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魔の眠気

 予定は未定とはよく言ったもので、詠治は放課後、真っ直ぐ帰宅することなく図書室へと足を向けていた。今日の歴史の授業で出された課題を片付けるためである。どうしても参考資料が必要で、タブレットやPCを持たない詠治は、図書室に行かざるおえないのである。

 上手い具合に書物で資料が見つかれば借りて帰ればいいが、もしなければ図書室のPCでネットの海を彷徨うことになる。携帯電話の時計で時間を確認すると、三時半を過ぎている。どうにか一時間で課題を済ませ、五時にはアパートに帰り着きたいところである。

 廊下を早足で歩き、階段を降りる。

「片桐、くん……」

 おどおどした声音が詠治の背中にかけられた。詠治は階段を降りる足を止め、振り向いて少し視線を上向ける。

 踊り場に、草野風香が立っていた。胸の前で手を組み合わせもじもじとしながら、詠治を見下ろしている。

「何だよ」

 詠治はぶっきらぼうに反応を示した。

「その、あのね……」

「言いたいことがあるなら早く言え。お前は僕の貴重な時間をこうして無為に磨耗しているんだぞ」

「ごっ、ごめんなさい」

 風香は慌てたふうに頭を下げた。「………………今日は、早く帰ったほうがいいと思う」

「あ?」

 詠治は問い返そうとしたが、風香が走り去ってしまったので、それも叶わなかった。少しきつく言い過ぎたか……、と一瞬思いもしたが、そんな甘いことを思った自分に詠治は驚く。以前ならそんなこと、微塵も感じなかったはずなのに。

 ――……そんなことより課題だ。

 己を誤魔化し、彼は図書室へと歩みを進める。


       *


 上手い具合に参考資料はすぐ見つかったが、運悪くそれは持ち出し禁止図書に指定され借りることができなかった。仕方なく参考になりそうな部分だけをノートの書き写しているのだが、これがどうにも進まない。参考になりそうな箇所が多すぎるのだ。

 既に作業に取り掛かってから四十分以上が経っているが、まだ半分も終わっていない。図書室の窓から差し込む日の光に、ほんのり朱色が射し始めている。

 作業の進まない原因はほかにもある。眠気だ。

 昨日の襲撃もあってか、詠治はなかなか寝付くことができず、明け方にうつらうつらとしたぐらいだった。自分が狙われる理由に思考を巡らせていたのだが、結局答えは見出せず、時間が悪戯に過ぎただけだった。

 ――僕としたことが、無駄なことに脳を使うなんて……。

 意識はフワフワと浮遊した感じなのに、そのくせまぶたは重い。詠治の眠気は次第に彼を支配し、五分ほど経った頃には図書室の机に突っ伏した状態に追い込んだ。

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