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なんてことはない、いつもの日常

 青年はまぶたを開く。すると彼の瞳に、窓から入り込んだ日光が突き刺さる。景色は光に塗り潰され、ほとんど白しか認識できない。寝起きの眼には中々つらい物だ。


 しばらくして眼が光になれると、彼にとってはすでにお馴染みとなった天井が見えてきた。

 ここは産まれた時からの家ではない。去年の十八歳の誕生日に借りた家だ。無論借家なため、そこまで綺麗ではないが。


 もそもそとした動きで木造のベッドから這い出ると、彼は鏡の前に立つ。黒髪黒眼、相変わらず見映えのしない地味な容姿だ。せめてこの髪が金色だったら、もっと女性にモテてたかも知れないのに......。彼は輝く金髪を持った彼自身が多くの女性に囲まれている姿を妄想し、一人悦に浸る。


 だが、自分にはこの世の誰よりも可愛い彼女が居ることを思い出し、頭を軽く振って妄想を打ち破る。――しかし、ニヤケ顔は健在だ。


 今日は『予定』があるのでいつもより早めに起きた彼は、三年程前に発売された『アイスボックス』から朝食を取り出す。勿論お金に余裕があるわけではないので、最新作よりも圧倒的に安い初期の型だ。

 このアイスボックス、どうやら『水の魔方陣』を利用して低温を保っているのだが、魔方陣方面はからっきしな彼には詳しい原理は理解できない。


 朝食を食べ終えた彼は、溜め置きの水で顔を洗い、歯を磨く。いつもより時間をかけて、念入りに。


 そしてある程度の身だしなみを整え、後は寝間着から着替えて出かけるだけである。


 彼はしわにならないようにクローゼットに吊るされた服を手に取る。

 手に取ったのは今流行りの服だ。人気すぎて、街に行けば同年代の男達の五人に一人は着ているという、人気デザイナーの話題作かつ、問題作だ。


 彼はそれの袖に腕を通し、鏡に映った自分に眼をやる。


「かっけえ......」


 あまりにもお洒落なデザインに思わずため息と共に言葉が漏れてしまう。実を言うと、彼がこの服を着るのは初めてだったりする。


 なぜなら人気があるため、値段の方もそれなりに高い。『ギルド』でいつもより危険な依頼をこなし、なんとか購入することができたのだ。


 ハイテンションで鏡に向かってポーズをくりかえしていると、街中に鐘の音が鳴り響く。寝てても起きてしまいそうなくらいの大音量だ。

 この鐘がなったということは、九時になったということだろう。約束の時間まであと一時間程あるが、大好きな彼女を待たせたくはない。


 それに、彼女を待ってぼんやりとすごす時間も悪くはない。

 しばらく悩んだ後、彼は結局早めに家を出ることにした。


 ドアを押し開け、家の前の通りに出る。すると風が吹き抜ける。季節のせいか、涼しくて爽やかな風だ。


 彼が穏やかな気持ちに浸っていると、地面を軽やかに蹴る音が断続的に聴こえてくる。


 その音源の方に眼をやると、一人の女性がこっちに向かって走ってくるのが見えた。


「おぉぉぉい! アルマくぅぅぅぅん!!!」


 相手もアルマと呼んだ青年が気付いたことを気取ったのか、手が取れてしまうんじゃないかというぐらい大きく手を振りながら、彼に大声で呼びかける。


「......ミュウ!」


 確かミュウとは、この街では待ち合わせの定番となっている大きな広場で待ち合わせだったはずだ。なぜここにいるのかは理解できなかったが、ミュウの顔を見ることができて嬉しかったのだろう。


 その証拠にアルマの口許も、知らず知らずの内にほころんでいた。


 アルマは身体ごとミュウに向き直すと、両手を浅く広げ、彼女を受け入れる体制をとる。それから柔らかく微笑み、彼女に声をかける。


「ミュウ、早速で悪いんだけど......。君の生脚、ペロペロさせて!」


 そしてミュウが、彼の胸に飛び込ん......――――


「誰が舐めさせるかぁぁあああぁぁぁ!!!! この、変態がぁぁあああぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「ぷべらッ!?」


 ダッシュの速度を乗せたストレートパンチの威力は、女性の持久力に優れる分瞬発力に劣ってしまう筋力を余りあるほどに補い、アルマの頬に突き刺さる。アルマはそのパンチを受け、五メートル程『山なり』に吹っ飛んでいってしまった。


 しかし、吹っ飛ぶほどの衝撃が発生したのにも関わらず、その身体は地面を滑ることも跳ねることさえしなかった。地面に吸い込まれるように停止したその様子は、周りから見れば『不自然』の一言に尽きるだろう。


