表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/44

ユリアのチカラ

「とても美味しい食事でしたね。ええと、何でしたっけ」

「カレーだ」

「そう、カレーです」

 別にお前はカレーでなくても何だって美味そうに食うだろうが、と思う詠治である。

 二人は喫茶無菌室のドアを開けて外に出たところだ。曇っていて月は完全に隠れ、どこか陰鬱な気配の漂う夜だ。

「それにしても、店主の夏は随分と無口な人ですね。私のことをじいっと見て、何か言いたいことがあるのかと様子を窺っていたのですが、結局何も言ってこなかった」

「いや、普段はそんなことはないんだ。いつも決まって昔話するし。たぶん、お前が下らない戯言を真顔で言いやがったから驚いてたんだろ」

「下らない戯言? 私はそんなことを言った覚えはありませんが」

「言っただろうが。僕の勉強する姿勢に――」

「静かに」

 突如ユリアが詠治の言葉を遮り、眼つきを鋭くする。

 詠治は彼女のその様子にただならぬ気配を感じ、身を硬くする。

「な、何だよ。どうしたんだ?」

「視線を感じるのです。誰かが、我々を見張っています」

「見張ってる?」

 まさか、と思いながらも詠治は警戒して周囲に視線を走らせる。商店街の中はまだ八時過ぎだからやっている店も多い。人通りはちらほら散見されるが、隠れるような場所はなく監視には不向きに見える。

「誰も見てないじゃないか。まったく、お前の戦士としての勘も、三百年の間に錆び付いたんじゃないのか?」

「いえ、間違いなく何者かが我々を見ているはずです」

「いいから行くぞ。下らないことに脳を使うな」

 詠治はユリアに構わずさっさと歩き出した。ユリアは渋々といった具合に詠治の隣に並ぶ。

 商店街の中を通り、その途中に細い路地があるので折れて進む。この道はアパートまでの近道で、怪しげな魔導具を売っている露店がいくつかあって雰囲気はあまりよくない。昼間でも薄暗くて、空気は常に淀んで臭う。露店が扱っている魔導具は効果のほどが怪しい詐欺まがいの品々がほとんどで、ここを訪れる人間も総じて怪しげな者が多い。

 詠治はここを『下種の溜まり場』と呼称している。

 そんな下種の溜まり場をなぜ通るのかと言えば、ここが近道だからだ。時間の短縮は勉強時間の確保に繋がる。下種なんて無視すればいいのだ。

 だが、無視できない相手と遭遇してしまった。

「あれれー、知識特待生くんじゃねえか」

 センタパートで分けた長めの髪をかき上げながら、宮上有人は声をかけてきた。彼の傍らにはまた例によって付き人の如く友人の男子二人がいる。

 三人は露店を覗いていたらしく、有人の手には怪しげに黒光りするランプがある。どう見てもまともな効果はなさそうだ。

 詠治は内心で舌打ちする。――どうしてコイツらがここにいるんだ。こんなエリート連中が来るようなところじゃないはずなのに。

「どうしてコイツらがここにいるんだ、みてえなツラしてんなぁ。そうだろう? なぁ?」

「それでは足りないな、宮上。僕の顔は、遠回しにお前らがどうして生まれてきたのかを問うている。けれどその答が出なくて頭を抱えたくなってね、困っているんだ。もし答を知っているのなら教えてほしいものだな」

「テメェ……」

 有人が凶暴に顔を歪ませる。「お前は口の聞き方がなっちゃいねえなっ。魔女の血があってないようなお前と、一流の魔女の血をこの身に流している俺とでは、天と地ほども差があるんだぞ!」

 有人が声を荒げる。だがユリアを見ると、彼の顔はわかりやすくニヤついたものとなる。

「――ところで、その隣に立ってる女は誰だよ」

「お前とは無関係の女だ」

 詠治は即答した。

「それは違うな、片桐。今日から関係するんだ、俺たちは。ほら、そんな水みたいに薄い魔女の血なんて放っておいて、俺たちと遊ぼうぜ」

 有人が得意げにユリアに声をかける。実際、彼は得意なのだろう、この手のやり取りは。宮上、と訊けば、魔女の血は一流。その恩恵を少しでも受けたいと近寄る者は男女問わず多い。

