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綺麗な妖精にはトゲがある  作者: 水無月夜行
第三章 「二人」
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夢の中

 その夜、夢を見た。

 真っ暗な部屋だった。部屋と言っても何もない部屋だ。ただ暗い空間があるだけの部屋だった。その中で夜行は一人で立ち尽くしている。

 不意に声がした。

「よう」

 夜行は声がした方向へと視線をやる。すると真っ暗の中から人が出ていた。自分と同じぐらいの身長に同じぐらいの体格だった。顔だけが黒い闇に覆われて確認できなかった。見てとれるのはせいぜい口元までだ。

 夜行は自分の記憶をさかのぼり、こんな少年の知り合いがいるか記憶を探ったが見つからなかった。するとその少年が再び言った。

「ここではお前も喋ることが出来るはずだ。声を出してみろ」

 そんな事を言う。夜行は戸惑った。それが本当かどうかは分からない。仮に本当だとしてもなぜそれが可能なのか不思議に思った。しかしそれよりも困ったことは声の出し方がわからなかったのだ。

 いきなりここでは喋れるから声を出せと言われても、それは今まで喋ったことのある人なら簡単かもしれない。だが夜行はこれまで一言も喋ったことはないのだ。それをいきなり声を出せと言われても無理がある。それでも夜行は迷うことなく声を出すことに挑戦した。

 まず口をパクパクさせながら息を出してみた。しかしそれでは声は出なかった。どうして声を出せばいいのかわからないという思いを相手に伝えたかったがそれは無理な話だと思った瞬間。

「始めてで声の出し方が分からないんだな?ここに意識を集中させて喉を震わせるんだ」

 そう言い顔が闇に覆われている少年は自分の喉を指差した。

 夜行はビックリした。自分の考えていることを当てられたと。なぜ分かったのかわからないが夜行は頷き言われるがままに喉を震わせた。

「…~……~~…」

「そうだ。頑張れ。もっと震わせろ」

 励ましを受けて夜行は喉にさらに力を入れて震わせた。

「…~~……ァ~…」

 出た。

 少しではあるが、一瞬ではあるがかすかに自分の声が聞こえた。そう思いパッと顔をあげて相手の方を見る。その口元には笑みがあった。

「いいぞ。もう少しだ。今の調子でもう一回」

 夜行は頷き手を喉に当てて目を閉じた。これまでの事を思い出しているのだ。喋れなくてからかわれ辛かった毎日。それが糧となって声になる。

「…ァ……ア~~~~~~~~」

 完全に聞こえた。ハッキリと自分の声が聞こえた。始めて聞く自分の声。それは今まで聞いたことのない声。でもハッキリと自分の声だと分かる声だった。

「完璧だ。でももう少し声を出す練習をしないと普通には喋れない。ちなみにここで喋れても現実では喋れないからな。その事を忘れるなよ」

 そう言われ瞬きをした瞬間に目が覚めた。

 今のはただの夢のはず。それでもこの感覚はなんだろうか。夢にしてはハッキリと覚えている。実際にこの身を動かし声を出したという実感があるのだ。

 夜行は不思議に思い声を出してみた。あの少年に教えられた通りに。しかし声は全く出なかった。いつもと変わらない自分だった。

 あの夢はなんだったのだろうか。あの少年は誰だったのだろうか。また夜に寝て夢の中で会えるのか。そんな事を考えながら今日も始まっていく。

 例のごとく夜行は一人だった。そんな夜行をいつも心無い言葉で攻める子供が近づいてくる。そして始まる。

「―――――っ…―――…っ――――」

 もはや夜行の耳には何を言っているのか聞き取れなかった。それは無意識の内に身体が拒否をしているのだ。これ以上聞けば壊れてしまう。

 それでも言葉とは違う威圧感が夜行を攻める。夜行は心の中で必死で叫ぶ。

『助けて……。誰か……誰か……助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてよーっ!』

 その瞬間。まぶたを開けるとそこは真っ暗になっていた。

 今まで幼稚園にいたはずなのに、クラスの部屋の中にいたはずなのに、真っ暗な何もない部屋に……?

 そこで気がついた。これは昨日見た夢の中の部屋だと。しかし一点だけが違った。それはあの顔が闇に覆われ見えなかった少年がいなかったこと。夜行は不思議に思い頭の中を整理する。

 ここは確かに昨日夢で見た部屋だ。だとしたら今、自分は寝ているのだろうか? あの状況でいきなり? 目を閉じ幼いながらに必死で思考を巡らせる。そして、ふと目を開けると目の前に広がったのはいつものクラスの部屋だった。

 何が起こったのか理解出来なかった。下を向き自分を見れば、いつも通りに部屋の端っこで座り本を手にとっていた。

 夢?

 それにしては不可解な事がある。けれどそれも思い出せない。違和感に包まれながら頭を悩ませても一向に答えは見つからない。やがて時間だけが過ぎていった。




 それから度々その様な現象が起こった。明らかにおかしいと夜行は感じた。

 そしてそれと平行してあの夢もよく見る。

 何もない真っ暗な部屋。そこにいるのは顔が闇で覆われ見えない少年。

 最初にこの夢を見てから数回が経った。夜行は順調に声を出していき今では普通に喋れる様になっていた。

「なんか喋るのって疲れるね」

「そうか? それは慣れていないだけだろう」

 二人は他愛のない会話をする。

「ねぇ一つ聞いてもいい?」

 それに「なんだ?」とぶっきらぼうに聞き返す。

「……君は誰なの?」

その問いに目の前の子供は臆することなく答える。

「俺は―――だ」

 聞き取れなかった。その部分だけまるでノイズが走っているかの様に全く聞こえなかった。

「え? なに? 聞こえないよ」

 夜行がそう返すとさらに言葉を続ける。

「そうか。お前にはまだ聞き取れないか……」

「それってどう言うこと?」

「お前自身が俺と言う存在を見つけない事には聞こえない」

「???」

 子供の夜行には意味がわからなかった。首をかしげるしかない。

「その内わかる」

 そう言われて納得してしまった。

「じゃもう一つ。名前教えてよ」

「名前はない」

「何それ? 名前がない人とか聞いた事ないよ?」

「ないものはない。そう言う存在なんだ」

 謎が多い少年だった。それでもなぜか一緒にいると凄く安心する。そしてあることに気がつく。

 どこかで見たことがある気がする。

 それはどこだったか。記憶を呼び起こすがどれも当てはまらない。それでも言い切れる。自分はどこかでこの少年を見たことがあると。

 頭を悩ませていると「そろそろ時間だ」という声がした。パッと顔を上げた瞬間、夜行は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。

 短いようで長い夢。夢にしては現実感が漂う夢。そして不思議な少年。一つ一つのピースをつなぎ合わせてもそれは当てはまらない。そんな事を考えていると下から「夜行、朝よー」と言う声がした。

 夜行は考えるのを止めて部屋を出る。そして今日も嫌な日常が始まるのだ。




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