「あいたたた......。ちょっと、いきなり殴るなんて酷いじゃないか」


 アルマは痛みを訴えながらも、その顔にはアザさえなく、髪型も乱れていない。服にも汚れ一つ見当たらない。地面は石畳に覆われているとはいえ、砂ぐらいついていてもおかしくはないはずだ。


 これだけを見て判断するならば、彼は『怪物』以外の何者でもないだろう。 しかしアルマが無傷で済んだのは、笑顔で怒るという器用なことをしている女性、ミュウのお陰なのだ。


 それも彼女はインパクトの瞬間、風魔法を行使し、アルマに直接拳が当たらない様にしていた。さらに風魔法で彼の身体を包み、移動させることによって吹き飛んでいるように演出した。


 しかもわざわざアルマの頭の周りだけ空気抵抗をなくし、髪型が乱れないようにするというおまけ付きで。


 さらに驚くことに、ミュウは初級魔法しか使っていない。一連の技は、初級魔法で中級並みの威力を実現させ、上級クラスの精度で完成させた。

 例えいくつかの条件がつき、限定的にではあるが『上位スキル』と同等の効力を発する『特殊スキル』を持っていることを考慮しても、これほどのことができるのは、この街では彼女くらいのものだろう。


「――いつも思うけどすごいよな、その技術。流石は――」


 そして彼女はその技術と、暴力的ながらも絶対に『怪我人を出さない』というスタイルに尊敬と畏怖の念を込めて、こう呼ばれていた......――――


「――【優しい拳の持ち主(ツンデレパンチャー)】といったところか?」


「その名前で呼ぶなぁぁぁぁあああぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!」


 ほとんどの通り名が尊敬と畏怖を込められて呼ばれるのに対し、少々の愛と大半を遊び心で構成された自身を表す通り名を耳に捉えたミュウは、肩まで伸びている艶のある茶髪を振り乱して絶叫する。


 そんなミュウに、アルマは半笑いで口を開く。


「ごめんごめん、冗談だよ。ところで何でここにいたの?」


「ぐるるるる......。え? ......あぁ、それはね、アルマ君に早く会いたかったからだよ」


 まるで猫のように唸りながら半目でアルマを睨むが、彼の問いには表情を一転させ、うきうきとした笑顔で彼に答えた。

 そんな彼女にアルマは優しげに微笑んだ。それから彼女の手を取り、さあ行こうか、と声をかけた。


◇◆◇◆◇◆◇


 多少予定は早まったものの、二人は当初の予定であった買い物をするために商業が盛んな大通りを歩いていた。かなり広い道の両側には多種多様な店が建ち並び、空いたスペースにも何の肉かはわからないが好ましい匂いを漂わせる出店が、客を確保しようと必死に声をあげていた。


 まだ朝も早いというのにこの賑やかさだ。これが昼食時や夕飯時になると、今とは比べ物にならないほどの喧騒をかもしだす。


 目の届く範囲には、獣人やエルフや人、それから一般人や冒険者然とした者、商人らしき者までもいた。


「しっかし、ここは相変わらず賑やかだよな。ここまで人が多いと、人に酔いそうだぜ」


「んー? ......ああ、まあギルドがあるからしょうがないよね。ギルドのある場所には人が集まる、人がいる場所には商人が集まる、ってね。当然の摂理だよ」


 辺境の村出身のアルマには、この人混みは中々大変なものだろう。なぜなら田舎では、家の前でコサックダンスを踊ろうが何をしようが、住民からは文句一つ言われない。


 しかしこの国では、自宅前でオクラホマミキサーを踊った途端、道行く人々にぶん殴られるのは当たり前。しかも最悪の場合狂人扱いされ、警備兵を呼ばれることもままあるのだ。


 顔に青あざを作り、警備兵とお知り合いになった数年前の彼が、この結論を一週間で下したのはそう不自然なことではなかった。――都会は恐ろしい所、と。


「あ、それ君の話なんだ!? 何で踊っちゃたの!?」


「......だって、村にいた頃からの日課だったし」


「それでもよく一週間も続けたね!? 普通、通りすがりの人に殴られた時点で止めるから!」


「......なんか、習慣になってたからやらないと落ち着かなくて。それに冒険者になるには折れない心も大事かなぁ、って......」


 アルマの意外な過去に戦慄するミュウ。その表情には、彼の想像外に豪胆な性格と、恐ろしいまでに美しい冒険者魂に対して、尊敬と畏怖の念がありありと込められていた。

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