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詠治、同居を要求される

 詠治は卓袱台の上に立つユリア・トラドットを前にして、徐々に落ち着きを取り戻していた。頭の中では蘇生にまつわる知識を検索している。

 蘇生魔法は存在しない。どんなに濃度の高い魔女の血を持った魔導士でも、それは叶わない。死んだ人間を生き返らせる、それは奇跡に他ならないからだ。魔法は奇跡ではない。

 そんな奇跡を可能にしていたのは、神々が生きていた神暦の時代だ。その神々でさえ、蘇生を行うのは秘術の領域と言っても過言ではなく、ごく一部の神にしか成し得ぬ技だった。

 ――つまり、どう考えても僕が蘇生させたんじゃない。

 情けなさでいっぱいだけれど、それが詠治の出した結論だった。問題の解明には程遠い。

 そこでふと詠治は大事な事実に思い当たった。ユリアは魔女殺しとして名を馳せ、魔女殺しのユグルズの異名を取るほどだった。この少女が行った数多くの魔女狩りは、歴史に残っている。

 見れば鞘に収まった剣もしっかりと携帯している。甲冑だけの戦士がいるわけがない。

 つまり、薄いとはいえ魔女の血を引く自分に襲い掛かってくるのでは、と詠治は警戒したのだ。

「……お、お前――」

「私に名乗らせたからには、貴方も名乗るのが礼儀では?」

「片桐……詠治…………」

 名乗りつつ、何か武器になるようなものはないかと周囲に視線を走らせるも、あるものと言えばフニャフニャの教科書とリンゴの芯、それに皿だけだ。魔法による攻撃など、詠治の魔力では到底無理な話だ。

 ――逃げるしか方法は……。

「生き返らせたからには、責任を取ってほしいのですが」

 詠治を遮るようにして、ユリアが口を開いた。

 彼は責任と聞いてさらに身構える。その命で責任を取れということなのかと。

「……責任? どういうことだよ」

「貴方の様子から察するに、おそらく私を蘇生させたのは何かの偶然ではありませんか? 意図せずに私を冥界から引っ張ってきてしまった。そういうことではありませんか?」

「いや、それは――」

「やはりそうですか」

「僕はまだ何も言ってないぞ」

 少しムッとして詠治は言い返した。

「聞かずともわかります。さて、ここからが本題ですが、貴方の住まいに私が居住することを認めてください」

「は!?」

 予想外の展開に詠治は思わず素っ頓狂な声をあげた。

「当然でしょう。意図せずとも、貴方が私を生き返らせたのは事実です。冥界から無理やり引っ張っておいて、まさかこのどことも知れぬ国と時代で私に一人で生きていけと貴方は言うのか」

「言う」

 詠治は即答した。一人で生活するのにもカツカツなのに、こんなわけのわからない女まで増えたら、いったいいくら食費がかかるかわかったものじゃない。

「一人で、いや独りで生けていけ。僕はまだ勉強が残ってるんでね。ほら、向こうにドアがある。そこから外に出られるから」

 じゃあな、と手をひらひらと振り、詠治は濡れてしわしわになった教科書を手に取る。駄目もとで乾かしてみるか、とため息をつく。ユリアのほうにはもう見向きもしない。どうやら自分を殺すつもりはないとわかったので、態度も平常どおりに戻っている。

 ――この現象に興味はもちろんあるけど、いっしょに暮らせだなんて冗談じゃない。無駄なことで脳を使うなんて、僕の生き方に反する。

「独り……そんな何も言い直さなくても……」

「ていうかいつまで卓袱台に乗っかってるんだ。さっさと退けよ。邪魔だ。お前の鎧は無駄に重そうだからな。卓袱台の足が重さに耐え切れず折れたら困る」

 ユリアは憮然とした様子で詠治を見やる。「貴方は……あまりにも無責任です!」

「そもそも僕に責任などない。なぜなら僕はお前を生き返らせた覚えがないからだ。リンゴジュースをこぼしたら教科書が光りだして、そしたらお前が卓袱台の上に馬鹿みたいに立ってたんだよ」

「リンゴジュース?」

 ユリアの視線が詠治が手にしている教科書に移る。そこで彼女は大きく目を見開いた。「それは……私の絵……それにリンゴということは…………まさか――」

 ユリアは詠治に顔を向ける。「……まさか、イドゥンのリンゴを使ったのでは?」

「イドゥンのリンゴ? 何だそれは。知らないな」

「ご存じないと?」

「……お前、遠回しに僕を馬鹿だと言っているのか。ふざけるなっ。人を生き返らせるなんて芸当が可能なのは神暦の時代だけだ。僕はまだ神暦の勉強を始めてもいないんだ。知るわけがないだろ!」

 詠治は言い訳がましくまくし立てた。無知を指摘されると、詠治はいつもカッとなる。

 ――魔法ならともかく、同世代に見えるヤツが知識で僕を馬鹿にするなんて許されないんだよ。

「い、いえ、私は馬鹿にした覚えなどありませんが」

 詠治の剣幕にユリアがわずかに戸惑いを見せる。

「イドゥンのリンゴというのは、神暦の時代、女神イドゥンが管理していたという宝物ほうもつです。神々の若さを保っていたとされていますが、人間に対しては死した者を現世に生き返らせることができるのです」

「なっ――」

 そんなものがどうして……と思考したところで、リンゴの出所が風香であったことを思い出す。

「あのリンゴは僕のクラスメイトから貰ったんだぞっ。どうして神々の時代の宝なんかがまぎれこんでいるんだ!」

 言葉を激しくする詠治だが、ユリアは臆することなく続ける。

「そんなこと、私が知るわけないでしょう」

「…………」

 もっともな話である。だからと言って、にわかには信じがたい。彼の頭の中では、この状況を説明するもっともらしい文言が目まぐるしく行き来しているが、どれも的を外している。

「幻覚術じゃ……ないよな」

 駄目で元々、詠治は推理のうちの一つを示した。

「幻の類が、ここまで受け答えできると思いますか?」

「それもそうだが……」

「どうやらまだ信じて頂けないようですね。ではこれでどうです」

「えっ」

 いきなり右手をユリアに握られて、詠治は体を強張らせた。ユリアの右手と握手をする形となった。彼女の手は篭手で覆われていて、金属の冷たさが伝わってくる。

「いかな高度な幻覚術でも、触れることは叶わないはずです。これで納得して頂けたでしょう」

「わかったから離せっ」

 乱暴に手を振り解き、詠治は一歩後退する。荒くなった呼吸を整え、気分を落ち着かせる。

「お前が幻覚術じゃないことぐらいわかっていた。ただ一応確認してみただけだ。何事も疑う、それが僕のやり方なんだよ」

「ふむ。ということは、私の存在を認めてくれるということですね。では話を戻しましょう。貴方はイドゥンのリンゴをすり潰した果汁を私の絵画にこぼした。私もイドゥンのリンゴの使用法など知りませんが、それが蘇生の条件を満たしてしまったのでしょう。そして私を冥界から引っ張ってきてしまった。つまり――」

「僕に責任はないわけだ」

 詠治はユリアの後を引き取るように断言した。

「ありますっ!」

 ユリアは声を大にして反論した。

 

 その後、詠治とユリアによる責任の所在をはっきりさせる不毛な論争は、詠治が折れることで決着した。ただ、もちろん詠治が自身の責任を認めたわけではないが。

「……わかった。お前がここに住むことを許す」

 ――コイツは使えるかもしれない。

 そんな打算が、詠治を折らせた。

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