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静まらない怒り

 レキ・アースガルは怒りを静めるために煙草を吸っていた。けれど目の前に煙る紫煙が鬱陶しくなってすぐに灰皿に押し潰した。

 あまり怒りを露にしない彼だが、今は珍しく腹立たしさが動作や表情に表れている。

 ガラステーブルには水晶玉が置かれている。魔導士が使う通信機のようなもので、レキは非魔導士であるために水晶玉本体に魔力が込められている仕様である。

 レキはソファに腰を下ろし、今は機能していない水晶玉を眺める。

 十分ほど前までは、そのガラス面に血相を変えた宮上家当主、宮上武人みやうえたけひとの姿が映し出されていた。

 ――思い出すだけで腹が立つ……。

 宮上氏は我を忘れた様子でこう報告してきた。

『い、い、いいイドゥンのリンゴが……その、紛失、しま、して……!」

 話を聞くと、イドゥンのリンゴを書斎のテーブルの上にフルーツの盛り合わせと共に飾っておいたところを、何者かに盗まれたという。いったいどういう神経をしているのだと、レキは憤懣やるかたなかった。一年もかけて探した宝物を扱う者のすることとは思えない。

 けれど、その暴挙には理由はあった。

 イドゥンのリンゴには魅惑の呪いがかかっていたという。呪いの痕跡が別のフルーツにも付着していたことから明らかになった。それも相当強力なもので、痕跡ですら十分に威力を発揮し得るものだった。

 所有者を支配しリンゴを食されないようにする、そんな女神イドゥンによる防衛策が施されていたのだろう。神暦の時代には、イドゥンのリンゴを巡り神々の間でもいさかいがあったという伝承もあるぐらいだ、なるほど納得ではある。

 イドゥンのリンゴはスウェイデンの山岳地帯の奥深くで発見された。だから何もジパングに持ち帰る必要はなく、現地でエーファを生き返らせてしまってもよかったのだ。

 けれど発見時、宮上氏はジパングへ持ち帰ることを希望した。

『屋敷には設備が整ってございますし優秀な魔導士も多くいます。イドゥンのリンゴの性質を調べれば、これを複製することもできるやもしれません』

 宮上氏のこの言にレキは心動かされ彼の案を許諾したのが、今考えてみるに、この時点ですでに宮上氏は魅惑の呪いにかかっていたに違いない。

 レキは宮上氏にリンゴの捜索を命じ、水晶玉による通信を切った。そして今に至る。

 彼は立ち上がり、ガラス張りの壁面に展開する中央魔都の景色を眺めた。都心のビルでは、ここアースガルズタワーからの眺望ほどの高所はない。広がる夜景は付近の超高層ビルの明かりや繁華街のきらびやかなネオンで彩られ、その中では人々がそれぞれの生活を営んでいるのだろうとレキは思考する。

 魔導省の省長の依頼で動いている態を取っているが、もし依頼がなかったとしてもレキは自ら動いてこの計画を主導していたことだろう。

 それぐらい、イドゥンのリンゴで大魔女エーファを生き返らせることは重要事項であった。

 この色鮮やかな夜景を維持するため。

 人々の営みを守るため。

 何よりも、母国スウェイデンへの魔導士派遣のため。

 魔女の血が必要不可欠なのだ。

 今のジパングに魔法大国としての維新を維持してもらわねば、他国とのパワーバランスが大きく崩れる。スウェイデンはジパングの友好国として何かと優遇してもらっている。その代わり、スウェイデンに本社を置くアースガルズはジパングを優遇する――情報操作、捏造、盗聴など、世界中に張り巡らせた情報網を駆使してジパングに都合よくメディアを使わせる。

 そんな持ちつ持たれつの関係も、ジパングが魔法大国であるが故だ。

 他国は指をくわえてこの関係を眺め、魔力がない分を石油などのエネルギーで穴埋めし、それも掘りつくしそうになった今では自然エネルギーとやらに手を出し始めた。そういった技術は、ジパングもスウェイデンもまるで発達していない。

 けれどもしこのまま魔女の血が衰退の一途を辿れば、エネルギー問題が表面化し、ジパングは他国を頼らざるおえなくなる。そのとき、果たして他の国々が力を貸してくれるのか。とてもじゃないが楽観的には構えていられない。

 下手をすれば侵略される可能性も危惧される。ジパングを、さらにはスウェイデンに攻め入る国が現れるかもしれないのだ。否、戦力が劣るスウェイデンが先に狙われるか。

 いずれにせよ、魔女の血が、それも強大な魔女の血を得ることが急務なのだ。

 そのためにも、大魔女エーファの蘇生は絶対に必要。彼女さえ生き返れば、全ては解決する。

 ――まあ、エーファ以外でも可能ではあるが。

 レキは夜景を見下ろし、二本目の煙草に火をつけた。

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