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出会い頭

 少しばかり痛みになれると、アルマは震えながらダンジョンウインドウを開いた。

 彼はコマンドでポーションを召喚して一息で飲み干す。骨折にしては少々無駄の多い最高級の物ではあるが、 ポイントに頭を悩ませる必要はない 。


 砕けていた左手の小指はみるみる内に治り、痛みはすぐに消えた。おそるおそる手を開閉してみても痛みはなく、違和感も感じなかった。これを大量に用意して販売すればすさまじい儲けが出るかもしれない。

 しかし、所詮は能力による疑似ポーション。一時間もすれば空気に溶けるように消えてしまうだろう。まったくもって融通が利かないことである。


 そこで唐突に、玄関のドアが激しく何度も叩かれた。

 痛みという緊張状態から抜けたことで、少しだけ気が抜けていたのだろう。彼は驚愕によって身体を小さく硬直させる。


 いったい誰が自分に何の用なのか。もしかして騎士団なんかじゃないよな。そんな思考に直結することを鑑みれば、自分がしょっぴかれるような危険因子だという自覚はあるのかもしれない。


 そして警戒しながら外に気を向ければ、いつもよりも通りが騒がしいことに気が付いた。地面を踏み鳴らす足音も、怒声や悲鳴なんかも耳につく。

 それらをバックコーラスにして、いまだに殴るような激しいノックは続いている。


 しばらく訝しげにドアを見ていたが、これ以上ドアを叩かれて壊されてはたまらない。そう結論付け、アルマは扉の前の何者かに声をかけようとする。

 しかしその何者かが声を発したことによって、アルマが口を開く必要はなくなった。


「アルマくぅううぅぅうううん!!! 居ないの!?」


 この声はミュウだ。


 アルマは今までの戸惑いが何だったのかと思えるぐらいの俊敏さでドアの前まで駆け寄り、扉を開け放った。いつもより重い抵抗を受け、鈍い音がした。


「――んぐっ!」


 どうやらミュウにぶつかってしまったようだ。ドアの目の前にいたんだから、いきなり開ければぶつかってしまうのは当然とも言える。見れば彼女は赤くなった鼻をおさえ、潤んだ瞳でアルマを恨めしげに睨んでいた。可愛い。


 扉を閉めれば、通りから響く耳障りな音は小さくなった。とはいえ、安物の賃貸というか借家だけあって壁や扉なんかは薄く、騒音対策は出来ていない。そのため、やかましさの軽減は本当に心持ちといったところだ。


 それにしてもこの街の様子、ミュウの慌て具合を見る限り、一体何があったというのか。

 いまだに鼻をさすってる彼女に視線を向ければ、ミュウは思い出したかのように両手をばたつかせて大きく声をあげた。


「大変だよアルマ君! 魔王が現れたんだ!」


「はあ?」


 こう言っては何だが、それがどうしたというのか。魔王の出現など日常茶飯事とまでは言わなくても、それなりの頻度で起きる出来事だ。

 それとも、有り得ないとは思うが高レベル、つまりA級の魔王でも出たのだろうか。それならこの慌てようも納得はできる。


 その(むね)を聞いてみてもランクについてはわからないと、曖昧な返事しか返ってこない。だったら一体何が問題なのか。

 ミュウの荒い呼吸と、ハーフパンツからちらりと覗く健康的なふくらはぎに興奮しながら、アルマは首をかしげた。


 そんなアルマの視線の先で、ミュウは悲鳴に近い声を出す。


「魔王が出たんだよ! この街に(・・・・)!」


「なっ!!」


 この街にだと? それは絶対に有り得ない。なぜならここら一帯、というよりこの国自体がアルマのダンジョンの領域内だからだ。基本的にダンジョン内に他者のダンジョンが存在することは不可能なの。


 アルマは意味のわからないことになったと内心でため息を吐くが、もしやと思い、口の中でウインドウオープンと、ミュウに聞こえないように小さく呟く。


 空中に、淡い光をともなって出現するダンジョンウインドウ。ミュウにはもちろん見えていない。それの隅には、さっき見た時は気付かなかったが点滅している小さなアイコンがひとつ。不自然に見えない範囲で指を動かし、アイコンに触れる。すると予想の範囲内の一文が表示される。


 それに眼を通して、再度ため息を吐く。やはりと言うべきか、どうやら『彼曰く無敵(ネクストジェネレーション)』を取得した時に、自動的に魔王化が実行されていたらしい。


 スキルの説明欄には書かれていなかったが、この能力限定の効果らしい。お節介なことである。

 つまるところ、新しい魔王とはアルマのことなのだろう。


「だったら初めからそう書けっての......」


「ん? 何か言った?」


「何でもない。それより魔王の場所ってわかってるらしいの?」


 そうは聞くものの、彼女からどのような答えが返ってくるかを想像するのは難しいことではなかった。


「ううん、王宮の人達の能力でも、あくまでダンジョンの場所しか把握できないらしいって」


 そうだろうな。魔王自体を発見できるなら、アルマ自信の家に速攻で来るはずだ。こんなにもたつく必要はない。

 ただ王宮の人の能力ではなくて、秘宝の力のおかげだがな。


 しかしそうだとすると、アルマが魔王化したことによって発生したリスクは、思いのほか小さいかもしれない。

 なぜなら、大抵の場合は場所さえわかれば悠然と、またはひっそりとたたずむ出入り口から侵入できるが、アルマのダンジョンは入り口が(・・・・)存在していない(・・・・・・・)。いや、厳密に言えばあることにはあるが、その扉はどこにあるかわからないし、開け方を知るものはいない。