 しかし、ユリアは違った。

「貴方のように水の如く薄い知性の殿方と、この私が遊戯に耽ると思ったか」

「なっ――」

 ユリアの言葉に、有人とその一味は凍りついた。ユリアはそんな彼らにさらに言い放つ。

「貴方の魔女の血がどれだけのものかは知らないが、私はそんなものを人間を計る指針にはしていない。故に、知性も品性もない魔女の血だけが取り柄らしい貴方は、私に話しかける資格すらない。早々に立ち去るがいい」

 その場にいる誰もが口をあんぐりと開けてユリアのほうを見ていた。ユリアはというと、銭湯を出た直後のように涼しげな顔つきである。

 詠治でさえ、彼女が宮上を罵倒する様子に、目を見張っていた。

 罵倒された宮上は、もちろん、激昂した。逆鱗に触れたとかいうレベルではなかった。

「――んだとおおおおおぉぉぉぉ!」

 彼は獣のように咆哮し、サッと右手を空にかざした。広げられた掌付近の空間が歪み始め、オレンジ色に輝く。「yoino dei mahyota《ヨイノ デイ マヒョータ》!」

 有人が呪文を詠唱した直後、オレンジ色の輝きが一気に収束し、球体に変形、膨張した。バスケットボール程度の大きさの火の玉が、有人の掌の上で浮遊している。

 ――詠唱から発動までが早い……。なんて早さだ……ちくしょう。それに瞬時にあの大きさの炎を現象化できるなんて、宮上の魔女の血はやはり一流か……。

 詠治は悔しさに肩を怒らせながらも、宮上の魔女の血を認めないわけにはいかなかった。

 自分ではどんなに努力しても行けない高み。

 生まれ持った血の恵み。

 約束された将来。

 詠治が持たない何もかもを見せ付けられたような気がした。悔しくて、憎くて、疎ましくてしょうがない。

 有人は詠治の苦々しい表情を見て取ってニヤリと笑った。「はははっ! どうだ、これが俺の魔女の血の力だ! 魔女の血は人間を計る唯一の指針だぜ? さっき君が言ったことは特別に許してやるからさ、こっちに来いよ。な?」

 有人が空いている左手をユリアに向けて、クイクイと指先を折る。来い、と。

「そんな種火ごときを、なぜ得意げに示すのです」

 ユリアは冷ややかなに言った。その口調には何の感情も読み取れなかった。「もう貴方の魔女の血がどの程度かはわかりました。さあ、そこを退いて頂こう。我々は帰路の途中なので」

「た、ね、び……だと?」

 有人は俯き、全身を小刻みに震わせている。彼の震えに反応するかのように、炎はその大きさを徐々に膨れさせている。

「あ、有人さんっ、マズイっすよ。落ち着いてください……」

「そうですよっ。何かあったら警察沙汰ですよっ」

 有人の友人達が事態が危険な方向へ行くのを察して、有人をなだめにかかる。けれど、有人の怒りはもう収まらなかった。

「種火だとおぉ!? ならば受けてみやがれ! そして種火かどうかその身をもって知れぇぇ!」

 友人二人の制止を振り切り、有人は掌の上に浮かべた炎をユリアに向けて投げつけた。炎の球体はその輪郭をゆらめかせ、とてつもない熱を持って地面を焦がしながら詠治とユリアに迫る。

 けれどユリアは落ち着き払った様子で詠治の前に立った。

 彼の盾になるかのように。

 ――このままじゃ、死ぬ!

 咄嗟に詠治は着ていた上着のポケットから、卵を取り出した。ユリアの甲冑一式が封印された、あの卵である。

 詠治はそれを地面に叩きつけた――途端、ユリアの体全体が白く発光し、その形を徐々に変え、白かった光が血に染まるように赤く変色していく。ガシッという音を響かせ、ユリアは鎧姿となった。

 ――これで、多少はダメージを防げる、のか?

