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作者: 大蒼空輝

ここ数年、小坂市では行方不明者が増加している。

短ければ年内に二人や三人だが、長いスパンを空けて一件などという例もあった。

烏丸志織はモニターの前でうんと伸びをした。

新人警察官がすることというものには、割と雑用も多いのだ。

もちろん、捜索願いは出ている。ただ、最初の一件から誰一人見つけられていない。

目撃情報が全く寄せられず、いたずらに月日が過ぎるのみだ。

被害者の年齢も上から下まで様々だ。最年長で72歳。

それだけならば、山などで遭難したと思われるだろう。

しかしながら、遺体が出てこないのだ。白骨化しているものさえ見つからない。

世間はまた、ああだこうだと自分勝手に噂しているに違いない。当事者の心情など考えもせずに。

「あーやだやだ。もうニュースなんて見たくない」

どこそこで殺人があった。或いは事故があった、なんて警察官になる前から耳にするもの。

そういった事件に「最近多いね」と話題にしたのも昔のことだ。

烏丸はもう、それを解決せねばならない立場にいる。

「その気持ちはわからないでもないわー。マスコミに責められてる気がするよね」

「でしょー?」

同僚の同意ほど欲しいものはない。

それでも、烏丸たちは地道に捜査していくしかない。文字通り草の根を掻き分けてでも、だ。

「おい、また行方不明者が出たぞ。これで何件目だ、全く……」

「本当ですかあ?」

げんなりした上司のオーラに、烏丸は吐く真似をしそうになった。

デスクにバサリと広げられた資料には、二人分のデータ。一条という姓の夫婦だ。

「今度は夫婦揃ってですか。初めてのケースですね」

これまで行方不明者たちには、直接の関連がなかった。

同じ市内でも住んでいる地区が違えば職場も違い、面識のない者たちばかりだ。

これを調べない手はないだろう。

早速、行方不明者リストに追加する。

さしあたって、職場における人間関係を洗わねばなるまい。それに近隣住民との交流もだ。

「それじゃ、ひとっ走りして来ます!」

スマートフォンとアナログなメモ、両方を捜査鞄に突っ込んだ。

モニターが真っ暗になったところを見届け、烏丸は駐車場に走った。

私用車を走らせて向かうは、一条夫妻の住所。数年前に塗り直された集合住宅だ。

ちょうど4時に差し掛かる頃だからか、小さな公園で遊ぶ子どもたちの姿もまばらだ。

アパートに備え付けてあるポストを確認すると、当然ながら投函物だらけだ。

はみ出したチラシは今にも落下しそうな程。

管理人に断って、部屋番号に該当するマスターキーを借りた。

一条夫妻の名を見つけるまでもなく、その場所は歴然。

扉にある新聞受けからも、大量のチラシが覗いていた。

鍵を差し込み、解錠する。はずが、鍵は開きっぱなしだ。不用心にも程がある。

中は荒れ放題だ。ゴミがあちこちに散乱し、足の踏み場を探すにも一苦労する。

バーコードの着いたゴミを拾い上げてみると、

わりと最近まで生活していたことがわかった。鮭にぎりと書いてある。

「お姉さん、どうしてここにいるの?」

急に現れた気配に驚き、酒瓶を蹴倒した。

体格からして10歳前後の少女が、おずおずと烏丸を見つめていた。

赤みのある髪色は、生まれつきのものだろうか。

「あなたのご両親を探しに来たのだけど。どこにいるのかな?」

「こっちだよ!」

少女はあっという間に部屋の奥へ消えてしまった。

烏丸はゴミを乗り越え掻き分け、後を追った。

まず目についたものは、やはりゴミの山。

そして開きっぱなしのクローゼットだ。その向こうにまた部屋が続いている。

烏丸は目を疑った。アパートの構造上、その先に部屋はあるはずがないのだ。

そんなクローゼットの向こうから、女性が血相を変えて飛び出してきた。

「た、助けて! あんな子私は知らない、知らないの!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい!」

