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幼き日の川のように

 詠治はユリアの手を引いて階段を駆け上がった。それから自分の部屋のドアの施錠を解こうと鍵を差し込もうとするのだが、手元が狂ってなかなか鍵穴に入らない。

「エイジ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

「馬鹿がっ。そんな手さらしておいて何が大丈夫だ!」

 やっと開錠しドアを開け放って靴も脱がずに台所の水道の前に立ち、蛇口を捻った。

「ほらっ、手を出せ」

 ユリアの手をぐいっと引っ張り、流れ出る水流に火傷をかざす。「くそっ、何なんだあの魔法は。並の魔女の血じゃあんなの不可能だぞっ」   

「あの炎に比べれば――」

 ユリアが何かを思い出すような顔つきで、口を開いた。「あの火あぶりの炎に比べれば、この程度は針で突かれたほどにしか感じません」

 詠治は横目でユリアの顔に目をやる。彼女はぼんやりと水にさらされる自分の掌を見つめている。

「…………処刑された時は……その、どんな感じだった?」

 馬鹿な質問をしてしまったと詠治は思った。

 歴史では淡々と語られるだけのユグルズの最期。

 活字を通して、教師の話を通してでしか聞いたことのない、ユグルズ――ユリアの最期。

 それを本人に直に聞けるという好奇心が、詠治をそんな問いに走らせてしまった。それは詠治が知識特待生であるが故の、悲しい性だった。

 ユリアは語る。それは歴史の教師が語る授業には決して含ませることができない、痛みがあった。

「熱かったです。とても、とても、熱かった」

 彼女は俯き、瞳を閉じる。

「百人はいたでしょうか。大勢の魔女に取り囲まれ、各々が己が力の限りを尽くして炎を放ったのです。桁違いの魔力と熱量でした。彼女らは私を恨んでいました。憎んでいました。炎の熱から、それが私にも伝わってきました。

 元々、彼女らは魔女ではなかったのです。それが私がエーファを討ち果たしたばかりに魔粒を降らせてしまい、彼女らは魔女になってしまった。そして、淘汰された。家族は殺され、村は焼かれ、友人も失ったことでしょう。魔女狩りは熾烈さを極め、彼女らは命の危機に瀕していた。私は戦士を辞め、城を出て彼女らの護衛をすると願い出ました。すると、彼女らは護衛ではなく私の処刑を望んだ。故に、私は――」

「……お前は、自分から火あぶりにされたのか」

「そうです。それが、彼女らの望みであり、私の責でした」

 現代で言い伝えられている歴史では、ユグルズ・トラドットが魔女たちに捕らえられて処刑された、としかない。処刑に至るまでの過程、ましてやユグルズの心境など、記録には一切ないのだ。ユグルズが最初は魔女たちの護衛を申し出ていたなんて、歴史学者でさえ把握してはいまい。詠治がユリアの語る歴史の舞台裏に言葉を失うのも、無理からぬ話である。

 お前に責任はない、と言おうとしたが、それを詠治はどうにか内心に押し留めた。それは慰めではなく、彼女の過去の否定になってしまう。彼女の戦士としての誇りさえも――。

「……これは僕の推察なんだが、お前の異名は魔女殺しだ。数多くの魔女狩りで剣を振るった魔女殺しのユグルズ。けど実際に殺した魔女はエーファだけなんじゃないのか?」

「…………」

 ユリアは俯いて目を瞑ったまま、何も答えない。詠治はそれを肯定と取った。

 ユリアを見ている限り、無下に魔女を殺すことなどしないだろうと思ってはいた。歴史の上では、エーファ討伐に向かう道中に多くの魔女狩りを行使したとされるが、実際は違ったようだ。

 それはもっと遠回しな捉え方なのだろう。

 ユリアがエーファを討伐し、魔粒が降った。それを浴びた女たちが魔女になり、世界中が魔女狩りに走った。けれどユリアが狩った魔女はエーファ一人。

 つまり、ユリアがエーファを討伐したから世界中が魔女狩りに走ってしまった、故にユリアが魔女狩りを行ったも同然だ、ということである。

 それが時を経ていつの間にかユリアが実際に魔女狩りを|行ったことに、歴史は語られるようになってしまった。

 ユリアの中でも、その論法が成り立ってしまっているのではないだろうか。だから彼女は歴史を否定しないし、処刑も躊躇なく受け入れた。

 でもそれは違う。

 元はといえば、エーファがスウェイデンのオッド村を焼き払ったことに端を発する。ならば、ユリアには何の咎もない。

 そう考える詠治ではあるが、ユリアにそれを告げたところで、彼女は受け入れないだろうことも彼にはわかっている。

 ――コイツは、どうでもいいところで頑固だからな。無駄なことに脳を使いやがって……。

 蛇口から落ち続ける水がユリアの掌を濡らす。そのしぶきが詠治の腕もいっしょに湿らせる。初夏のような気候だからか、生ぬるさを感じた。ユリアの火傷の痕は赤く腫れ上がったままだ。

 ユリアがぽつりと、独り言のように声を漏らした。

「この身が焼かれているとき、ふと脳裏に幼い頃によく遊んだ川がよぎったのです。透き通っていて冷たくて、夏はよくその川で水浴びをしたものでした。私には一人、親友と呼べる者がいたのですが、よく互いに水をかけあって遊んだりもしていましたね」

 彼女は遠い目を虚空に向ける。遠い過去の、遠い国に。

「何もかもが、過去なのです……」

「yomiri zue hoy《ヨミリ ズエ ホイ》」

 詠治は体内に流れる魔女の血を加速させ僅かな魔力をひねり出し、呪文を詠唱した。

 ユリアは掌に落ちる水流の変化に驚く。

「水が……エイジ?」

「冷たくすれば、火傷も早く治るだろ」

 詠治はユリアから視線を外し、吐き捨てるようにそうつぶやいた。

「……ありがとう、エイジ」

「フンッ」

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