「はい」と「ん」
ちょっと長いです
よく晴れた日だった。
夜行と百鬼はシャツに短パン姿。ヘヴンはいつものワンピースに首に紐で繋がった猫の手袋をさげ、アサガオは優雅に浴衣を着こなしている。
その夜行と百鬼の両手には【ブルーヘヴン】と【アサガオ】の鉢が袋に入れられ持たれている。
「えへへ。楽しみ~」
ヘヴンはまだ見ぬ遊園地に想いを馳せている。
一方のアサガオはヘヴンとは対象的に落ち着いて前を見据えている。
「まるでお子様ですわね。あれでは夜行さんも苦労なさいますわね百鬼さん」
「そうだな」
先に行くヘヴンをよそ目にそんな会話をする二人。
「どうしたんですの? 何だかお元気がない様ですけど?」
「ん? いやなんでもない。いつも通りだ」
「そうですの?」
アサガオは優しい笑みを返す。それを見ているだけで百鬼は少し元気が出た。
「ちょっとー? 早く行くよー?」
ヘヴンは先の方で大きく手を振りながら二人を急かす。
「行くか」
「はいな」
二人はヘヴンの声に誘われて急いだ。
遊園地に着くとそこは夏休みにもかかわらず人が少なかった。百鬼はそれを見て少し心の中でガッツポーズをした。きっと夜行もしているに違いない。
妖精二人の姿は他の人には見えない。これから鉢を二つ持った少年が一人で遊園地で遊ぶのだ。
一人分の入場券を買って中に入る。好奇な店員さんの視線は無視した。
「わ~」
「あら~」
ヘヴンとアサガオは同時に驚きの声を上げた。
けたたましい機械の騒音。それに勝るとも劣らない人の歓喜と恐怖の悲鳴。目の前にそびえ立つ巨大な建物。どれをとっても二人にとって初めて見る物だ。
「凄い凄い凄すぎるー。早く行こう早く行こう」
「確かにこれは凄いですわね」
アサガオのテンションも段々と上がってきている。百鬼は『はいはい』と言いながら二人の後を追う。
「で? どれから乗るんだ?」
園内にある巨大な地図の前で妖精二人は釘付けだった。
「ん~~~~~~~~~」
そんな二人を眺めながらゆっくりと欠伸をする。
「これなんかどうですの?」
アサガオが指差したのはフォールダウンと言うアトラクションだった。簡単に説明すると上から下に一気に落ちるやつだ。
「それもいいけどやっぱりこれじゃない?」
ヘヴンが指さすのはこの遊園地で一番人気のジェットコースター。時速は百キロを超えると書かれている。
「ですわね。一番最初に一番人気を攻めなくては妖精の名に傷がつきますしね」
「その通り」
「……」
どんな理由だと百鬼は激しく思った。
「じゃ行くか」
「は~い」
「はいな」
そこに到着すると丁度あと四人までと書かれていた。これはチャンスだ。
空きがないと二人は座れない。そして後続に人が来ないことを必死で祈った。来てしまえばそこでお預けとなってしまうのだ。鉢は荷物として預けた。およそではあるが本体から二百メートルほどが行動範囲内らしい。だからここに置いていれば安心という訳だ。
そして祈りは通じ三つ空きのまま締切りとなった。
「よし」
三人は思わず声を出す。
そして席に座る。何故か一番前と二番目の席、四席が誰も座らなくそこが空いていた。普通は我先にと奪うものだが全員怖がったのかその席は空いていた。そこに一番前にヘヴンが一人。その後ろ二番目にアサガオと百鬼が座った。
発進音がこだまする。ガクンとジェットコースターが前に出る。ゆっくりと進んでいき屋内から屋外に出ると同時にレールは上へと進む。
「きゃー」
ジェットコースターが上へと上がるに連れてヘヴンのテンションも上がっているらしい。その時アサガオがギュッと百鬼の手を握ってきた。それを感じアサガオの方に視線をやるとそこには上品な笑顔がなかった。今まで見たことのない強ばった表情をしている。
「ア……アサガオ?」
「は……はいなぁあぁあ?」
「お前もしかして……」
「ど……どうやらワタクシは……高いところが……苦手みたいですわ……」
今まで高い場所など行った事のなかったアサガオは恐怖でいっぱいだ。それを知ってか知らずかヘヴンは一番前で大はしゃぎしている。
「きゃーきゃーきゃー高いー高いーサイコー」
「……うるさい」
テンションが上がるヘヴンと下がるアサガオ。
「……百鬼さん……これは途中下車は……?」
「無理だな……」
「……」
そして一番頂上に到着し、登って来た分を下るとなった瞬間……止った。
「?????」
と全員が思った瞬間ジェットコースターは勢い良く発進、下降した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああー」