女性が精神的に参っていることは、一目でわかった。肌もやや荒れている。

「やっぱり。私、もうバケモノなんだね」

少女は少し悲しそうに呟いた。よく見れば、少女の服は背丈にあっていない。

大人のTシャツを代わりにしている状態だ。

ネグレクト。この少女はずっと以前から、両親に見捨てられていたのだろう。

烏丸は連絡用のフィーチャーフォンを片手で開いた。

「すみません。病院を手配しておいてもらえますか。一条さんの奥さんを見つけましたので」

「びょういん……私も行っていい?」

心配そうに見上げる少女に、微笑みながら頷いた。

どちらにしても、この少女も診察してもらう必要があった。

「わかりました。それでは一条さん、私の車に。ええと……」

「深紅、だよ」

「ミクちゃんも。その格好だとちょっと困るから、違う服にしようか」

女性は何かが相当耐えかねたのか、車内で自らの罪状を白状した。

彼女には確かに一人娘がいたこと。

その娘には食事こそ与えたものの、ずっと友人と遊び惚けていたこと。

それでも、烏丸の見つけた少女は知らないと言った。それを信じて欲しいとも。

深紅と名乗った少女も、どこか諦めた風に反論をしなかった。

自分はバケモノになってしまったからと、会った時にも告げた言葉を口にした。

結果を言えば、二人とも命に別状はなかった。

母親の肌荒れもストレスから来るもので、栄養状態は悪くなかった。

あとは深紅に事情を聞くのみだ。何故己をバケモノと呼ぶのか。

何故母親の言葉を否定しないのか。十分に人払いをし、二人きりの部屋で向き合った。

「深紅ちゃんがバケモノって、どうしてなの?」

「最初は私の周りで変なことが起きたの。それでお父さんは死んじゃって」

「変なこと?」

深紅は深く頷いた後、部屋の中を見回して椅子から飛び降りた。

それから大きな観葉植物に走り寄り、妙に力んだかけ声をあげた。

現れたのは巨大な紅の顎。それともそれは、ドラゴンと言うべきだろうか。

ハサミの刃が擦れ合う音をたてて、大アゴを開いた。

観葉植物は赤竜に飲まれ、顎と共に消えてしまった。

「え、ええっ!?」

「ね。私、バケモノなんだよ」

悲哀が瞳に浮かぶ。

きっと深紅の母親は、これを見て「バケモノ」と言ったのだ。

そして恐らくはその時に、深紅の父親が死んだ。

深紅はもう一度気合いを入れて、元あった場所に観葉植物を戻してみせた。

「悪いことだってわかってた。

でも、お母さんにわかって欲しくて。ずっと側にいて欲しかったんだ」

烏丸にはまだ状況を受け入れきれなかった。

これが人知を超えた現象だとは思いながら、否定したかった。

恐ろしくてこの場から逃げ出してしまいたかった。

けれど烏丸がここで逃げてしまえば、深紅はまた独りぼっちだ。だから。

烏丸は勇気を振り絞り、深紅の体を抱き締めた。

子どもらしい体温が直に伝わってくる。柔らかくてとても小さい。

「お姉さん?」

「もう誰にも見せちゃダメよ」

「……うん、わかった。約束する」

深紅は涙声になっていた。

無理もない。構って欲しかった母親にバケモノ呼ばわりされれば、トラウマにもなる。

幸いにして、深紅の起こした現象は、深紅自身がコントロール可能だ。

問題はこれから。さしあたって、深紅の身元引受人を探さなければならない。

烏丸はまず児童相談所に連絡を取った。

ネグレクトを受けていたことを話せば、相談員の対応は早かった。母親が認めたことも大きい。

市内ですぐにでも保護できるという施設を紹介された。

その経営者である大庭真知子と会うため、アポイントも合わせて取った。

「深紅ちゃん、これからあなたが暮らすことになるだろうところに行くね」

「お母さんはどうなるの?」

「少なくとも、一緒には住めなくなると思う」

事情聴取ではあの裂け目についても話すだろう。

