赤い瞳の先には
詠治の住むアパートから五百メートルほど離れた雑居ビルの屋上で、ナズナは水晶玉を左手に掲げていた。水晶玉はぼんやりと燐光のような明かりを帯び、レキ・アースガルと宮上氏の姿を浮かべている。
ナズナの後ろには二人の魔導士の男が付きしたがっている。二人とも闇に溶け込むように黒いダークスーツを身にまとい、シャツとネクタイまでもが黒い。唇を引き結び、ナズナたちが交わすやり取りを無言で見守っている。
ナズナが眉をひそめ、水晶玉に浮かぶレキと宮上氏に話す。
「どうにも判断がつかないなぁ。あの娘。只者ではないような気もするけど」
『と、言うと?』
宮上氏が訊ねた。
「宮上が派遣したこの二人の気配には気付いてたみたいなんだよ、あの娘。食事中も食べ物に夢中なようで目は周囲の気配を探ってたし。何者かまではもちろん判断つかなかっただろうけど、コイツらの存在は認識していたと思う」
そう言うと、ナズナは背後の二人をちらりと見やった。宮上氏がナズナだけではと寄こしてきた魔導士たち。その実力は折り紙つきである。相手に気付かれるようなミスをやるような者たちではない。
ただもし、相手がかの魔女殺しのユグルズなら話は別だが。
『なるほど。で、君はどうしたい』
「直接撃って確かめる。それしかないね」
『それはちょっと、危険ではないかね……』
宮上氏が苦言を呈した。『もしユグルズではなくて一般人だったらどうする。それで死んでしまったりしたらなおさらだ』
「死なないようにやりゃあいいんだよ。それに……」
そこで言葉を濁し、ナズナは考えを搾り出すようにつぶやいた。「あの娘は、死なない。そんな気がする」
『やって頂きましょう』
議論を前に進めたのはレキだった。『貴女がそう仰るのなら、きっと大丈夫でしょう』
『レキ・アースガルッ、よろしいので?』
宮上氏の不安げな声に、レキは余裕を滲ませて答える。『大丈夫です。もし万一のことがあったとしても、私どもで何事もなかったことにしてしまえばいいのですから。アースガルズには、その力があります』
「ご心配どーも。さっすがアースガルズの坊ちゃんだね。けどその心配は杞憂に終わらせてやるよ」
『そう願っております。それでは、吉報をお待ちしておりますよ』
レキはそう言い残し、水晶玉から姿を消した。宮上氏も後に続くようにフェードアウトしていく。
「まったく、お偉いさんの雇われ魔女は相変わらず面倒臭いなー。さて、と」
ナズナは振り向き、二人の魔導士を見やった。二人とも無表情に風に吹かれている。「どっちでもいいけど……じゃあ、あんた」
「はっ」
指名された魔導士が慇懃に礼をした。
「あの女に一発撃ち込んでみせて」
ナズナは人差し指である方向を示した。そこには詠治のアパートがあり、今まさに詠治とユリアがドアを開けて出てきたところだった。
五百メートル先など本来は見えないが、ナズナたちは自らの瞳に遠眼術をかけているため、手に取るようにそんな遠方の様子を探ることができる。三人とも瞳を赤く発光させ、魔法がかかっていることを示している。
「全力でね」
ナズナは不敵な笑みを浮かべ、付け加えたのだった。




