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ユリアは何でもなさそうに鎧を外し始めたのだ

       *


 ユリアに服を着せるのにひと悶着あった。こともあろうにユリアは何でもなさそうに鎧を外し始めたのだ。

 慌てた詠治は一旦台所に退散し、四畳半と台所とを区切るガラスの引き戸を閉めた。とはいえ曇りガラスから着替えている様子がぼんやりと見えてしまうから、引き戸に背を向けてユリアが着替え終わるのを待つ羽目に。――恥ずかしくないのかよ、まったく。

 ここにきて詠治はようやくユリアといっしょに住むことの困難さに気付き始めていた。男と女がいっしょに住むということは、何かとこういう事態に遭遇するのではなかろうか。毎度毎度の着替えもそうだし、寝るときはどうすればいいんだ?

「着替え終わりました」

 とかなんとか考えていると、ガラスの引き戸の向こうのユリアが声をかけてきた。

 ガラスの引き戸を開けると、そこには甲冑姿とは打って変わり、ごくまともな現代の少女の姿があった。白いワンピースに空色のカーディガンを着ている。マネキンが着ていた通りだ。

 不覚にも詠治は、その姿に見とれてしまった。あまりのギャップに、認識が遅れてしまう。もしユリアがこの時代に生まれていたら、面倒な男女問題をいくつも抱え込むことになるだろうな、などと毒づいて誤魔化す。

「甲冑はどこにしまえばいいでしょうか」

 ユリアが詠治に訊ねた。

 見ればたしかに胸当てや籠手、鞘に納まった剣など武具一式が部屋の片隅に置かれている。かなり場所を取っていて邪魔だった。押入れはこの部屋唯一のまともな収納スペースなので、こんなもののために使いたくない。大体見るからに重そうなそれは、押入れの床板を突き抜けて階下に落下しそうで怖い。

「よし、捨てよう」

 詠治はさらりと言ってのけた。

「なっ、何を馬鹿なことを! これはトラドット家に伝わる家宝であり、私とともに戦場を駆け生き抜いたいわば戦友ですっ。捨てるなどもってのほかです!」

「……はぁ」

 この上なく面倒だ、と思いつつ、詠治は「わかったよ」と頷く。たしかに歴史的価値はあるのだろう。あの剣なんて、大魔女エーファを倒した伝説の剣、グレムに違いないのだから、その価値は金額では表しきれない。

 詠治は右の掌を広げ、武具一式に向ける。視線を鋭くし、甲冑の形を頭に叩き込む。

 彼の様子を怪訝に思ったのか、ユリアが首を捻っている。「何をしているのですか?」

「黙れ、集中できないだろ」

「は、はぁ」

 ――ったく。何してるかぐらい見りゃわかるだろうが。馬鹿め。

 深呼吸し、仕切りなおす。

 目を瞑り、頭の中に叩き込んだ甲冑のイメージを浮かべる。

 それを圧縮し、小さくする。

 流れる魔女の血を意識し、血脈の流れを加速。

 そのスピード感と摩擦から、魔力を発生させる。

 見慣れた歪曲した白い壁が、掌の中に宿るのを感じ取った。

 ――よし。

「hai magon reita《ハイ マゴン レイタ》」

 詠治がそう唱えると、掌に淡い明かりが灯り、ユリアの鎧や剣を照らした。すると、みるみるうちに鎧一式が小さくなっていく。それから掌の明かりが小さい光りの球体となり、携帯電話ほどにまで縮んだ甲冑に向かって飛んでいく。

 パンッ、と控え目な破裂音がしたかと思ったら、そこにはもわもわと白い湯気を立たせた卵が転がっていた。

「ふう」

 詠治は息をつき、卵を拾い上げる。ユリアの武装はもう卵の中に封印した。魔法が成功したことにホッとするものの、こんな些細な魔法ですら集中しないと発せられない自身の魔女の血の薄さに嫌気が差した。 

