日が落ちるのを待って、宮上魔導学校に向かいます。
「これは……」
ユリア・トラドットは、突然自分の身が鎧に包まれたことに驚きを隠せなかった。
カーテンが締め切られた部屋で一人、テレビのニュースを見ていたら、突然光の球体が壁を通り抜けてユリアにぶつかり、次の瞬間には見慣れた深紅の甲冑姿となっていたのだ。
篭手をはめた五指を軽く動かし、その感触を確かめる。生前より愛用しているその篭手は、彼女の指そのものと言ってもいいほどに馴染んでいた。もっとも、再びこの世に生を受けてからは武装することもほとんどなかったので、戦場を駆けていた頃に比べると若干の違和感は禁じえない。
ユリアは篭手から視線を外す。もうその表情に驚きはない。変わりに戦士としてのそれが顔を覗かせていた。
卵に封印されていた鎧がこうしてユリアの元にやって来た。それはつまり――
「――――エイジが、危険にさらされている」
何か非常の出来事に遭遇したに違いない。それをユリアに知らせるために、詠治は卵を割って封印を解いたのだろう。その狙いは外してはいない。
けれど、ユリアには詠治の居所がつかめない。テレビの画面の左上に表示されている時計を見やると、五時半を過ぎている。詠治はいつも放課後にも図書室で勉強していると言っていた。今日もまだ図書室にいるのだろうか。
仮にそこにいたとしても、ユリアには宮上魔導学校の場所がわからない。
――だから私も入学させてほしいと訴えたのに。
ユリアは自分の護衛を拒否されたことに苛立ちを覚える。苛立ちは護衛を拒まれたことばかりが理由ではない。
おそらくまだ外は夕日が射して明るいはず。太陽の光を避けなければならない身には、まだ危険な時間帯である。今は初夏だから六時半になったら外に出て良し、と詠治には言われている。
――六時半になったら、ここを出てエイジを探し出す。たとえ町中駆けてでも。
その時、出入り口のドアがノックされ、ユリアは一瞬詠治が帰ってきたのかと期待した。けれど、彼は鍵を持っているし、大体ノックをするような礼儀を知らない。
――客人には悪いが居留守を……
ユリアは目を見張った。ドアノブが淡い緑色の光に包まれたのだ。それから、カチャリ、という音を発し開錠され、その木製のドアは開かれた。
ユリアは咄嗟に剣の柄に手を添える。ドアの向こうから夕日が入ってくる。朱色に染まる町を背景に、一人の少女が立っていた。
柄から手を離す。少女からは殺気がまるで感じられないからだ。それに、この気配には覚えがある。いずれにせよ、敵ではないとユリアは確信する。
「貴女は?」
ユリアは問うた。
「片桐くんの、クラス、メイトです」
詠治のクラスメイトと名乗った少女は、頬を涙で濡らしながら懇願する。「お願いです。片桐くんを……助けてあげてください」
ユリアは呆気に取られ少女を眺めていた。なんだか体の力が抜けていく。そこで自分が今、日の光を浴びていることに気付いた。夕日とはいえ、まだユリアの姿を消すだけの力があるようだ。
「ひとまずドアを閉めてください。話は中で聞きましょう」
少女は草野風香と名乗った。
彼女が語るここ最近の出来事――魔導士たちや公示結社の者の暗躍に、ユリアは人の世が何も変わっていないことを悟った。
――文明は革新的なまでの進歩を遂げたが、人の心まではそうはいかないようだ。
「――という、わけ、なんです……」
風香がハンカチで涙を拭う。
ユリアは風香の嗚咽が落ち着くのを見計らって、話し始める。
「話を聞く限りでは、貴女は宮上の側に属しているようですが。その貴女が私にエイジを助けるよう願い出るというのはいったいどういうことなのでしょうか。そこがどうにも解せません。あるいは貴女の訪問それ自体が罠なのか」
ユリアがそう訊くと、風香は目を真っ赤にして答える。
「……わたしは、ただ、彼を助けて欲しいだけです。こんなこと、間違ってると思うから」
「間違ってる?」
「はい。このままだと片桐くんが、ますます孤立しちゃう。魔法を、魔女の血を、それに自分の血までも否定する彼を、放っておけないんです……。片桐くんは、いつも独りで頑張ってます。馬鹿にされても、嫌がらせに遭っても……。私だったら、死んじゃいます……。片桐くんのそういう強いところに、私、憧れてます。でも、このままだといつか、片桐くんが、壊れちゃう……。もしユリアさんが処刑されたら、片桐くんは今度こそ……だから今のうちに、彼を学校から連れ戻して逃げてくださいっ。今ならまだ間に合うかもしれません!」
「なるほど」
ユリアは頷いた。「けれど残念ながら、先ほども申し上げたとおり私は日の光を浴びることができないのです。もう後一時間近くは待たねばならないでしょう」
「そんな……」
「ご安心を。敵の居所が分かれば問題ありません。それに狙いはエイジではなく、私ではありませんか。エイジに危害は加えないはずです。ならば、せいぜい敵を待たせて苛立ちを煽りましょう」
「だから、それでは駄目なんですっ。ユリアさんも片桐くんも無事でなければいけないんです! 片桐くんにはユリアさんがいないと駄目なんです! ユリアさんでなければいけないんです!!」
風香が声を荒げる様子を、ユリアは微笑を浮かべて眺めている。
「貴女は、優しいのですね」
「…………」
「ですが、貴女の心配は杞憂です。エイジはもう、自分の血を否定してなどいない。守るべき最後の砦を――誇りを、彼はきっと見つけています。彼の不屈の精神は、そう易々と瓦解したりなどしません。故に、私などいなくても問題ないのです。むしろいることに問題があるのです。何せ元々私は既に滅んだ身ですから。今この世にこうして存在していることのほうがどうかしている。
……それに、どうやら私の責がまだ果たされていないようですし」
「せき?」
震える声音で訊ねる風香。ユリアは彼女から目を逸らし、言った。
「日が落ちるのを待って、宮上魔導学校に向かいます」




