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『都市伝説』

 『都市伝説』。


 小さく寂れた村にすら少なくとも一つは存在しているそれが、この世界で最も大きく、年中人が行き交ってる王国、【トプロン】に無いはずが無い。

 真偽はともかく、こういった噂話は酒の肴になりやすいものだ。


 現に、先日十九歳の誕生日を迎えたばかりの、この世界ではかなり珍しい『黒髪黒眼』を持った青年。彼が一人寂しくグラスを傾けている酒場でも、そういった類いの話で盛り上がっている男達がいた。


「――――神級魔法ゥ? はっ、流石にそれはありえないだろ。だって最上級魔法ですら放てたら『天才』って呼ばれんのに、それより上があるわけなんか無いだろ!」


「いやいや、マジだって! どうやら『勇者』が使えるらしいぜ?」


 酔っ払っているのか、酒場中に聞こえるくらいの声で騒いでいる、真っ赤な顔をした二人組の中年の男達。片方が熱く語っているのに対し、もう片方はやや懐疑的だ。


「......『勇者』? ああ、確かお前がさっき言ってた......」


「そうそう、数あるダンジョンの中でも最強の選ばれしダンジョンの主、つまり『魔王』の事だな。そいつが世界に宣戦布告した時に、この国【トプロン】に伝わる秘術で召喚される者、それが『勇者』なのだ!」


 背後にドーンという効果音が見えるくらい、自信満々に胸を張る酔っ払い。ろれつは回っていないが、調子よく回る舌は尚も喋ることをやめない。


「じゃあこんな話は知ってるか!? この国で最も有名な都市伝説、――開かずの扉の話について――!!!!」


 そのキーワードを聞いた途端、その話に興味を示すかのように一人で酒を飲んでいた黒髪黒眼の青年の眉毛が動いたが、喧騒に包まれた酒場では誰も気が付かなかった。


「おっ、その話なら俺でも知ってるぜ。この国に常に存在してるけど、存在してる場所が決まってない神出鬼没の扉。しかも見つける事ができても、決して開ける事ができないんだろ?」


「そう! けど噂によると、どうやらその扉の先は冥界に繋がってるらしいぜ......!」


 そう言って、イッヒッヒと気味の悪い笑い声を響かせる男。その正面に座る男は、その笑い声を聞いて顔をしかめている。


 そんな中、黒髪黒眼の青年はゆっくりと立ち上がり、無言でグラスを磨く壮年の男性、この酒場のマスターへと、一般的な銀貨より一回り大きい銀貨を渡しながら話しかける。


「マスター、ごっそさん」


「あいよ、代金は千モアだ。......っと、丁度だな」


 また来いよー、というマスターの気の抜けた声を背に受け、青年は酒場の喧騒を後にした。


 木で出来た酒場の扉を押し開けると、辺りはすっかり夜の闇に染まっていた。夕飯時も過ぎ、街を住みかとしているもの達にとっては就寝が近づいているためか、辺りには帰宅を急ぐ者達がいるだけで人もほとんど見えない。


 夕方から飲んでいたのにもう夜になってしまったのか......と、青年はため息をつく。

 すると、石造りの家々がところ狭しと立ち並ぶ街並みを、冷えた風が吹き抜ける。彼はその身体を小さく震わせ、黒めのコートに顔をうずめる。


 最近は暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は寒い。彼は身体を冷やさないため、早歩きでとある場所へと向かった。




 青年は真っ暗な路地裏を歩いていた。ただでさえ暗いというのに、月の光が届かないため、足下はもはや何も見えない。


 彼は路地裏で足を止め、息をひそめて辺りを見回す。当たり前だが、人がいない事を確認すると、小さく呟く。


「......マスター権限発動。............『転移』」


 彼の身体は、淡い光に包まれる。しかし光が消えた時には、そこに彼の姿はなくなっていた......。




 淡い光に包まれた青年。次の瞬間、彼の眼には全く違う景色が映っていた。  彼の眼に映った物......。それは高さ四メートルほどはある、巨大な壁だった。


 この壁は、王国【トプロン】を魔物の脅威から護るために、【トプロン】を囲うように建てられている。強度を保つため、余計な装飾などはされていない。それがまた見るものに無骨な印象を与え、不思議な威圧感をもたらしている。


