でもそれがなんだと言うんだ。吸い込まれている。見惚れている。僕はそう実感できている。

 その空間内は時が止まったかの様だった。何も聞こえないし、その薔薇以外なにも見えなかった。まるで眼が石にでもなったかの様に視線は動かなかった。

 僕はその薔薇の名前が知りたくて頭の中で写真を撮り、学校が終わると急いで家に帰ってパソコンで調べまくった。

 青い薔薇はそう多くはないので写真と見比べながら探すと案外簡単に見つかった。

 この薔薇の名前は【ブルーヘブン】という薔薇だった。僕は【ブルーヘブン】について調べた。

 そもそも薔薇には青い薔薇など存在しない。じゃあなぜ青い薔薇は存在するんだと思う? 人間は存在しない物を追う。つまりは夢を見るんだ。青い薔薇が存在しないなら自分たちで作ればいいと。青い薔薇は夢の花であり不可能と言う言葉が代名詞であり、追うに値する花だと書かれていた。

 そもそも薔薇には青い色素は存在しない。当初、本来の薔薇の色である赤みを徐々に抜いていき青に近づけていくという手法が取られていたが青い色素がないことが判明した。そして品種改良では不可能だという結論に達した。

 後に遺伝子組み換えやバイオテクノロジーなどの技術に委ねられることとなる。遺伝子組み換えという技術で人間は青い薔薇を咲かせるという研究をしだした。簡単に説明すれば青い色素と赤い色素を入れ替えれば青い薔薇は咲くと思われたが、世の中そんなに甘くはなかった。これまで薔薇が青くならなかったのには理由があるのだ。青の色では生きていけないと判断したから青い薔薇は生まれなかった。と考えるのが妥当だ。

 人間たちはその薔薇の生きてきた証を無視し研究を続けた。

 薔薇は、青い色なんかに興味はないんだ。そんな色を薔薇は望んでいない。それがわかっているのにもかかわらずに人間は研究を続けたんだろう。

 そして研究に研究を重ね、ついに青い薔薇が生まれたのだ。更に何度も配合を重ね出来たのが【ブルーヘブン】だ。

 青い薔薇の花言葉は色々ある。その花言葉は《奇跡》《神の祝福》《夢かなう》とされた。

 青い薔薇には人間の想いが詰まって生まれた奇跡の薔薇なんだと僕はそのとき強く思った。




 翌日。

 毎日の日課である青い薔薇を見に行った。するとそこには先客がいた。

 青白い髪に白い肌。まるで人形の様に整った顔立ちで妖精の様に綺麗だった。服装は白いワンピースに身を包み、その線は細く今にも折れてしまいそうなくらいだ。しかしどことなく刺々しい強さも感じられる。

 その少女は青い薔薇に背を向け座っていた。僕は毎日この瞬間を楽しみにしていたのに、その楽しみを奪われたかのようだった。

 どいてくれないかなと密かに願ったけど、その願いは通じそうもない。

 なら言えばいいって? それが出来たら苦労はしないんだよ。

 前を通り過ぎる瞬間にチラリと視界に青い薔薇を入れた。良かった。今日も綺麗に咲き誇っている。また学校終わりにゆっくりと見よう。

 そして学校終わり。またしてもその少女が青い薔薇の前で座っていた。僕は肩を落とし、その前をゆっくりと通りすぎた。また明日だ。

 翌日、またしてもその少女がいる。そして更にその翌日も。特に薔薇を見ている様子はなかった。ただ座りたいのならどいてくれないか。と言えたらどんなに楽だろう。いや本当にね。

