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綺麗な妖精にはトゲがある  作者: 水無月夜行
第二章 「百鬼」
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また会おうな


 ある夏の終わりの朝、目が覚めると『おはようございます夜行さん』と言う声が聞こえた。開ききらない目を開けて声の主の元へと視線をやる。そこにいるのはアサガオだった。

 夜行はその声に頷き無言で『おはよう』と言った。まだ視界と意識がハッキリしないのかアサガオが薄く見えた。目を何度もこする。

 しかしそれは見間違いではなかった。アサガオの後ろには物が透けて見えたのだ。夜行の頭は一瞬で冴え渡りベッドから勢い良く飛び起きた。その音で目を覚ましたヘヴンが大きく欠伸をした。

「ふぁぁあああ。あっ夜行おはよう。どうしたの? 真剣な顔して」

 夜行はヘヴンに視線をやり直ぐにアサガオに視線を戻した。するとそれにつられてヘヴンもアサガオに視線をやる。

「おはようございます。ヘヴンさん」

 アサガオは妙に落ち着いている。最初からわかっていたかの様に。

「あ……あんた……」

 ヘヴンは絶句した。

 二人の眠気は一瞬にして覚めた。

「何を驚いていらっしゃるのですか? これは前から分かっていたことでしょう?」

 さも当たり前の様に言う。

 夜行は頭をフル回転させた。百鬼。百鬼を呼ばなくては。ついにこの時がやってきたのだ。

 そう、夜行はこのことを予想していた。実際に調べたわけではない。何度も調べようとしてやめたのだ。自分の知っている知識から予想できた。しかしそれを信じたくなかった。調べて分かってしまえばそれは―――。

 夜行は身体に潜り慌てて百鬼と入れ替わった。髪をかき上げメガネをかけ呟いた。

「夜行の奴、何を慌てて……」

 最後まで言葉は続かなかった。メガネ越しで捉えたアサガオの姿を見たからだ。

「おはようございます。百鬼さん」

 アサガオは満面の笑みで挨拶をした。

「お前……」

「驚かせてしまい申し訳ありません。ワタクシにはもう時間があまりありませんので手短に説明しますわね」

 ニッコリと笑いながら言葉を続けた。

「ワタクシ、アサガオは【アサガオ】の妖精です。そして【アサガオ】とは一年草なのです」

 一年草とは一年以内で発芽して成長、開花、結実、種子を残し枯死する植物の事を言う。つまり【アサガオ】は短命だ。それは変える事は出来ない。

「ですから夏が終わると同時にワタクシも終わるのです」

 百鬼とヘヴンは【アサガオ】を見た。そこには既に枯れ果てている姿が見てとれた。

「ワタクシは生まれた時からこうなる事を分かっておりました。覚悟もしておりました。それでも……死にたくはありません。四人で過ごした短い時間は限りなくワタクシにとって最高の花生(じんせい)でした。ワタクシは百鬼さんに恋をして良かったです。この為に生まれてきたと言っても過言ではありません。短い間でしたけど幸せでした。これはワタクシが【アサガオ】だと言う業でもあるのです。そしてこれは運命なのです。だって【アサガオ】の花言葉は―――《儚い恋》、ですから」

 アサガオは少し悲しげな顔で言った。それを黙って聞く二人。何も言えなかった。

「ヘヴンさん?」

 突然、声をかけられたヘヴンは身体をビクリとすくませた。

「な……何よ……?」

「後の事……宜しくお願いしますね」

 深々と頭を下げる。ヘヴンは涙目になりながら手で口を抑えている。

「わ……かったわよ」

「あらワタクシの為に泣いてくださるんですの? 毎日の様に喧嘩した事もワタクシにとっては幸せの一部ですわよ」

「……う……るさいわね」

 アサガオは『ふふふ』と声を漏らした。そして百鬼へと視線を送る。

「百鬼さん……」

 これが最後になるだろう。これは足掻いても捻じ曲げることは出来ないだろう。そんな思いが百鬼を支配する。それと同時に百鬼の身体は動いていた。

「まぁ。嬉しいですぅ。ワタクシを抱きしめてくれるのですね」

 アサガオは満面の笑みを見せる。

「嗚呼。百鬼さん。愛しています愛しています愛しています。これからもずっと」

「俺もだ」

「その言葉だけで救われます。ワタクシ、死んでからも百鬼さんの事を愛し続けても良いでしょうか?」

 死んでからもと言う言葉が深く突き刺さった。

「もちろんだ」

 その言葉を聞いて我慢していたものが涙と共に一斉に溢れた。

「し……死にたくないですぅ……」

 アサガオは泣いた。これが自分の運命なのだと最初からわかっていたのに、このどうしようもない気持ちを抑える事が出来なくなったのだ。

「アサガオ……」

 百鬼は名前を呼ぶことしか出来なかった。

 それでも運命は残酷だ。逃れられることは出来ない。アサガオは取り乱した心を落ち着けて最後の言葉を口に出す。

「ふふふ……。さぁもうお別れの時間ですわ。……最後に―――力いっぱい抱きしめてもらえますか?」

 その願いを百鬼は叶えた。

 ギュッと力を込めた瞬間アサガオの身体の感覚が一瞬感じられ、百鬼の両腕は空をきった。そこにはアサガオの姿はなく鉢に植えられていた【アサガオ】の花がそれと同時に落ちたのだった。

 何も言えずに立ち尽くす二人。百鬼は視線を【アサガオ】に送る。そこである事に気がついた。

「おい。これを見てみろ」

「え?」

 百鬼の指さす方向を見れば、そこには【アサガオ】の種があった。

「……俺は来年の夏これを育てる。精一杯の気持ちを込めて育てる。妖精としてまた現れるかわからないし例え現れても今年の記憶はないだろうが、それでも俺はこの種を立派な【アサガオ】にしてみせる」

 百鬼は一点を見つめて心に誓った。

「また会おうな」






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