 それは、青年の正面にある壁も例外ではない。だが彼は決して怯まず、辺りを慎重に見回す。


 いくら大国といえど、ここは壁の外側。しかも日の替わりも近い。短く生えた草原と、木がまばらに生えるだけで、人影は一切ない。

 彼は人がいない事を確認すると、再び小さく呟く。


「......マスター権限により、任意型トラップ『ランダム・ワープ・ドア』を強制発動。行き先はマスタールームに指定」


 ポワーと、またもや淡い光が溢れ出し、辺りを薄く照らす。今度は青年ではなく、彼の目の前の壁をおおっている。


 光が止むと、辺りを再度闇が支配する。目の前の壁には、信じられない事に『一つの扉』が現出していた。

 横に長く伸びた壁の中、忘れ去られたかのようにポツンと寂しく存在している『それ』は、恐ろしいほどの違和感を生み出していた......。


 青年がぼそぼそと何かを呟くと、扉から金属同士がこすれる耳障りな音が聴こえ、触ってもいないのに扉が開く。

 その扉をくぐると、小さな部屋に出る。


 その部屋には、宙に浮いていて『黒く輝く拳大の大きさの球体』と、その球体の前に背を向けるようにして置かれたやたらと豪華な椅子。そして先ほどの扉とは違う、どこか禍々しさを感じる扉しかなかった。

 良く言えばシンプル、悪く言えば面白味のない部屋だ。


 土の壁のため、『洞窟』と言われれば信じてしまうような部屋にはやたらと不釣り合いなほどに高級そうな椅子に、青年は馴れた様子で座る。


「......ダンジョンウインドウ、『オープン』」


 彼以外には誰もいないため、一見すると一人言にもとれる。しかし、その一人言に反応するかのように、彼の目の前に青い半透明な板が現れる。


 板には『網』のような絵が描かれていた。

 そこには無数の『白い点』があった。ほとんどの『白い点』は動いていないが、一割くらいの点は動いていいる。それだけでも十分に不思議なのだが、さらに不可解な事に網目の穴の部分、つまり壁であるはずの部分を『白い点』は当たり前のように通過し、通路を横切っている。


 それは理解できる者が見れば、思わず眼を見開いてしまうだろう。なぜなら『白い点』は人間を表し、モンスターを意味する『赤い点』が一つもないのだから......。


 おおよそ『ダンジョン』とは言えない代物を見ても、彼は眉一つ動かさない。


「......ダンジョンステータス、『オープン』」


 すると、宙に浮く青い半透明な板から『網』の絵が消え、代わりにいくつかの文字と、無数の数字が浮かび上がる。 ダンジョンネームという文字の下には、『無し』と書かれている。


 また、ダンジョン形態という文字の下には『初期ダンジョン』、ダンジョンLVの下には『LV1』と書かれている事から、このダンジョンは駆け出しで、まださほど強くはないのだろうという事がうかがえる。

 しかしダンジョンポイントという文字の下には、誰もが羨ましがるような、そしていささか『異常な数値』が表示されていた。


 一番左の数字は九、単位は千億。表示されている数字は、百億以下を切り捨てると900000000000だ。彼はそれを見て、果てしないな、と思う。


 一番右の数字は、昼間に比べれば緩やかだが、それでもそれなりの速さで変動している。


 そもそもこれほどまでの膨大な量のポイントを集めて、青年は何がしたいのだろうか。これがただの倹約家だとか、貯蓄オタクだというのならまだ可愛げはあった。


 しかし彼はある目的のためだけに、実に『三年』もの時間をかけて用意したのだ。

 そのポイントは、彼の恐るべし計画のプロセスになるのだ。


「......クフフ、あと少しだ......。......あとほんの少しで、俺の計画が実現する......! ......あはっ、あははは......あはははは!」


「あははははははははははははっっ!!!!!」


 彼は嗤う。己の計画が実を結んだ時の事を妄想して。


 その計画をどう思うかと聞いたら、十人中九人が口を揃えて『狂っている』と言うだろう。


 だが、彼は自分の事を正義だと思っている。『計画』が世界を正しい方向に導いてくれると信じている。


 正しいと信じているから曲がらない。故に救えない。


 もし彼の計画を止めたければ、起こりもしない奇跡を神に祈るか、彼が手にする力をも上回る絶対的な力で叩き潰すか。

 それとも、彼の中にほんの少しでも『良心』がある事を祈って、彼の振りかざす正義に怯えながらひたすら息を殺して待つしかないだろう......。






 これは、己の振りかざす正義という名の『エゴ』を貫くために戦う、彼、彼女らの軌跡を描いた物語である――――――。

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