楽しみ嬉しそうな悲鳴のヘヴン。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああー」
恐怖によりお嬢様の雰囲気が全くないアサガオ。
「はははっ」
そんな対象的な悲鳴を聞いていると百鬼はなんだか面白くなって思わず笑ってしまう。Gが身体中にかかり左右上下に振られる。そして静かになった隣を見れば青ざめた無表情のアサガオが意識を遠くに飛ばしてこの状況から逃げていた。
「おい。アサガオ戻ってこい。目玉の一回転だ」
轟音に負けない様に声を張り上げて言う。アサガオの目に意識が戻ってきた。そして目の前に迫り来る一回転のレールを見た時アサガオは叫んだ。
「なんで今呼び戻したんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~」
そのまま一回転。アサガオの声はぐるっと回った。
そして約三分の長い時間が終わった。
「あ~サイコー。また後でもう一回かな~」
ヘヴンは元気いっぱい。
アサガオは地面に屈服し、死んだ魚の様な目をしている。
「ぎもぢわるいぃぃぃぃぃぃいい」
「何よだらしないわね」
意外な弱点が見つかった。
「うぅうううう……。せめて一回転の後に呼び戻してほしかった……」
「悪い悪い」
明らかにわざとなのは言うまでもない。
「じゃ次はのんびりなのにしよっか」
言いヘヴンはパンフレットに視線を落とす。
「よし。決まった。ついて来て」
その声に二人は従う。アサガオはよろよろと歩く。
「おい? 大丈夫か?」
「……なんとかですわね。手……手を貸して頂けると助かります」
少し恥らいながら右手を百鬼に差し出した。百鬼はそれを無言で握り締めた。
「ふふふっ」
アサガオは嬉しそうな声を漏らす。まさか今までのは手を繋ぐための演技だったのかと思うほど表情がにやけていた。そんな二人を射抜く視線があった。ヘヴンだ。
仲良く幸せそうに手を繋ぐ百鬼とアサガオ。そして幸せそうに会話を楽しんでいる。自分と夜行はそれが出来ない。会話をすることも直接手を繋ぐことさえも。羨ましくないと言えば嘘になる。なぜ自分は薔薇として生まれたのか。なぜ人型になってもトゲが消えないのか。そんな劣等感に陥っていると声がした。
「はい」
そう言ってアサガオが左手を出してきたのだ。
「な……なによ?」
「いえ。羨ましそうな顔をしていたので。はい」
左手をずいっと出してくる。
「だから何を?」
「残念ながら百鬼さんの右手は塞がってますし、例え空いていても手を繋ぐ事はワタクシが許しません。ですが……ワタクシの左手なら空いていますし、トゲの心配もありませんわ。ですから……はい」
「……」
アサガオはヘヴンの考えていることがわかったのだ。そしていつも喧嘩ばかりしていても同じ妖精同士。同情ではない。それはヘヴンもわかっているだろう。
「ふん」
ヘヴンは鼻を鳴らしアサガオの手をとった。
隣で百鬼が笑っている。そこまで心配する事はなかったのだ。二人とも子供ではないのだ。二人の手はしっかりと繋がれた。三人仲良く次の目的地に向かったのだった。
「何でこれですのぉぉぉおおおお?」
アサガオはそれを見上げて叫んだ。
「え? だってあんたが言い出したんじゃない」
「そ……それは……そうですけど」
それは最初アサガオがこれがいいと言い出したアトラクション、フォールダウンだった。
ヘヴンは先程のジェットコースターの件は百鬼と手を繋ぐ口実だと思っている。しかしアサガオの反応を見る限りあれは冗談ではなかったらしい。
「さっ。行くわよ」
ヘヴンが嫌がるアサガオの手を引き無理矢理連れて行った。百鬼に助けを求める顔がとても面白かったが見なかったことにして自分も後を追う。
「ぅぅうううぅ……」
どんどんと高くなっていくにつれてアサガオの表情は青ざめていく。その隣で、はしゃぎまくるヘヴン。
「きゃーきゃー高いー凄いーあんな遠くまで見えるー。ちょっとあんたも見てみなさいよ」
アサガオはそんな言葉には耳を向けずに目を閉じ瞑想している。それを見たヘヴンは顔をニヤつかせた。
指で向いやり目を開けようとしたのだ。かたや絶対に目を開けたくないアサガオ。
「ぐぬぬぅぅぅぅうぅうううううううう」
「えぇーい。往生際が悪いわよ。目を開けなさいーい」
もはや白目だった。
っとその瞬間カタンと音がした。全員の行動が一瞬止まり顔を見合わせる。と同時に落下した。
「きゃー」
「いやぁっぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ」
