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女性物コーナーを彷徨う

      *


 ――なんだって僕がこんなところに行かなければならないんだ……。

 詠治は服量販店、の女性物のコーナーで肩身の狭い思いに潰されそうになっている。アパートから歩いて十五分ほどの距離にある駅ビルの中にあるこの店は、駅と言う立地条件の良さなのか、もう夜の九時半を過ぎているというのに結構な賑わいをみせている。

 女性客の視線がちくちくと詠治に突き刺さる。

 どうして詠治がこんな場違いな場所にいるのか。それはユリアが甲冑以外身につける物を持っていなかったからだ。旅行に来たわけではないから当たり前といえば当たり前だが。

 女性物コーナーを彷徨うこと二十分、周囲の不審な人間を見る視線に耐え切れなくなった詠治は、マネキンの格好そのままを一式買うことにした。彼がレジで赤面しながらも憎悪に満ちた顔で財布から千円札数枚を出す様子に、店員氏はたじろいでいた。

 ――予定外の出費だ……卵の出番が多くなるぞこれは…………。

 量販店のロゴのついた袋を片手に帰路につく。その道すがら、詠治は考える。

 ユリア・トラドット。

 イドゥンのリンゴ。

 ユリアについてはもう本物だと思っている。最初こそ宮上有人が仕掛けた悪戯かとも疑った。幻覚術の類は魔法に多く存在するからだ。

 けれど有人は魔女の血こそ一流だが知識が伴っていない。あまり多くの魔法は使えないのだ。あいつが得意にしているのは、馬鹿みたいに炎系統の魔法だけだ。故に有人の悪戯とは考えにくい。そして有人による悪戯説が否定されると、もう怪しむ項目はなくなるのだ。

 それに幻覚術にしては、ユリアの表情や仕草の動きはあまりにも自然すぎる。どんなに高度な幻覚術をもってしても、あそこまでのディティールは生み出せないはずだ。何より、触れることができたのだ。ユリア曰く、幻覚術で作られたものには触れられない。ユリアがまがい物である可能性は、ことごとく否定される。

 イドゥンのリンゴは、ユリア以上に謎の多い代物だった。

 神暦の時代の遺物だというが、いかんせん、詠治はまだ神暦の勉強には入っていなかった。来年、魔導学校生三年になればようやく……といった具合だ。

 ――まあ明日にでも図書室で調べればいいとして、それよりも……。

 詠治は携帯電話を取り出し、電話帳に登録された数少ない人物の番号を表示させる。別にこの番号は詠治が知りたくて登録したわけではなく、草野が半ば強引に(差し入れの弁当を食べた後に、番号を教えてと言われた)登録を迫ったのだ。

 イドゥンのリンゴの歴史や効用はどうあれ、入手経路は気になるところだった。

 ――まさかこの僕が、自分から草野に電話をかける時が来るとはな。


       *


「もしも――」

「片桐くん!?」

 電話をかけると、草野風香の弾む声が耳に響いて痛かった。「ど、どうしたの、わたしの携帯なんかに」

「……いや、リンゴのことなんだが」

「そのことでわざわざ電話かけてきてくれたの!?」

 またしても風香は声を大きくした。彼女が電話の向こうで興奮している様がありありと想像できる。

 けれどそれに反して詠治の内心は冷めている。

「…………」

 ――何を期待しているんだこの女は。僕が礼を言うとでも思ったのか。勝手に差し入れしておいて……。

 湧き上がる苛立ちで詠治は危うく買ったばかりの服が入った袋を、地面に叩きつけるところだった。それは風香に対してではなく、風香を頼って空腹を満たした自分に向けての怒りだった。

「――片桐くん? もしもし?」

 風香の戸惑った声音に、詠治は我に返った。「あぁ、悪い。ぼうっとしてた」

 詠治は咳払いをし、続ける。「あのリンゴは、草野がくれたもので間違いないのか?」

「うん、そうだよ」

 風香の話し振りに詠治は聴覚を集中させるも、彼女からはとくに怪しいところは感じられなかった。いつもの、どこか怯えておどおどしたような態度だ。

 ――イドゥンのリンゴだとわかっていて僕に差し入れしたわけじゃなさそうだな。だとすると、もうこれは何かの間違いで流通する間に紛れ込んだとしか言いようがない。過去にもその手の事件はあったから、別段珍しいことじゃない。ただ、紛れ込んだ物が珍しかっただけだ。

 詠治はそう判断し、あとは誤魔化すことにした。あまりリンゴについて訊いて、変に怪しまれるのも困る。

「やっぱりそうだったか。書置きとかなかったから、誰からの差し入れなのかわからなくてな」

「あ、ごめんね……。そこまで気が回らなかった。今度からちゃんとわたしからの差し入れだってわかるようにしておくね」

「あ、あぁ……」

 次もあるのか、と内心でため息をつく詠治。だが食費が浮くな、と考え、そう考えた自分を嫌悪する。

 風香と言葉を交わすといつも自己嫌悪に陥るからうんざりする。詠治にとって、草野風香はどう扱っていいかわからない存在だった。

 そしてわからない存在を、詠治は突き放すことにしている。わからない、それは自分の頭脳への侮辱にほかならないからだ。そんなこと、詠治は許さない。

「じゃあな」

「え――」

 詠治は携帯を閉じた。

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