夜行、風邪をひく
僕はそれほど身体が強くない。必ずと言っていいほど一年に二回は風邪を引き寝込むことがある。それはもはや確定事項だ。
今年はすでに一度、風邪を引き三日ほど寝込んでいる。そして早くも二度目が訪れようとしていた。
朝起きると喉の奥が痛かった。しかしそれは一瞬で忘れられた。いつもの様に準備をして学校に行く。
そしてお昼を過ぎた頃、僕は自分の身体の違和感に気がついた。
腰が痛い。
それで僕は嫌な予感がした。これはもしや……いや高確率で風邪の前兆ではないのかと。僕が風邪を引くときは大体が喉から始まる。
そう言えば朝起きた時に喉が少し痛かった事を思いだす。
それから腰にくる。そしてその痛みは徐々に身体中の関節に広がってくるのだ。
まずい。これは非常にまずい。でも早退などはしたくはない。あと三時間もすれば学校は終わる。それまで気合と根性で乗り切るしかない。僕はそう心に決めた。
それから三時間後。学校は終わった。やたら長い三時間だった。
そして体調の方はというと。
絶不調だった。身体のあちこちが痛いし重い。おまけになんだか頭もクラクラする。少し歩くだけでかなりキツイ。
それでも何とか気合を入れて家までたどり着いた。そして自分の部屋に行き、そのまま倒れこむ。
「おかえり~。ってどうしたの?」
いつもとは違う僕の様子にヘヴンは不安そうな視線と言葉をむけた。
僕は倒れこんでいる大勢のままポケットをまさぐり紙とペンを出して文字を書く。
『かぜひいたっぽい』
もはや漢字なども書ける余裕すらなかった。そのままヘヴンの返事を聞かずに屈服した。
目が覚めると外は既に暗かった。そして体調はもっと最悪になっていた。
「おはよ。大丈夫? 起きれる?」
その言葉に僕は首を少しだけ横にふる。これはダメだ。病院に行かないと死んでしまうと思った。夜間の病院は治療費が高いがそんな事を言っている場合ではない。
不安そうなヘヴンに限界ギリギリの笑顔で紙を見せる。
『だいじょぶだよ。いまからびょういんにいってくるから』
それでもヘヴンの表情は変わらなかった。無理して笑っているという事がバレているみたいだった。
「気をつけてね」
僕は振り向き小さく頷くと部屋を後にした。
その後は親に病院に連れて行ってもらった。家の近くにある国立黒木という病院だ。この病院は総合で夜間もしているので良かった。
直ぐに良くなりたかったので注射を一本射ってもらった。予想通りの喉からくる風邪だと診断された。少しでも早く良くならないとヘヴンが心配する。ずっとあの顔を見ているのはどうにも無理だ。
意識が朦朧となる中、親に支えられて何とか家までたどり着いた。階段を四つん這いになって上がっていく。
自分の部屋のドアを開けようとドアノブを握ろうとした時、勝手にドアが開いた。そして僕の目に飛び込んできたのは足だった。誰かが立っている。視線を上へと向ける。
そこに立っていたのは今にも泣きそうな顔をしているヘヴンだった。
「おかえり」
僕は頷く。
「どうだった?」
その言葉に僕はジェスチャーで答える。
まず喉を指差し、そこから来る風邪だと伝える。そして注射を射つ真似をし、両手を合わせて左耳に持っていき目を閉じる。つまりは注射を射ったから寝れば治ると伝えたかったのだ。
ヘヴンは「そっか」と答えた。しっかりと伝わっているようだ。
そして首にかけている猫の手袋をはめた。手を貸してくれるのだろう。僕はそれに遠慮せずに掴まってベッドへと向かった。そして倒れこむ。
もう何もしたくはないし、何も考えたくない。眠気が襲ってくる。それでも最後に目を開けてヘヴンを見た。
そして唇だけを動かす。
『ありがとう。おやすみ』
それにヘヴンは笑みを浮かべ無言で頷いた。意識が遠くなっていく。深い深い眠りの中に落ちていく。
早く治さなくては。ヘヴンに感染ったら大変だ。いや、ヘヴンは元は植物だし人間のウイルスは関係ないかな……。そんな事を思いながら完全に眠りに落ちたのだった。