 詠治がそう半信半疑に思うのと、ユリアに炎の玉が直撃するのは同時だった。ゴオッというドラゴンが火を噴くかのような音が轟き、一瞬、路地全体がオレンジ色に染まった。


 ――沈黙――


 誰もが声を発せなかった。

 眼前で起こったことを、頭が理解するのを拒否するかのように。

 ユリアは、燃え尽きることもなく、炭化することもなく、火傷一つ負うことなく、同じ場所に立っていた。鎧から薄く煙がのぼっている程度だ。

 沈黙を破ったのは、有人のうめき声だった。

「………………ぁ」

 有人はじりじりと後ずさる。顎をガクガクといわせ、何を言っているのかさっぱりわからない。

「――――――ぅ……うわあああああぁぁぁぁぁ!!」

 いきなり絶叫すると、有人はその場から一目散に逃げ出した。

「待ってくださいよぉ!」

 と悲痛な叫びを上げて、友人二人がその後を追いかけていく。

 詠治は逃げゆく有人たちなど見ていなかった。ただ戦士となったユリアのことを見つめている。

 ――これが、魔女殺しのユグルズの力……。

 最強だ。

 宮上ほどの魔女の血を鼻で笑い、魔法をまともに受けても揺るがない。正真正銘、本物のユグルズだ。

 そうやってようやく、詠治はユリアがユグルズであることを実感したのだった。

「……凄いな、おま、え」

 詠治はようやくそう口にした。あまりの驚きに言葉尻が震えているのを隠せない。

「あまり褒められたものではありません」

 ユリアは自嘲気味につぶやいた。

「それよりエイジ、なぜ鎧など出したのです。あの程度の炎、素手で受け止めても問題ありません」

「素手!?」

「はい。あの男の魔女の血は、私の時代に比べれば薄いようです。種火と言ったのは冗談ではなく、本当にそう思ったからですよ」

「…………」

 次元を超越したユリアの発言に、詠治はただただ呆然とするばかりだった。歴史に名を残すだけのことはある。

「お前の時代より薄くなったって言ったって、今の炎の魔力は十分に人を殺せるだけのものだったはずだぞ……」

「それは、その、私の体は、元々魔法には耐性があるといいますか……」

 珍しく口ごもるユリアに、詠治は疑いの目を向ける。魔法に耐性のある体など聞いたことがない。けれど実際、今ユリアは炎をまともに受けてなお平然としている。

「いったい何を隠してるんだ? 説明してもらいたいものだな」

「……ドラゴンの血です」

「ど、らごん……?」

「はい。神暦のころ、私の祖先は竜殺しの異名で名を馳せました。彼は竜を倒した際にその血を浴びて、自分も竜の血をその身に宿したのです」

「まるで魔粒だな……。で、お前もその血を受け継いでいると」

「そうです。竜には元々魔法は通用しません。どんな属性のものを放ったところでたちどころに鱗に辿り着くや掻き消えてしまいます。私が先ほどの魔法を受けても無傷だったのは、その性質によるものです」

 魔女殺しのユグルズの力の秘密が、その身に流れる血にあるとは誰が想像できただろうか。歴史には一切残っていない新事実である上に、竜の血などというものが存在すること自体が発見だ。

「……無敵だな、ユリア」

「そうでもありません。貴方方の魔女の血と同じで、代を追うごとにトラドット家の竜の血も薄くなっていきました。私の代ではもう魔法による攻撃の耐性があるというだけで、その魔力が大きければ防ぎきることはできません」

「いや、さっきの宮上の魔法を素手で受け止める時点で十分防げてるから」

「そうですか。けれど、私は血になど興味ありませんから」

 ユリアは浮かない表情で佇んでいる。凄まじい力があるというのに、どうして得意にならないのか、竜の血どころか魔女の血にも恵まれていない彼には不思議でならなかった。

「それよりエイジ、先ほどの視線が私は気になって仕方ありません」

「…………あ? まだ気にしてたのかよ。どうせユリアが感じた視線は、宮上たちだろ」

「いえ、彼らではないと思います。私が感じた気配に、敵意や愚かさは感じなかった」

「じゃあ誰なんだよ」

「私が知るはずもないでしょう。知っているとしたら貴方ですよ、エイジ。先ほどの絡まれようだと、貴方は常日頃から周囲の人間といさかいを起こしていそうだ」

「知るか。大体僕は何もしちゃいない。連中が僕に目をつけているだけだ。フンッ、周りの下種なんかどうでもいい。来るなら来いってもんだ」

「貴方はすぐそういうことを言う」

「うるさい。――で、どんな感じだったんだよ、その視線とやらは。ていうか今も見られてるのか?」

「いえ、今は感じられません。そうですね……不安、でしょうか」

「抽象的すぎてわからん。そんなヤツに心当たりはない」


 ユリアの甲冑をまた卵に封印し、二人は帰路に着いた。

 視線の正体は、ユリアの言うとおり不安に類するものに違いない。

 ただ、それは厳密に言えば、嫉妬だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