 こういった場合は僕の相棒に相談するのが決まりだ。



「っと言うことがあったんだけど、どう思う? 百鬼」

 相棒の名前は百鬼。変わった名前でしょ? 僕が言うのもなんだけどね。その名前になったのはちゃんとした理由があるんだよ。まぁそのうち説明します。

「ふ~ん。でお前はどうしたいわけ?」

 百鬼は僕の質問に質問で返した。すんなり答えてほしいものだけど、これがいつもの感じなので今更文句も言えない。

「僕は……誰にも邪魔されずにあそこにいたい」

 僕がそう言うと今度はすぐに言葉を返してくれた。

「俺が出ていってやろうか?」

「いや。君の力を借りずになるべく自分でなんとかしたいんだ」

「じゃあどかせよ」

「わかってるけど、それが出来ないから相談してるんじゃないか」

 少しムッとし僕は言った。

「知っている。普通の人は簡単に出来てもお前には無理だからな。……やっぱり俺が出ていこうか?」

「そう言ってくれるのは素直に嬉しいよ。でも、なんでもかんでも君に頼ってばかりじゃ君が可哀想だ。……なんでも嫌なことを君に押し付けたくないんだ」

「そう思ってくれてるだけで俺は満足だけどなぁ」

 百鬼は嬉しそうに笑いながら言う。

「そうだ。君も青い薔薇を見に行くといいよ」

「……俺は外に興味はない」

「そんな遠慮しないでよ」

「俺は引きこもりなんだよ。それにお前が見て感じて話してくれれば俺にも伝わる」

「でも……」

 僕は言いかけてやめた。

「ほら。そろそろ時間だ」

 こうして百鬼との会話は終わった。

 翌日。

 僕は決めた。なんとしてでもあの場所を取り返してみせる。準備は万端だ。どっからでもかかってきやがれ。

 と思っていたはずなのに……いざ目の前にすると勇気がなくなる自分。やっぱり百鬼に……いや駄目だ。そんな甘えられない。帰りだ。学校帰りが勝負だ。

 そして学校が終わり帰る途中。

 やっぱりいる。なんなんだ、あの子は。毎日毎日どれほど暇なんだ。

 そして意を決して少女のもとへ。どんどんと距離は近づいて行く。そして―――スルー。これほどまでに自分が情けないと思ったことはないと肩を落としていると声がした。

「ねぇ。どうして話しかけてくれないの?」

 僕は一瞬固まった。近くに人は居なかった。つまり僕に話しかけている。心臓が高鳴る。ゆっくりと振り向くとバッチリと目があった。

「ねぇ。どうして今まで見てるだけで話しかけてくれなかったの?」

 僕はあわてふためきオロオロした。

「ねぇ。普通は話しかけたりするもんじゃないの?」

 この子は何を言っているんだろう。ナンパ待ちか?

「ねぇってば。聞いてるの?」

 あ~も~、どうにでもなれ。

 僕は手帳を取り出し、殴り書きをして勢い良く破り少女に差し出した。それを見た少女は目を見開いた。書いた内容はこうだ。

『僕はしゃべれないんです』

「しゃべれない? 声でないの?」

 少女が問うと僕は縦に首を振った。

 僕は先天性の病気で産まれた時から声が出なかった。まぁ産まれてすぐに喋る奴いねぇだろという突っ込みはご遠慮ください。

 そのことをまた紙に書いて渡した。少女は『そう』と呟き、紙を見つめている。

 やっぱりこの反応なのか。今まで幾度となく見てきたその表情。僕はそのまま少女から離れる様に歩きだした。すると少女が目の前に立ちはだかった。

「ありがとう」

 少女が口にした。

 その意味が理解出来なかった。紙に『何が?』と書いて渡した。

「いつも見守ってくれて」

 ますます理解出来なかった。『だから何が?』とペンを走らせていると少女は信じられないことを言った。

「アタシ、あの薔薇の妖精なのよ」

 は……はい? あれ? おかしいな。僕は耳までも悪くなったのかな?

 ニコニコと笑いながら言っている。

 口が開いてモノも言えないとはこのことだ。実際にモノは言えないが呆れてしまった。

「あっ。信じてないでしょ? アタシ他の人には見えないのよ?」

 いやいや、信じれるはずないでしょう?

 少女はそう言うと散歩をしている人の前に立ちはだかった。すると信じられないことが起きた。その散歩している人は少女を避けることなく通り抜けたのだ。実態がない。

 まじか……。っていうかそれって幽霊じゃないの? 妖精って幽霊だっけ?

「どう? これで信じてくれた?」

 少女は僕に笑顔を見せながら言った。

 そんなものを見せられては首を横に振れない。自然と無意識の内に僕の首は縦に動いた。

「良かった。アタシの名前はヘヴン。君は?」

 聞かれ急いで紙に書いて渡した。

「水無月夜行くんか。変わった名前してるね。夜行って呼んでもいい?」

 それに僕はまた首を縦に振る。

「じゃあアタシの事ヘヴンって呼んでね」

 言い、ヘヴンはハッとした。

「……ごめん」

 今度は首を横に振り紙を破きヘヴンに渡した。

「『妖精っているんだね』? まぁ今、夜行の目の前に存在しちゃってるしね。でも存在できたのは夜行のおかげよ」

『なんで?』

 ペンを走らせる。

「夜行が毎日毎日アタシに会いに来てくれたから。この人のこと知りたいって思ったの。そうしたら今の姿になってた」

 ”知る”という欲求。僕がこの世で一番強いと思っている感情。それは間違いなんかじゃないと確信できる瞬間だった。

 ヘヴンは少し恥ずかしそうに顔を赤くしている。色々なことを話した。ヘヴンは底抜けに明るくてとてもいい子だ。妖精と言われなければわからないほどに。別れ際にヘヴンは言った。

「何があってもアタシに触れたら駄目よ」

 僕は何も聞き返さずに頷いた。あれはどう言う意味だったんだろ? 明日会ったら聞いてみよう。

「と思ってるんだけど」

「と思ってるんだけどじゃねぇだろ。なんだその展開は? 妖精? そんな不確かなものが存在するか?」

「……それ君が言う?」

「……」

 言われ百鬼は口を閉じた。

「でも凄く楽しかったんだ。あの子、ヘヴンがあの青い薔薇そのものだってわかったらなんだか妙に納得しちゃって。妖精になれるまで成長したんだって嬉しくって」

「なんだ? もう惚れたか?」

「……惚れてないよ」

「なんだ? 今の一瞬の間は?」

「惚れてないよ」

 言われ僕は再び同じ言葉を口にする。

「俺に隠しても無駄だぞ? わかってるだろ」

「……もーやめやめ」

 百鬼は『ふん』と鼻を鳴らした。

「ねぇ……僕のこと……話した方がいいのかな……?」

「それはお前が決めろ」

「……言いたい。知ってもらいたい。でも―――」

「あのなぁ、相手は人間じゃねぇんだぞ? 案外簡単だと思うが」

「……君のこと否定している訳じゃないんだ。うしろめたいとも思ってないよ?」

「そんなことはわかってる」

「そうだ。君がヘヴンに会いに行ってごらんよ」

「断る。俺は外に出る趣味はないと言ったはずだ」

「そんな僕に気を使わなくても」

「使ってない。さぁそろそろ時間だ。話は終わり」

 そう言い残し百鬼は消えた。



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