あの錯乱状態は、深紅の力を見たからとしか思えない。

そして間違いなく病院送りか、親権をはく奪されることになるだろう。

「大丈夫。そこにいるお婆さんは、地元でも優しい人だって評判みたいだから」

「ん……」

深紅は不安からか、うなずきながらも少し強めに手を握ってきた。

上手く施設に受け入れられても、しばらくはこの少女に会いに来た方が良さそうだ。

ああ、でも事件は結局進まず仕舞いか……。

深紅の年頃ではそう遠くまで歩けない。他の行方不明者をこの少女のせいと思うのは無理がある。

烏丸はため息を吐きたい思いを堪え、深紅の手を引いた。





施設内の雰囲気は思っていた以上に明るかった。

烏丸が執務室に通されるまでに、子どもの笑顔をいくつも見た。

各々が遊び、走り、好きなように好きな場所を使っていた。

「こんにちは。あなたが烏丸刑事ですね」

「はい。この子がお話しした一条深紅ちゃんです」

緊張した面持ちでいる深紅を見て、真知子は優しく微笑んだ。まさしく淑女と呼ぶに相応しい。

この老女だからこそ、多くの人望を集めている。それが一目でわかった。

「深紅ちゃんは兎みたいね。目がくりくりしていて可愛いわ」

「ウサギさん?」

「そう、綿毛しっぽの兎さんよ」

深紅はやや頬を赤らめた。自分を落ち着けようとしたのか、烏丸にぴったりとくっついた。

「ふふ。随分懐いていらっしゃるのね」

「ええ、まあ」

それはある種刷り込みのようなものだろう。

長い間冷遇されてきたところに、優しく労る人間が現れた。

それに助けを求め、頼ってしまうのは自然なことだ。

加えて深紅は、まだ両親の庇護が必要な年齢にある。

だからこそ困ってしまう。烏丸は職業上、何日も同じ仕事に携わる可能性がある。

その間会えないことが、また深紅の心に影を落としはしないかと。

「ご心配には及びません。彼女を不安にさせるようなことは、致しませんわ」

「はい、お願いします」

烏丸は深く頭を下げた。同時に、少しだけ恥ずかしくなった。

この施設を運営している以上、深紅のような子どもたちを大勢受け入れてきたはず。

そんな真知子を烏丸が信頼せねば、深紅に余計な不安を植え付けかねない。

「深紅ちゃん。このお婆さんの言うこと、ちゃんと聞いてね?」

「どこか行っちゃうの?」

深紅はやはり、まだ離れたがらない。

幸い緊急の呼び出しがかかってこないため、居残ることもできる。

だが、長居をしたとしても今日夜半が限界だ。翌日にもすべきことは目白押しにやってくる。

だから、烏丸には体の良い理由を口にするしかなかった。

「仕事があるからね」

「っ、や……」

深紅の顔が歪んだ。そして周囲も歪む。

「だ、お願い、いなくなっちゃやだ……!」

またしても、ハサミで紙を切り取ったかのような音がした。

それもそのはず。それまで烏丸がいた執務室は様相を変えていた。

足元には柔らかく弾力のある薄桃色。

もこもこの巨大マシュマロが天井にも壁にも、一面敷き詰められていた。

雲の上を歩けたならば、このような光景だろう。

「あ……違うの、そんな、つもりじゃ」

深紅は酷く青ざめていた。それで何が起きたかを理解した。

深紅の摩訶不思議な力が、この空間なのだ。

烏丸が初めて空間の裂け目を見た時には、その中のことなど考えてもみなかった。

同時に、深紅の母親がクローゼットから出てきたことを思い出す。

あれはもしかすると、この空間がクローゼットと繋げられていたからではないだろうか。

「まあまあまあ。そう、そういうことだったのね」

自分のものでもない声に、ハタと気が付いた。

ほぼ真横に真知子がいる。深紅の力に捕らわれたのは、烏丸だけではなかったのだ。

不味い。

心臓が激しく唸っている。どうやっても言い訳ができない。

烏丸もこの現象を完全に理解したわけではない。初めて見た真知子ならば尚更だ。

どうしたらいいの?

