宮上ナズナ
転校生がやって来た。こんな半端な時期に、である。
ユリアに『こんな半端な時期に転校生なんか来るかよ』と言い放ったばかりだったので、まるで不意打ちを受けたかのような心地である。
朝のホームルームの時間、担任の教師といっしょに、知らない女生徒も教室に入ってきたのだ。詠治はクラスメイトたちがざわつくのを鬱陶しく思いつつ、教壇に立つ男性教師の話に耳を傾ける。
「静かに。転校生を紹介する。宮上さん、自己紹介を」
――宮上。
その苗字を聞くや、クラス中のざわめきが大きくなった。誰もが宮上家の血縁の者なのかと推察し、もしそうなら親しくならねばと画策する。期待と打算が入り混じった中で、転校生は簡潔に自己紹介を済ませる。
「宮上ナズナです。よろしくお願いします」
女生徒――宮上ナズナはぺこりとお辞儀した。背は低く華奢な体つき、ほんのりと赤みがかった髪を左右で縛っている。
頭を上げると、ナズナはニコリと微笑んだ。化粧をしているわけでもないのに、華やかできらびやかな印象を見ている者に抱かせた。
宮上家の人間かどうかは定かではないが、ナズナがこの笑顔で男子の心を掴んだのは間違いなかった。詠治以外は、だが。
――ヤツが宮上の人間だとしたら、有人の馬鹿に加わって僕にいらぬちょっかいを出してくるかもな。ったく、面倒なことにならなければいいが、ん……。
一瞬、詠治はナズナと目が合った。それは本当に一瞬で、彼女はすぐに視線を外し、自分にあてがわれた席へ着席した。
ただの偶然、だと思いたい。
*
ただの偶然ではなかったようだ。
昼休み、詠治は図書室の窓の外にあるベランダに来ていた。ここで一人、弁当を食べるのが彼の習慣だ。誰にも邪魔されずに思索に耽ることができるし、何より貧相な弁当(ゆで卵一つ)を見られずに済む。
転校生、宮上ナズナの正体は、もう大方明らかになっていた。授業と授業の間の休み時間中、クラスメイトたちが彼女を質問攻めにしていたからだ。詠治はそれを盗み聞いていた。
案の定、宮上ナズナは宮上家の血縁者だった。有人の親戚とのことで、両親の都合で転校してきたという。
宮上魔導学校への入学は超難関だ。普通はそう易々と転校などしてこられない。おそらく、血縁者ということで優遇されたのだろう。
クラスメイトたちは宮上家の血縁者で、しかも有人に比べ随分と人当たりの良いナズナに好印象を抱いたらしく、ナズナは早くもクラスの中で中心的ポジションに置かれた。
見たところ自分に害を及ぼしそうな(例えば有人のような)人物ではなさそうだとわかり、詠治はもうナズナへの興味を失っていた。
――目が合ったのも、偶然だったんだろ。
「あっ、こんなところにいたー」
「んぐっ」
突如現れた女子に驚き、詠治はゆで卵を喉に詰まらせた。「ぐはっ」
「あーあ、何やってんの。ほら」
その女子が差し出してきた缶を奪い取り、詠治は遠慮することなく一気に飲み干した。それから恨みがましく女子を睨む。
「やほーっ」
宮上ナズナだった。
「……何だ、お前」
「なになに、いつもこんな寂しいところで独りでご飯食べてるの?」
「僕の質問に答えろ。何しに来た」
詠治に緊張が走る。こいつも有人同様、彼に下らない悪戯をするようなヤツだったのかと。
「何しにって、君に会いに来たんだよ。片桐詠治くんっ」
語尾にハートマークでもつきそうな具合に、ナズナは言ってのけた。「で、片桐くんはどうしてこんな寂しいところにいるのよ。昼休みだよ? もっとさー、友達とわいわい楽しくお喋りしながらごはん食べようよー」
「僕に友達はいない」
「……何も断言しなくても」
ナズナが笑顔のまま少し顔を引きつらせた。詠治は構わず続ける。
「この学校にはろくな人間がいないからな。休み時間に独りになるのは必然なんだ」
「ふうん」
ナズナは「ニヒヒ」と怪しげに笑って見せた。「じゃああたしがいっしょにいてあげる。これで独りにならなくて済むでしょ」
「馬鹿か、お前」
詠治は肩をすくめる。「お前は二点勘違いしている。一点目は、僕が独りになることを嫌がっていると思い違いしていることだ。僕は望んで独りになっているんだ。二点目は、お前もこの学校のろくでもない連中の内の一人だということだ」
「えー、そうかなぁ。あたしの魔力は凄いんだよ。他の子たちとは比べ物にならないんだから」
「だろうな。宮上の血で魔力が低い値を示したら、お前はこの学校の敷地に足を踏み入れさせてもらえなかったに違いない。恥さらしとして、宮上家の離れだかに軟禁されていたかもな」
「そんなことないもん」
「ある」
面倒なことになった、と詠治は内心で舌打ちした。有人のような阿呆ではなかったけれど、これはこれで違った種類の面倒臭さだった。放っておいても男どもが狙っているのだから、もっと自分に好意を寄せているヤツを適当に選べばいいものを。
――大体、僕に近寄ってきたって何の得にもならないだろうに。わけがわからないな。
そのとき、図書室の窓が開いた。ガラッという音に、詠治とナズナはそちらに視線を移す。そこには草野風香がまた例によって怯えたような様子で顔を出していた。
「あっ、片桐くん……それに宮上さん。よかったら、その、ご飯一緒に食べない?」
「…………そうだな」
詠治は頷いた。ナズナと二人きりよりは、いささかマシだと思ったからだ。それに――
「今日はおにぎりとから揚げ、それと別のタッパーにサラダを詰めてきたの。あとお味噌汁を保温瓶に入れてきたよ」
風香が次々を挙げる弁当のメニューには、逆らい難いのだ。




