戸惑いながらの『ただいま』
「おい、いつまで付いてくる気だ」
詠治は憮然とした様子で声をあげた。彼は今帰宅途中なのだけれど、その一メートルほど後方には、ナズナがてくてくと歩いている。
「えへへー」
彼女はヘラヘラと笑って見せた。まるで答えになっていない。詠治は苛立った。
校門を出て国道沿いの歩道を通り、道を途中で折れて住宅地へ入ってからもナズナの堂々たる尾行は続いている。――このままじゃアパートに着くじゃないか。
そもそも今日は昼休みからずっとこんな調子だった。授業の合間の休み時間中も、図書室で勉強している時も、ナズナは詠治の隣に寄生虫の如く陣取っていた。クラスメイトたちの『どういうことなんだこの野郎』と言いたげな視線が容赦なく詠治に降りかかっていたのは言うまでもない。
「あたしと一緒にいれば何かと得だと思うけどなー」
後ろにいるナズナが悪戯っぽく言った。
「お前が宮上家の人間だからか」
「そうそう。それにあたしの魔女の血は宮上の中でも相当濃いほうなんだよ。きっと片桐くんの役に立てるよ」
「本気で言ってるのか?」
詠治は歩みを止め、振り返った。笑みを引っ込め、じっと詠治を見据えるナズナがそこにはいた。
魔女の血が濃い、役に立つ。
それらは交わり、子を産む、という意味が込められている。もし詠治が宮上の血縁者との間に子供をもうければ、片桐家にとってはこの上なく幸いだろう。魔女の血は格段にその濃度を上げるのだから。けれど宮上家にとってはデメリットしかない。
「あたしはいつだって本気だよ」
それでも、ナズナは何の迷いもない佇まいだった。
「どうしてそこまでする。僕を選ぶ理由がお前にあるとは思えないんだが」
「あるよ。片桐くんを選びたいから」
ナズナはそう言うと、上目遣いで詠治を見つめる。彼の瞳にひたと目線を合わせ、鎖で絡み取るかのように心を掴もうとする。けれど、相手が悪かったらしい。
「なるほどな。お前が相当な馬鹿だということがよくわかった」
やれやれ、といわんばかりに詠治は肩をすくめる。「僕は馬鹿を相手にしないんでね。今すぐに僕の視界から失せろ。目障りだ」
「……何よ、その反応」
「喋るな下種が。僕は宮上の人間なんかの手を借りて出世するぐらいなら、死んだほうがマシだと思ってるほどなんだ。それにな、大事なのは血なんかじゃなくて――」
詠治はそこまで声にしてから思わず口をつぐみ、頬を赤らめた。
「血じゃなくて何なのよ」
ナズナが首を傾げる。
「…………と、とにかく、僕に近づくな。いいな」
そう言うと、彼は踵を返しまた歩き出した。結局アパートの前までナズナは付いてきたが、さすがに部屋にまで押し入るような暴挙には出なかった。
血じゃなくて誇りだ、と言いそうになった自分を、詠治は不審に思いながら、自分の部屋のドアを開けた。
「おかえりなさい、エイジ」
「……ただ、いま」




