夜型のユリア
ユリアといっしょに住むようになった翌朝のことだ。
詠治は寝袋から身を起こした。これは布団が一組しかなかったための苦肉の策で、ユリアには布団を使ってもらい、自分はキャンプ用の寝袋を使うことにしたのだ。詠治にしては紳士的な行動と言えよう。
二十センチほど距離をあけて、ユリアが布団の中で寝息を立てている。
詠治はなるべくユリアのほうを見ないようにしながら立ち上がり、窓に近寄りカーテンを開け放った。途端、朝日が四畳半を照らした。
『あぁ、もう朝なのですね』
そんな寝惚けた声が背後で聞こえ振り向くと、ユリアが目をこすっていた。
『ゆ、ユリア……お前それ、どう、なってるんだ?』
詠治は噛みながらもどうにか訊いた。ユリアの姿があまりにも奇怪だったからだ。
ユリアはその身を半透明にさせていた。その透明度は、ユリアの向こう側にある台所と四畳半を仕切るガラスの引き戸がうっすらと見えているほどである。
『どうなってる? 何がですか?』
『その体だよ!』
『えっ――』
そこでユリアはやっと己の身に異常が起こっていることを知った。「これはいったい……だからですか、妙に体に力が入らないのは。いまいち気分が引き締まりません」
そんなことを言っている間に、ユリアの透明度が少し増した。「服が……重いですね」
『服が重いって……それはお前――』
消えかかってる、ということだ。詠治は取り乱した。
――イドゥンのリンゴの効力が切れたってことなのか? またあのリンゴを使えばいいのか? いやあれはもう全部ジュースにしてしかもこぼしちまった……どうすればどうすればどうすればっ!
けれど、ユリアはとても落ち着いていた。まるで動揺した様子もなく、窓のほうに視線を向けた。
『エイジ、カーテンを閉めていただけますか』
『うるさい黙れ! 今打開策を練ってるんだよ!』
『その打開策を提示したのです。私は』
『…………は?』
『お願いです。カーテンを閉めてください』
『ったく何だよお前はっ。朝が苦手なのか? この非常時に何言ってるんだ……』
ユリアに呆れながらも、詠治は言われたとおりカーテンを閉めた。朝日が遮られ、部屋が薄闇に包まれる。
『お望みどおり閉めてやったぞ――って……あれ』
詠治は口をポカンと開けてユリアを見やった。彼女は透明度ゼロパーセント、ごく普通の肉体に戻っていた。もう向こう側のガラスの引き戸が見えたりもしない。
『ふむ、やはりそうだったか』
『…………どういうことだ? 説明しろ』
『いえ、ただ日の光りを浴びれば浴びるほど力が抜けていったもので、もしやと……』
『日の光り? なんだよそれ、まるで吸血鬼じゃないか』
『本当にそうですね……考えられるのは、貴方が作ったイドゥンのリンゴの果汁が不完全だったのではありませんか? 例えばただのリンゴの果汁も含まれていたとか』
ユリアに指摘され、詠治は昨日のことを思い出した。たしかにリンゴを二つ分、ミキサーに放り込んだ。イドゥンのリンゴと普通のリンゴ。――あと水も入れたぞ。
『あぁ、そういえば……ん、もしかして……』
『はい、不純物の混じったイドゥンのリンゴの果汁で冥界から呼ばれた私は、完全な形で蘇生しなかったようですね。おそらく、太陽の光を浴びれば消滅してしまうのでしょう』
これが〝現代に生き返ったユリア・トラドット〟の致命的な弱点である。
*
「エイジ、エイジ」
ユリアの呼びかけに、またも自分がトリップ状態にあったらしいことに気付く詠治。「……ん、あぁ」
「本当にどうしたのですか、今日の貴方は。もし今のエイジが城の門番だったら一喝しているところです」
「この僕を門番ごとき下種で例えるな」
「エイジはすぐ下種だの塵だの屑だと言う。そのような言葉遣い、博識な貴方には似合いません」
「フンッ」
詠治はユリアを無視して目玉焼きを箸で突く。
――一人暮らしをしているから気付かなかっただけで、もしかしたら僕は部屋ではいつもこんなふうにトリップしているのかもしれない……考え事も多いし……。
とはいえ詠治に頭を使うなというほうが無理だった。そんなことをしていては、勉強をすることも周囲を出し抜くことも陥れることもできない。この魔女殺しを利用することだって――。
とにかく、太陽の光には細心の注意を払わなければならない。念のためにカーテンだけではなく、雨戸も閉めている徹底ぶりだ。ユリアには昼間は室内でテレビでも見て我慢させればいい。夜、銭湯に行く時にどうせ外に出るのだから、引き篭もりということにはなるまい。
――それと、魔法を使う際にも気をつけないと。僕の場合は。