 そう、アルマのダンジョンの出入り口とは、設置型トラップの『ランダム・ワープ・ドア』、ただひとつである。

 しかしこの罠は非常に使い勝手が悪いため、ダンジョンマスターの中で愛用するものはほとんどいない。


 設置型とは言うものの、召喚すれば放置してても効力を発揮してくれるという親切設計。これで侵入者に対して攻撃のひとつでもしてくれたら、不人気どころか人気のトラップになっていたことは間違いない。

 だが肝心の効果はただの移動系。壁と地面が存在する領域内(・・・)に出現し、開ければダンジョン内(・・・・・・)ならどこかに繋がっていて、閉めれば消える。


 戦力を分断させるために、人を引き寄せる魔術的な効果なんかも無いという体たらくっぷり。この罠、まさに無能。

 さらに罠について詳しく突っ込むと、ダンジョン内を移動するのみで、領域内で開けてもダンジョンの外ならばドアは開かないという。こうなったら、マスターの命令で強制発動させるぐらいしか、使い道は無いだろう。


 そしてダンジョンにもいくつか制約があるのだ。ポイントの縛りによる召喚制限などもそうだがそれの他に、地上と通行可能だという必要がある。

 ダンジョンは地上に出現するのが常識だ。山と重なるようにして出現する場合は、大きな洞窟ができるのと変わらない。その際、山の側面に必ず入り口ができるため、出入り口について悩む必要も無い。


 しかし家や遺跡など、いわゆる人口物が存在する場合は、その部分だけを避けるように、地面を通過してダンジョンが形成されることが往々にして確認される(これは出現する時だけに限ったもので、ダンジョンウインドウを使って人口物を取り込むことも可能)。出入り口は地上にできることは変わらないのだが。


 だがアルマのダンジョンの場所は王国【トプロン】の地下。地上に出る隙間は無い。すると不思議なことに、確認できている中では初めての地下型ダンジョンの完成だ。出入り口は『ランダム・ワープ・ドア』でいい。実際に通行可能かどうかはどうでもいいらしく、移動手段があれば成立するようだ。


 そして完全地下型ダンジョンと、地上では利用不可能な扉。これらふたつが組み合わさった時、誰も入ることさえ、知ることすら叶わない幻のダンジョンが完成する。これがアルマの所有するダンジョンの全貌である。


「アルマ君!」


「ん、どうしたのミュウ」


 気付けば、ミュウが退屈そうな表情でアルマの顔を覗いていた。しばらく一人で考えていたせいだろう。彼女は窓の外に視線を向けながら、あたかもいいことを思い付いたかのように眼を輝かせた。


「ねえ、外に行こうよ!」


 その言葉に窓に首を突っ込んで空を見上げれば、太陽は大きく傾き、綺麗な夕焼けを見せていた。もう少し時間が経てば、この暖かいオレンジ色は、じきに冷たい黒色を描くだろう。


 外に出ても家まで帰ることはできるだろうが、夜の街には危険が多い。それを考慮すれば彼女を自宅まで送っていくのが最善だ。

 とかなんとか理由を並べても、実際のところは自分がどれほどの影響を与えているのか、どれだけの騒ぎになっているのか非常に気になっており、それをぜひともこの眼に収めたい。人はこれを野次馬根性と呼ぶのだろう。


 扉を押し開ければ、一時間ほど前より少し冷たくなった風が通り抜けた。後から来たミュウが、早く早くと急かすように背中を押してくる。

 とりあえず王国の報せを見るために、ギルドがある方に向かうことにした。


 少しだけ殺気だち、なんだかいつもと雰囲気が違う通りを横目に、ギルドまでの道筋をたどる。

 その道程を半分ほど消費して、商売が盛んな通りに差し掛かった時だった。


「見つけたぞ、魔王!」


 その叫び声に周囲の通行人は、一斉にとは言わないが、各々のタイミングで声がした方向に怪訝そうな眼を向けた。

 人は大勢いるのだ。今の声が誰に向けられたものなのか、把握している者はいないだろう。


 だがアルマは内心で冷や汗をかいていた。このタイミングだ、当てずっぽうでなければ、恐らく自分のことかもしれない。

 彼は恐る恐る声がした方に振り返る。


 視線の先には三人の男女がおり、先頭にいる黒髪の男はアルマを厳しい眼で睨み付けていた。これは正体を見抜かれている、完全に確信した。

 しかしなぜ気付かれたのか。いったい彼は誰なのか。そんな疑問がアルマの中を駆け巡る。


 やがて目の前の男の顔と、記憶の中に存在する顔が一致した。精悍な顔立ち、鋭い目付き、そしてなにより黒髪。

 五年ほど前、記録上最後に発生したA級魔王に対して、王国が召喚した勇者(・・)だ。


 並みの勇者だったら問題は無かったのだが、彼にはとある逸話がある。召喚されたその日の内に、数人の仲間を引き連れてA級魔王のダンジョンに赴き、日帰りで撃破したという。A級魔王の撃破に平均で半年ほどかかるということを考えれば、彼の実力の高さが(うかが)える。

 一言で表すならば、彼は正真正銘の化け物である。

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