真知子は進んで深紅の前に屈み込んだ。

そして恐怖で体を竦ませた深紅に、にっこり笑いかけてみせた。

「私たちを元の場所に戻せるかしら?」

「え、あ……」

深紅は戸惑いつつも、確と頷いた。それから空に手を伸ばし、何かを掴む。

今度は扉の開く音。世界は瞬く間に執務室へ戻っていた。

これは異なこと。真知子は全く恐れることなく、

しかも深紅がそうとわかったかのように対処してみせた。一体この人は何者なのだろうか。

驚く烏丸を置いて、真知子はデスクの方へ足を向けた。

そこに置かれた小さなシェードランプの紐を引く。

ランプの明かりは点かなかった。代わりに、遠くから誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。

執務室にやってきたのは山高帽の男性だ。

「呼びましたかな、真知子さん」

「ええ。この小さなお嬢さんがそうよ」

「そうか、こんな小さな子まで。とにかく、優しい方に見つかってなによりだ」

男性は帽子を取り払い、烏丸に会釈した。電灯に照らされて、癖毛が金色に透けた。

「私は筑紫善史。この子と同じクラフトオーナーなんです」

筑紫は指先から光の紐を出現させ、空中に名前を書いてみせた。

まるで何かのファンタジーのようだ。

試しに自分の頬をつねってみれば、しっかり痛みがある。これは間違いなく現実だ。

「クラフトオーナー?」

「便宜上、この能力の総称が必要だったもので。

その使い手だから、クラフトオーナーというわけです」

「なるほど……」

敢えて超能力だとか、異能だとかと呼ばなかったのかはさておき。

何故筑紫はこうして姿を表し、あまつさえその能力を明かしたのだろう。

それに、真知子はどのように彼らと知り合えたのか。疑問は尽きない。

「ああ、積もる話は後に。

我々もそろそろ、警察関係者から協力者が得られないものかと思っておりました」

「協力者って、何のために?」

「当然、クラフトを悪用している人間もいるということですよ。

私が会った者だけで、二人います」

烏丸は息を飲んだ。

その可能性は考慮できたはずだった。

通常の人間が持ち得ない力を獲得した者は、必ずそれを利用することを考えるだろう。

深紅がクラフトを用いて、母親を閉じ込めていたように。

烏丸の担当は行方不明者の捜査のみではない。

市内で起きた事件や事故にも、手が足りなければ向かうことになる。

だが、そこにクラフトオーナーが関わっているかどうか、判断する材料があるだろうか。

ううん、その心配は後回し。

烏丸は自らの憂慮を払拭した。

筑紫の言い方からは、クラフトオーナーがどれだけいるか把握できていないことが汲み取れた。

善人ならばいざ知らず、悪人であれば放置できない。

「事情はわかりました。私がどれだけ力になれるかはわかりませんが、

不可解な事象があった場合にはお知らせします」

「ありがとう。正直、信じてもらえないと思っていたんじゃ」

筑紫は感激のあまり丁寧語ではなくなっていた。

しかし烏丸は別段気にせず、求められるまま握手に応じた。

その半年後、己もクラフトオーナーになる事件が起きることなど、露ほども思わずに。

実はこれ、漫画の描き方っていう本の助言もあって書いたものだったりします。登場人物の性格を固めるには、一度危機的状況に置いて行動させると良い、って内容だったと思います。小説にも応用できないかとやってみましたが、想像以上に手ごたえがあった気がします。

とは言え、これを連載物にできる自信がないんですけどもw

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