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綺麗な妖精にはトゲがある  作者: 水無月夜行
第三章 「二人」
13/26

一人



 あれから数日が経った。

 アサガオの死に直面したのにもかかわらず百鬼はいつも通りだった。ただそれは見た目だけで心の奥底は深く傷ついているに違いない。それを見せないのが百鬼だ。それを知っている僕もいつも通りに過ごしていた。

「百鬼は大丈夫なの?」

 ヘヴンにそう聞かれパソコンのワードに文字を打ち込む。

『うん。本人は大丈夫だってさ』

「そっか……強いね」

『だね。それを言ったら「昔から慣れてるからな」だってさ』

「……ちょっと聞いてもいい?」

 ヘヴンは少しためらいながら口を開いた。

『なに?』

「その……百鬼っていつから夜行と一緒にいるの?」

『たしか……僕が幼稚園ぐらいの時に百鬼の人格が出来たと思う』

 遠い記憶を思い出そうと遠くを見つめ語りだした。





 それは夜行がまだ幼かった頃の物語。

 夜行は喋れないのにもかかわらず普通の幼稚園に通っていた。障害があるのなら養護学校に通うという方法もあったのだが夜行の両親が普通の生活を送らせてやりたいと思い一般の幼稚園に入園したのだ。

 しかしそれは夜行にとっては親の自己満足だと思っていた。自分は他の人とは違う。大勢いる人の中で明らかに違う存在が混じっていたら、それは好奇の目で見られるのは当然だ。しかも幼稚園児など、またそれを口に出して言うのだ。それが夜行にとってどれほど苦痛だったのか両親は知らない。

 毎日毎日が嫌になった。固く心を閉ざし夜行はいつしか笑わなくなっていた。

 幼い子供にとっては相手とのコミュニケーションは喋り一緒に遊ぶ事。それが出来ない夜行はいつも一人だ。そんな夜行はかっこうの的になるのにそんなに時間はかからなかった。実際に他の幼稚園児は夜行が喋れない事を知ってはいたが信じてはいなかったのだ。自分たちが生まれた瞬間から喋るという行為は当たり前のもので、それが出来ないという人間は見たことがない。

 大人になり見たことがないものが目の前に現れた時、大人は疑いつつもそれを肯定する。しかし子供はそれを否定する。そんなはずがないと。嘘をついていると。そしてそれを確認するために行動にうつる様になる。

 それは言葉から始まりいつしか直接的になっていく。それでも子供は信じない。そして最終的には当初の目的など忘れ、ただ相手を攻める様になっていった。

「おいお前。喋れないなんて嘘だろ。喋ってみろよ」

 そんな言葉を向けられても無理なものは無理だ。子供の好奇心ほど厄介なものはない。夜行は首を横に振るしかない。

 最初はその程度で終わった。そう聞いた子供は夜行の反応を見るなり走ってどこかに行ってしまった。

 そんな事を言われた夜行は胸が痛かった。『嘘じゃない』と心の中で叫んだ。どうして子供は言ってはいけないことを平気で言ってしまうのだろうか。

 そんな事を言ってきた子供は最初は一人だったのがやがて二人になった。すると言葉もエスカレートする。一人の時とは違い、味方がいると少し大胆になった。二人が何を言おうと夜行は無言で耐え続けるしかない。

 そんな夜行にも得意な事が一つだけあった。

 それは文字の読み書きだ。声を出せない夜行にとっては、それが人に想いを告げる唯一の方法なのだ。

 夜行は幼稚園児にして既に小学二年生ぐらいまでの漢字の読み書きぐらいは出来た。小さい頃から両親が毎日熱心に教えてくれたのだ。少しでも我が子の考えている事が知りたいと思い必死で教え込んだ。そのかいがあって夜行はみるみる文字を覚えていった。

 そして両親は夜行に本を読めと教えた。どんな本でもいい。

 絵本、童話、漫画、小説。本には知識が詰まっている。思考や表現などをそこから感じとり自分のものとする。

 そこから夜行は幼いながらに本の世界にどっぷりとハマリ、物語を追う様になっていった。もし声が出るなら、喋れるなら、心もとない言葉を言ってきたあの子供を泣かすぐらいの言葉を言えただろう。それぐらいに夜行の知識は増えていった。

 言い返してやりたいと思った。しかしあの子供は夜行が喋れないから、そんな事を言ってきた訳で普通に喋れていたらいい友達になれたかもしれない。

 つまり自分が悪い。喋れない自分が悪い。喋れない自分があの子供にあんな事を言わせたのだと夜行は思ってしまった。そう思ってしまった夜行はさらに殻に閉じこもった。

 いつも一人で暗く端っこの方で本を読んでいる。そんな子供だった。

 それでも毎日は過ぎていく。変わらない日常で他の子供からの容赦ない言葉も変わることはなかった。それが少しずつ、少しずつ積み重なって夜行の心に深く傷をつけていく。

『もう嫌だ。なんで僕だけなんだ。なんで喋れないんだ。嫌だ嫌だ嫌だ。こんな毎日が続くなんて耐えられない。誰にも会いたくない。誰とも関わりたくない。こんな毎日なんて嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ』

 何かが夜行の中で弾けた瞬間だった。




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