「エイジ……貴方…………それはいったい……?」

「それ? 見りゃわかるだろ。卵」

 詠治はそう答え、ユリアのほうを向いて卵を示した。

 ユリアはなぜかガタガタと震え、驚愕の表情を浮かべている。

「ではなくて! 今貴方が放った力の放出は、どう見ても魔法ではないですか! 唱えた文言は魔語まごですね!」

「そうだけど、それがどうしたんだよ」

 何をそんなに驚く必要があるんだ、と詠治は首を傾げる。

 魔語とは、魔法を詠唱する際に発せられる文言のことである。魔女の血が常人の血とは違う流れの中に存在することから、通常の言語とは文字配列が大きく変わっている。

 本来ならば、この文言を覚えない限りは魔法を発動させることはできない。だが、魔女の血が濃ければその詠唱を短くすることも省略することも可能である。魔女の血が薄い詠治には関係のない話だが。

「私を殺しなさい!」

「あ?」

 話の飛躍に詠治はついていけない。ユリアは凄い剣幕で詠治に迫っている。

「いえ、私を殺してください!」

「い、いや……敬語にされても結局意味がわからんのだが」

「貴方には私を殺すに足る理由が存在し、また私は貴方に殺されなければならぬ責任を負っているのです!」

 ユリアはずいと詠治に顔を寄せる。殺せと言われているのに殺されそうな心境の詠治である。

「ちょっと待て……。僕にはお前を殺す理由なんか思いつかないんだが。むしろお前が僕を殺すなら話は通る。何せユグルズ……じゃない……ユリア、お前は魔女殺しなんだからな」

「だからではありませんか」

「はぁ?」

「貴方が魔女の血を引いているのは、私がエーファを討ち果たしたからです。おそらく貴方の祖先が魔粒を浴びて魔女になったのでしょう。つまり、貴方は私を恨んでいる。そうか、それで私を生き返らせたのですね。祖先の恨みを果たすべく、私を生き返らせ、そして自らの手で討ち果たす、と。なるほど」

 ユリアが勝手に納得している様子を、詠治は呆れて見ていた。

 ――あぁ、そういうことか。コイツの頭の中は三百年のブランクがあるからな。未だに魔女の血が忌避されているとでも認識してんだろ。まあ、無理もないけど。ったく、ほとほと面倒な女だな。

「さあ、そうと決まれば話は早い。今の私は無防備です。この貧相な家にも包丁ぐらいはあるでしょう。それで私の胸を一突きに――」

「黙れ、馬鹿が」

 詠治はユリアを一喝する。「それと貧相な家で悪かったな。文句があるなら出て行け。ただし、服にかかった金は置いてけ」

「……貴方はいったい何を言っているのです。私が出て行ったら、貴方は私を殺すことが――」

「さっきも言ったが、僕はお前を殺す気など欠片も持ち合わせちゃいない。大体、殺す人間相手に服を買ってやったりするか?」

「そ、それは……」

「しないだろ。じゃあどうしてこんな認識の齟齬が発生しているのか、それを今説明してやる。いいか、お前の頭の中は、三百年前のまんまなんだ。魔女狩りの頃で止まってるんだ。でも時は流れる。歴史は動く。人の考えや常識なんて馬鹿みたいにいい加減で、ひっくり返ることなんてざらにある。お前がくたばっている間に、世界は変わったんだ」

「さ、三百年……」

 ユリアが唖然としている。たぶん、彼女はそこまで時が経っているなんて思いも寄らなかったのだろう。

「そう、三百年だ。お前が生きていた時代とこの時代とじゃ、価値観も常識も完全に逆転してるんだ。この時代ではな、魔法は重宝されてるんだよ」

「そんな馬鹿なことが……!」

 ユリアが悲鳴を上げるかのように叫んだ。 

「馬鹿じゃない。むしろお前らの時代の人間がどいつもこいつも馬鹿揃いだったんだ。貴重な魔女の血を無為に虐殺するなんて、自分で自分の首を絞めているようなもんだ」

「……私だって虐殺など馬鹿げているとは思っていた。けれど、魔女の血や魔法が肯定される時代など、到底信じられません……」  

「僕は、宮上魔導学校に通っているんだ」

「魔導……学校?」

「そう。魔法を教え、伝授し、魔導士を育成する教育機関だ。国を挙げて魔導士育成に力を入れてるんだ。別にここジパングが珍しいわけじゃない。ほかの国でも同様だ。お前の母国、スウェイデンでもな」

「…………」

 ユリアはもはや完全に言葉を失っていた。

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