コンビニで嫁(男)を釣ってしまった
菰田夕子はその日一日中いらいらしていた。会社で大きなミスをした新入社員に濡れ衣を着せられたのだ。幸いにその社員は初めから信用がなかったので夕子の無罪は証明されたのだが、だからといって水には流せない。だからなのかその日が終わる時に立ち寄ったコンビンの店員にやつ当たりをしてしまった。
夕子はむしゃくしゃして眠れなかったので深夜のコンビニに酒とつまみを買いに行った。
「らっしゃーせー。」
いかにも眠そうな大学生くらいの店員がいた。それから少しずつ夕子の苛々のゲージがたまっていく。
まず、レジ打ちのときに商品を落としても「あー。」と言うだけで謝まらない。袋に入れるときももたもたしている。終いにはお釣りが明らかに足りないと、いつもなら静かに注意しただけだったかもしれないが日が悪かった。ついに夕子は爆発した。
「なんなのよ、あんた!見てると店内にはあんたしかいないようだから、1人で店を任されてたんでしょ?深夜だからって気ぬいてんじゃないわよ。仮にも給料もらってんでしょ。だいたい、何回も失敗してんのに謝ってないわよね。そんなんじゃ社会ではやっていけないわよ。それに世の中何考えてるか分かんない人も大勢いるんですからね!私なんかより怖い人なんてたくさんいるんだから、このまま客に失礼な態度取って怖い目にあうのはあんたよ!」
そこまで大声とすごい剣幕で言い切った夕子はぜーはーはーと息切れを起こしていた。対して店員の方は完全に眠気が覚めたようで、呆気に取られている。
そこにあまりに大声が聞こえたので店長が裏から来たようだ。
「う、うちの店員が何かいたしましたでしょうか?ど、どうしたの内野君?」
どうやら店員は内野というらしい。名札にも書いてある。
「あ、えーと…。」
「商品落とすしお釣りが間違ってるのにこの人謝らないんです。ここの教育はどうなっているのですか?」
「申し訳ありません、ですがこの者も新人な者ですからまだ慣れていなくて。ほら、君も謝って!」
「本当にすみませんでした。」
今度は本当に謝ってくれた。心からかは分からないが、それでも夕子も少し冷静になれた。
「今後気をつけてもらえればそれでいいです。あと、新人だからっていうのは理由にならないと思います。きちんとそちらで教育していればミスも回避できますから。」
「あ、ありがとうございます。本当におっしゃる通りで、こちらも一層努めていきたいと思います。」
店長がほっとした様子でそう続ける。
「ありがとうございます。」
淡々と内野も続けた。
「で、お釣りがあと1000円足りないんですけど。」
そう言ったらすぐに店長が用意してくれたのでそれを受け取ってアパートへと帰った。立ち去り間際に再度2人に頭を下げられた。
帰り道、大声を出したおかげか夕子はスッキリしていた。あのコンビニには行きづらくなったが、別にコンビニはいくらでもあるのでそちらへ行こう。どうせもう会うこともないだろう、そう思っていたのに。それからもうそのことを忘れていた2年後にあの店員の内野に再会してしまった。
「新人の内野篤といいます、まだ全然分からないことだらけですがどうかよろしくお願いします。」
今日、夕子の部署に新人が3人入ってきた。そのうちの1人が妙に夕子の方を見てくる。
(はて、どこかで見たことあるようなないような?)