「はははっ」
一瞬で落下した。その時間はわずか四秒ほどだったがアサガオには果てしなく長かっただろう。
フォールダウンから出てきたアサガオは老けていた。
「も……もう……無理ですわ……」
力なくその場に倒れ込んだ。
「何よだらしないわね。ほら次行くわよ」
またしても無理矢理手を引き立ち上がらせる。
「ふぇ~」
変な鳴き声を出しながらついて行く。
「案外仲いいじゃないか」
そんな二人の後ろ姿を見て微笑む百鬼だった。
「あ~遊んだぁ。遊園地って最高の場所ね」
「最悪の間違ですぅ~」
「ま~人それぞれだな」
しばしベンチに座り休憩をとる三人。
「ふぅ」
と息をつく三人。
「ねぇそろそろ夜行にかわってよ」
「そうだな」
「え~」
それに反論するアサガオ。
「もう少しだけ百鬼さんでも……」
「何言ってんのよ。夜行だって遊びたいに決まってるじゃない。それに夜行にかわったらもう一回同じコースだからね?」
最後の言葉は顔をニヤつかせながらだった。
「無理ですぅ。本当に倒れてしまいますわぁああああ」
必死で抗議する。
「まぁ慣れだ。夜行にかわる」
そう言って百鬼は目を閉じた。そして数秒後、目が開かれると言葉を発した。
「……拒否られた」
夜行ではない。百鬼のままだ。
「はっ? なんで?」
「わからんが『もう少しこのまま』でだとさ」
「夜行さん……いい人」
アサガオだけが手を合せ拝む様にしている。
「どうしたんだろ?」
「……さぁ」
しばし沈黙が訪れる。それを百鬼が破った。
「とりあえず次に行こう」
「そだね」
「次は静かなのがいいですわ。コーヒーカップとか」
「あれは狂喜乱舞することになると思うが……ある意味一番恐ろしい乗り物だ」
ヘヴンが口の端を釣り上げる。
「そうなんですの?」
「いやそんな事ないよ。行こう」
ヘヴンは話を無理矢理終わらせた。
結果は百鬼の予想通りになった。ヘヴンが勢い良く回しまくり二人は狂喜乱舞した。ヘヴン一人だけ笑っていた。
そして結局、夜行が表に出たのは最後のアトラクションだけだった。
「出てくるの遅すぎー」
ヘヴンは不満気に言った。
夜行は『ごめんね』と書いた紙を見せた。さらにペンを走らせる。
『でも楽しかったでしょ?』
「それはもちろん」
ヘヴンは子供の様に満面の笑みで言葉を返した。
『で? 最後はどれ?』
そう書かれた紙を見るとヘヴンは高い場所を指差した。
「あれよ」
それは観覧車だった。また最後に観覧車とはベタだなぁと夜行は思いつつ頷いた。アサガオの顔が若干引きつっているのは見なかったことにする。
「大丈夫よ。ゆっくり回るだけだから怖くないって」
おどける様にアサガオに言葉を投げる。
「ぅうううう……」
観覧車に乗り込むと既に日が落ち始めていた。座席は夜行とヘヴンが隣同士。その前にアサガオが座った。今から約二十分をかけてゆっくりとした時間が流れるのだ。徐々に高さが出てくる。
『だいぶ高くなったね』
「あと少しで頂上かな。ほら何してんのよ? あんたも外見てみなさいよ」
言って席を立ちアサガオの隣に移動する。
「ちょっ……動かないでくだい。揺れるじゃありませんの」
「何言ってんのよ。これぐらい大丈夫よ」
ヘヴンは軽くジャンプをし揺らす。
「やーめーてーくーだーさーいーーーーーーー」
アサガオの目には少し涙が溜まっていた。そして頂上にたどり着いた瞬間、夕日が差し込んで来た。
「綺麗」
アサガオをからかう事をやめて外の景色に見惚れる。それを見たアサガオもつられて外を見る。
「……本当ですわね」
夜行はそれに頷く。恐怖も何もかも忘れて絶景に目を奪われた三人だった。
やがて二十分という時間はあっという間に過ぎていった。そして楽しい時間も終わる。
「あっという間の一日だったなぁ」
名残惜しそうにヘヴンが呟く。
「またみんなで来ようね」
それに頷く他ない。
『帰ろっか』
その文字に二人は頷き、ヘヴンが首に掛けていた手袋をはめて夜行に右手を差し出した。
「ん」
それを夜行は何の抵抗もなく握り締めた。そしてヘヴンは左手をアサガオに。
「ん」
アサガオは少し驚いた表情をしながら『ふふふ』と声を漏らしその左手を握ったのだった。
そして充実した日々が過ぎていった。
しかし楽しい時間は終わりを迎える―――。
タイトルをアサガオの「なんで今呼び戻したんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」とどっちにするかとても悩みました(笑)