いざ決戦の地(スーパー)へ
「エイジ、今日の貴方の背中からは何やら闘志の炎が窺えますが、これから決戦にでも赴くのですか?」
「ある意味決戦だ」
詠治は声を固くして答えた。彼の得体の知れぬ闘志のわけは、財布の中に入っている『二十円引きシール』だ。これはバイト先のスーパーでもらったもので、全ての商品に張ることを許されるスーパーアイテムである。しかも今日は米の特売。店員割り引きとこのシールを併用すれば、さらに安く米を手に入れられる。俄然気合の入る詠治である。
「いいか、ユリア。特売は七時からだ。その前に店内で米コーナーと付かず離れずの距離で僕らはスタンバイする。特売が始まったら走れ。そして真っ先に米を確保するんだ。邪魔立てするヤツは蹴散らせ。往年のお前の力を見せる時だ。甲冑が欲しければいつでも言え。僕が許可する」
「……貴方はまたそんな滅茶苦茶なことを言う。私はそんなところで力を発揮したりなどしません。とりあえず、今日はお米を買うのですね」
そんな特売大作戦を立てつつ、二人は靴をはいて外に出た。もう時刻は六時半を過ぎ、日もとっぷりと暮れて空は闇に覆われ星をいくつかさらしている。
外階段を降り、アパートを出て右に曲がった途端、後ろから声をかけられた。
「やほーっ」
「…………」
振り向きたくなかったが振り向いた。案の定、ナズナだった。
「お……お前、まだいたのか」
「詠治が相手にしてくれないんだもん」
ニヒヒッ、とナズナは笑みを浮かべた。アパートの前でナズナと別れてから一時間以上は経っている。その執念深さ、時間の無駄遣い、ナズナの暇っぷりに、詠治は呆れるばかりだった。
「馴れ馴れしく呼び捨てにするな」
「あーっ! 何その子! 可愛いぃぃぃぃ!」
詠治の話を無視して、ナズナはダッと駆け出し、ユリアの体に飛びついた。抱きつかれたユリアは戸惑った様子で詠治のほうを見やる。
「え、エイジ、この娘はいったい」
「今日転校してきた女子で宮上ナズナとかいうらしいぞ」
詠治は投げやりに答えた。
「転校生? 貴方はこんな時期に転校生など来ないと仰ったではありませんか。ならば私も――」
「あーうるさいうるさい。早くしないと特売に間に合わなくなるだろうが。行くぞ」
「あ、あの、この娘が離れてくれないのですが」
「そんなヤツさっさと振りほどけ」
「そ、そう言われても……」
「わかった。地面に叩きつけることを許可する」
「……また貴方はそんな無茶苦茶なことを言う」
*
決戦(米の特売)は、詠治とユリアの勝利に終わった。お一人様一つ限りなので、二人は一つずつ戦利品を抱えている。今はスーパーの中の惣菜コーナーにいる。
「よもや特売とやらがここまで凄まじいものだったとは……」
ユリアが感心したようにつぶやいた。その視線の先にはもぬけの殻状態となった米コーナーがある。主婦たちによる熱き戦いに、彼女はもみくちゃにされたのだった。
「まあ何にせよ、米を確保できたから僕らの勝ちだ。さて、帰るか」
「そうですね」
二人はレジへ向かおうとする。それに異を唱えたのはナズナだった。彼女は結局、スーパーまで付いてきて現在に至る。詠治は特売に夢中で今の今までナズナの存在を忘れていた。
「ちょっとまさか……ご飯って、たったそんだけ?」
「ん、なんだ、まだいたのか。言っておくがお前にこの米は分けてやらないからな」
「いらないわよ! それよりも、ほら、お惣菜がこんなに売ってるよ? おかずも買うんでしょ?」
「買うか馬鹿。そんな少量のおかずでその値段、有り得ん」
「じゃ、じゃあ……今日の晩御飯って、お米、だけ?」
「そうだが」
平然と即答する詠治。
「阿呆!」
「あぁ、卵があるから、それをかけて食べる」
「阿呆阿呆!」
ナズナは唇を尖らせた。「食べ盛りなのにそれじゃあ体に悪いでしょっ! まったくもうっ。とっとと会計済ませてきてっ。今日はあたしがそこで奢ってあげる!」
ナズナはスーパーの中にあるカフェテリアを指差した。その存在自体は詠治も認知していたが、万年金欠の自分には縁のない聖域の如き扱いをしていた。
「…………嘘じゃないだろうな? 言っておくが、僕は遠慮はしないぞ」
「どーぞご遠慮なく!」
焼きそば、ホットドッグ、ラーメン、ハンバーガー、果てはデザートのクリームソーダまで、詠治は本当に遠慮なくナズナに奢らせた。ユリアも同様に、ここ最近の貧しい食生活の埋め合わせをするかのようにパクパクとたくさんのメニューを口に入れていた。
カフェテリアのテーブル席で並んで座り食事を続ける二人を、ナズナは向かいの席で満足そうに眺めながら、アイスコーヒーをすすっている。
「うえぇ、こんな不味いコーヒーを出すなんて、信じられない……」
「文句があるなら飲むな」
「奢られてることを忘れてるのかなー? え・い・じっ」
「むぐ……」
詠治はナズナから目を逸らし、ラーメンのスープをごくごくと飲む。
「ユリアー、また今度いっしょにご飯食べようねっ」
「ええ、是非」
ユリアは満足そうに頷き、ホットケーキを美味しそうに頬張った。
「こら、勝手にそんな誘い承諾するな」
そんな詠治の苦言など聞こえていないかのように、ユリアとナズナは楽しそうに話している。ユリアは心なしか口元を緩めて、このひとときを満喫しているようだ。
思えば、ユリアはずっと一人であのアパートに閉じこもっていたのだ。話し相手は詠治だけで、ほかに友人も知り合いもいない。外に出たくても昼間は太陽が出ていて無理ときている。明るさとは無縁の生活。それは何も、目に映る光という意味だけでなく。
――宮上ナズナか……。まあ、いいか。付きまとわれようがなんだろうが、僕には無害みたいだしな。ユリアも、楽しそうだし。
そこまで考えて、詠治は無性に恥ずかしくなり、クリームソーダをジューっと音を立てて吸った。