だれだか分かったのは歓迎会のときだ。隣に座った内野が話しかけてきた。
「菰田さんですよね、俺内野といいます。俺ずっと菰田さんに憧れてたんです!」
「へ…?どこかで会ったことあるっけ?」
「はい!実はコンビニで失敗続きの俺
を叱ってもらったことがあります。」
「あー、私が深夜のコンビニで怒鳴っちゃったやつ?ごめん、でもあんまり覚えてないんだ。」
「そうですよね。でも俺は今でもはっきりと覚えてます。実はこの会社に入ったのは菰田さんがいたからなんです。」
「?そうなの?それにしても私がよくこの会社で働いてるって分かったわね制服も着ていなかったでしょ。」
「菰田さんは知らないでしょうがアパートが同じなんです。それで顔もよく覚えてて、偶然この会社に入っていくところを見たのでここで働いているんだなって。」
「えっ、そうだったの?全然知らなかった。じゃあ、ずっと私のこと知ってたの?」
「はい、でもあの日コンビニで会わなかったら気づきもしなかったと思います。」
「あ、そう。で、あれから少しは成長できた?私は厳しいからね。」
「はは、もちろん、どんなに厳しくても食らいつけるくらいには成長できました。これも多分菰田さんのお陰です。」
「あの時のことあんまり覚えてないけど、君のやる気のなさはなんとなく覚えてるわ。」
「いや、ちょっと言い訳がましくなるけど、あのときは大学で疲れててすごい眠かったんす。それにあんまり場数踏んでなかったんで。店長もちょっと放任主義なところあって。いい人なんですけどね。でもあの時菰田さんに注意されたおかげで店長も熱心に教えてくれるようになりました。」
「おお、それは良かった。私もあのときはむしゃくしゃしてたのよね。言っとくけどいつもはあんなに怒んないのよ!」
「えー、そうなんですか?怒っていいですよ、俺マゾっ気あるんで耐えられます!」
「ぷっ、何それ。というか私としては怒らせないで欲しいのだけど。」
ちなみにその時歓迎会とは名ばかりで皆デロンデロンに酔っぱらっていた。
もう、これ以上飲んでも大変だろうと、誰が言ったかお開きになった。なので2人も集金係に金を渡し、外へと出た。
「案外、この会も短かったっすね。」
「みんな馬鹿ばっかだから。加減ってもんを知らないのよ。」
「菰田さん、これからどうします?」
「どうするって帰ったら寝るだけよ。」
「あの、もしよかったらなんですけど、もっとお話しませんか?」
「話?まだ何か話すの?」
夕子は正直言うと早く寝たかった。
あ、あの、と言うと内野は周りをキョロキョロしはじめた。周りにはまだ同僚がちらほらいた。どこか肩を落とした内野。
「じゃあ、アパートも一緒のことですし、一緒に帰りながら話します。いいですか?」
「ん?うん。そういえばそうだったね。」
というわけで、一緒に帰ることになったが、言い出しっぺの内野が全く喋らないで足早に歩いていく。夕子も体力はあるのでついていけているのだが。
そうしてしばらく歩いてからなんとなく聞いてみた。
「内野君?なんでそんなに早く歩くの。」
「へっ?早かったですか?すみません、早くあの場を離れたかったので。」
「いや、まあ、私もついていけるからいいんだけどさ。あ、そっか、一緒に帰るとこ見られたら噂になっちゃうもんね。」
内野は眉毛をハの字にして情けない顔をしてから
「菰田さんは俺とは噂になりたくないですよね。」
「まあ、できることならだけど。というか、君が噂になりたくないんじゃないの?」
「俺はどっちでもいいです。それより、俺、菰田さんと本当に恋人になりたいです。」
「…どういうこと?」
「だから、俺、その、菰田さんが好きなんです!」
「はあ!?え、だって、会って間もないのに。」
「それでも、今までは憧れてるだけだと思ってたんですけど、今日話してみて分かりました。夕子さん、可愛いしかっこいいので、俺ドキドキしています。」
「か、可愛い…?どこが?しかも名前呼び…。気のせいよ!うん、きっとそうだってば。」
「だったら、試しに付き合ってもらえませんか?」
「付き合う…?」
「ええ、あっ、もしかして、彼氏さんとかいるんですか!?あー、なんでそのことに気づかなかったかな、自分。」
「あ、いや彼氏はいないけども。」
「ホントですか!?うわあ、よかったー!で、付き合ってくれませんか?」
心底安心したようだ。しかも目がすごい真剣。押しには弱い夕子は結局折れてしまった。
「…わかった。でも、試しだからね。キスとかそれ以上はなしよ!」
「はい!」
といって抱きつく内野。まあ、抱きつくくらいいいかと許してしまった夕子であった。
それから、それから。なぜか内野は夕子専属の主夫のようなものになった。料理も一人暮らしをしていたので慣れているし、掃除洗濯などの家事もばっちりこなす。仕事面は新人なので他の新人並みに役に立つというか立たないというか、まあ熱意はあるので昇進もできなくはないだろう。
ひょっとしたら優良物件を拾ったか!?気遣いはあるし、顔は悪くない、家事はできるし、優しい所も多々ある。仕事で昇進できなくても私の給料だけでも貯金いっぱいあるから生活できるだろうし、篤くんだったら嫁にもらって主夫になってもらえばいいかなと思う夕子であった。
「夕子さーん、大好き!」
「はいはい、私も。篤くん好きよ。」
「ほんとっすか!俺すっごい幸せもんです!」
(私の方が幸せなんて言ったら調子乗るだろうなー。)
約4日で仕上げたのでミスとかあったら申し訳ない…。