偽りの養鶏場
目下のところ、最大の問題点は食費だ。
詠治はそう思考を巡らせつつ、籠を持って夜のスーパーの店内を歩く。彼の目玉は少しでも安い食材を探すべく、右に左にと忙しなく動いている。夜七時を過ぎるとタイムセールが頻発するのだ。
ユリアが住むようになってからと言うもの、食費は単純計算で倍になった。いくら給料が出たばかりとは言え、これでは早々に破産してしまう。実家からの仕送りは雀の涙ほどしかないので当てにはならない。
そういうわけで、詠治はこのスーパーに来たわけだ。ここは彼のアルバイト先で、従業員は常時全ての品を三十パーセントオフで購入できる。しかもタイムセールの値段からさらに値引きされるのだ。
普段なら仕事先の人間と顔を合わせるなど冗談ではないとプライベートでは全く寄り付きもしなかった詠治だが、経済事情がのっぴきならない状態では仕方なかった。
ひとまず米(一番安いもの)を確保し籠へ。平時ならばこれでもう買い物は終わりだが、ユリアがいるとどうも調子が狂う。まさか女にひたすら卵かけごはんを食べさせるわけにもいかない、などと思ってしまう。
ちっ、と舌打ちし、詠治はレタスやトマトなど、サラダにできそうなものを籠に放り込んでいく。
「エイジ、貴方の料理にこれは欠かせないでしょう」
そんな声が聞こえたかと思うと、すとん、と籠に少し重みが加わった。見れば籠の中には卵のパックが入れられていた。「卵には栄養が多分に含まれていますからね」
ユリアはどこか得意げに話した。
貴方の料理、などと言われても、詠治には実感がなかったが。目玉焼きにスクランブルエッグ、それにゆで卵。手の込んだものなど一つとしてない。
「あぁ、それはいらん。卵なんて買ったりするもんじゃない」
「でも、毎日食べているではありませんか」
「あっ――」
詠治は己の発言の迂闊さに頭を抱えたくなった。――油断してた……アレだけは絶対にバレちゃ駄目だっていうのに。
「……そ、その、あれだ。近所の養鶏場でもらってるんだ。い、色々と懇意にしていてな。スーパーの物より味が良い。そんな品質の悪い卵なんて、人の食うものじゃない」
「養鶏場なんてありましたか?」
ユリアが怪訝な顔で訊く。
「あるんだよっ、馬鹿! 昼間しか開いてないから、ユリアは知らなくて当然なんだっ!」
詠治は顔を赤くして早口にそうまくし立てた。
「は、はぁ、そうですか」
ユリアがどこか釈然としていない様子を示した。そんな彼女に、詠治は「行くぞ」とぶっきらぼうに言ってレジに向かったのだった。




