5話・急襲
「大変な事態」というのは、世の中どこにでも転がっているものである。
サーバーメンテナンス
料理の失敗
交通事故
悲しいニュース
無論その中には「害虫進入」というものも含まれるだろう。
ハエやゴキブリ、時として鼠や蛇が入ってくることさえある。
無論26世紀でもそんなことはよくある。
しかし、問題なのはそのレヴェルが違うと言うことだろう。
―樹海雷魚襲来から3週間後 マンション703号室 6:30 死恋―
「…朝か…ってディノエンペラーズまでまだ30分あるなぁ。
つっても寝過ごすの怖いからなぁ…起きとくか」
と、ベッドから立ち上がり身支度をしようとしたとき、窓辺に何かの気配を感じる。
「何だ…?
!!!」
死恋は一瞬現実を疑った。
ベランダにはこの世のものとは思えぬ全長4mの巨大魚が突き刺さっていたのだ。
一般人なら悲鳴を上げるところだろうが流石死恋、硬直で済ませている。
想像出来るだろうか?
体中銀色のとても硬い鱗に覆われており、翼のような胸鰭を持つ全長4mの飛魚。
それが窓に突き刺さっているのである。
「…砲弾怪魚か…食ったら美味いんだが、此処からどう運ぶかなんだよなぁ…。
ついでに皮の処理とかめんどいし」
と、さっさと身支度をすませてTVの電源を入れようとした瞬間。
《Vメールが届いたよぅ》
携帯電話からそんな着信音がした。
音声を録音して相手に送信できる、「Vメール」だ。
差出人は「コジ先輩」
死恋はこの名前に覚えがあった。天空大陸に住んでいた頃とても仲の良かった虎型CBで、死恋の職場の先輩だった。
死恋より前に正義感から法を犯して地上に落とされた。
死恋はTVの電源を入れると、懐かしい声が響いて来る。
その内容とは、こうだった。
件名:死恋!元気か?
死恋、お前が地上に自分から降りたとつい最近聞いて最初は驚いた。
何でわざわざこんな危険な場所に自分から入ってきたんだ?
まぁ、そんな事は良しとしよう。お前は天空大陸時代から独創性の強い奴だったからな。
さて、本題に入るが俺は地上に降りて直ぐに武器の店を開店した。
その名も「井上武装」だ。
金属の他に、魚の鱗や鳥の羽を使って様々な武器を生産したり改造できる。
樹海雷魚を倒したと聞いたときピンと来た。
集められる限りいろんな動物の皮や骨をかき集めて、それを暇な時で良いから持ってきてくれ。
その後アニメ1本、特撮2本を見終えて朝食を済ませた彼は急いで飯店へ向かった。
―雌狐飯店―
「…というわけで、暇な時に先輩に挨拶に行きたいんだが」
すると他のメンバーは、
「いや、竜さん居ないと店の周りの見張り体制が疎かになりますし」
と、雨霧。
「確かに死恋の担当は俺達と違って毎日必然的に居なきゃいかんなんつー事はねーけどさ」
と、血徒。
「他に代役雇うにしてもねぇ…死恋くらい強いコこの辺に居ないから…」
と、三日月。
「ッフー…やっぱ駄目か。
んじゃ俺、仕事行って来るわ。店長、今日の昼飯は久々にナポリタンが良いですね」
「そう、作っとくわね」
―
何時も通りの展開の筈だった。
しかし、そいつは急にやって来た。
…Zゥゥゥゥゥン…
…Zゥゥゥゥゥゥゥゥン…
鈍い音と地響きが周囲の大気を振動させる。
嘗ての地球、現在と似た環境の中生代・ジュラ紀にて。
現在では樹海と化した北アメリカに居た、最大の恐竜にして陸棲脊椎動物。
植物食爬虫類・地を揺らす蜥蜴
それに似た、26世紀の地球における最大の陸棲動物、巨躯亀。
それの一家が、飯店に接近しつつ有った。
そして、それを追うのものも1つ。
―
地響きに最初に気付いたのは、店の常連である雄牛と雄熊のコンビであった。
「おい青鬼よ、何か地響きがしないか?」
全身真紅の雄牛・赤鬼は、相棒に聞いた。
「奇遇だな赤鬼よ、俺もその地響きとやらを感じていた所だ」
青い毛の雄熊・青鬼は答える。
「そうか。
それはそうと青鬼よ、出来れば俺の勘違いであって欲しいのだが、地響きが三日月殿の店に向かっているようには感じないか?」
「奇遇だな赤鬼よ、俺もそう思っていたところだ」
「そうか、青鬼よ」
…
暫しの沈黙
…
「そういえば青鬼よ、以前俺達が遭遇した、亀のような大きな生き物は名を何と云った?」
「忘れたのか赤鬼よ?巨躯陸亀…片仮名でネオセイズモスと云う筈だぞ」
「そうか青鬼」
「しっかりしてくれ赤鬼。
ところで、あの亀がどうかしたのか?」
「そうだな。俺は今、あの地響きの方角から、ある一つの最悪の出来事が起こってしまうのではないのかと心配しているのだが」
「奇遇だな、赤鬼よ。俺も今、そういった心配をしていたところだ」
二頭の心配事。内容は全く同じだった。
予想出来た読者が殆どだろうが、即ちこうである。
複数の巨躯陸亀が雌狐飯店へと向かっている。
「阻止するぞ、赤鬼よ」
「報告が先だろう、青鬼よ」
二頭は走り出した。
しかし、この事件の真相とはこの2頭でさえ考えていなかった程恐ろしい事態だった。
―雌狐飯店屋上部・死恋―
地響きは既に飯店に近づいていた。
それは居眠りしていた死恋を起す程のもので、彼はようやく異常事態に気がついた。
「…ん?
何だこの地響きは………………まさか、
ッ…ネオ・セイズモス…。
何で…何で此処にぃっ……ま、まさか!」
死恋は店内へと怒鳴った。
「逃げろ!
地上最強肉食爬虫類が来やがった!
デカイ亀で踏み潰されんのから逃れられても、奴に食われて確実に死ぬ!
店長、雨霧、血徒!
早く逃げてくれ!」
店の中は静まり返った。
どんなに凶悪な生物が着ても動じず、冷静に対処していたあの死恋がここまで必死になっているのだ。
ミカヅキ達はおろか、客達でさえ判っていた。
数々ある死恋の面白い過去話の内、彼が陸であった事を話す時に唯一真顔かつ真剣に話していた生物と言えば、アレしか思いつかなかったからだ。
巨躯大牙
またの名をネオレックス
其れは、地上に確認されている内、最も恐ろしいとされる生き物。
ある者はそれを最強の破壊兵器と例え、
ある者はそれを攻撃性に骨と肉と鱗を与えたものと言い、
ある者はそれを自然界の力による恐怖の内最も恐ろしい存在と呼ぶ。
陸上最強の肉食動物。