違う朝、新たな流れの始まり
――午前五時、姫リンゴの木の下にて。
詠治はユリアの注文どおり、鶏の鳴き声を発し、元の姿に戻った。
天を仰ぎ見ると、雲ひとつない青空が広がり、太陽が朝の到来を告げている。六月も中旬に入ったが、梅雨空は影を潜め、ここのところずっとこのような晴れが続いている。
ユリアに鶏姿を見られてから一週間が経った。
毎日のように鳴いているせいだろう。近所ではいったいどこの家が鶏を飼っているのだと噂になっている、と井戸端会議中の主婦たちが話しているのを聞いた。
まさか探し回る者などいないとは思う。何せ詠治が鳴いているのはいつも午前五時だ。人通りなどほとんどない。
――それでも用心に越したことはないか。変身術を使う際には周囲に誰かいないかよく確認しておこう。
そう肝に銘じ、彼は生んだ二つの卵を手にしてアパートの部屋に戻った。
*
「待ってください、エイジ」
学校に行こうと靴を履いていると、ユリアが引き止めてきた。
「ん、なんだ。朝飯が食い足りないのか?」
「ち、違いますっ」
顔を赤くしてユリアは首を振った。食い足りなかったらしい。
「私は、エイジの警護を願い出ているのです」
「あ? 警護?」
「そうです。昨晩からこのアパート、もっと言えばこの部屋を何者かが監視しているような気配が感じられます。これはおそらく、あの宮上有人という貴方の学友が復讐をしようと我々を観察しているのではないでしょうか」
「あー、かもな。あいつならやりかねない」
有人は執念深い。ここのところ大人しくしているが、それは詠治への復讐のために水面下で動いているということもかもしれない。詠治の家の住所を調べ上げ、アパートの門のあたりに竜の幻影でも仕掛けて驚かそうとするかも。監視しているのは、大方いつもいっしょにつるんでいる友人二人に違いない。
けれど、そんなことに恐れる詠治ではなかった。
「そうなのです。ですから私も――」
「お前は留守番」
「でもっ、それでは貴方が危険に晒されてしまいますっ」
「お前、どうやって外に出る気だよ。今日は思いっきり晴れてるぞ」
「うっ……」
ユリアが言葉に詰まった。「そうだ、私を甲冑同様、卵に封印してしまうというのはどうでしょうか。そして、貴方が襲われたときに封印を解くのです」
「無理。僕の魔力じゃ人体の封印なんてとてもじゃないができない。それに襲われた時、僕が太陽の下にいたらどうするんだよ。お前は封印が解かれて早々に消え去るぞ。何の役にも立たないじゃないか」
「うっ……」
けれどユリアはめげずに代案を口にする。「では、エイジが通う学校の女学生用の制服を用意してください。私がそれを着用しお供すれば周囲に疑われることなく警護を――」
「却下。怪しすぎる。それにこんな半端な時期に転校生なんか来るかよ。太陽の問題は解決できてないし。少し落ち着け、ユリア。大体、何でそこまでして僕のことを守ろうとするんだ」
「エイジの卵が美味しいからです」
「卵かよ……」
明日からは少し多めにメシを作ってやらねば、と思う詠治だった。




