第七話 蠢動
どうも、パオパオです。
本編のネタをペタペタ……。
そんな作業ばっかです。
次話の投稿は遅れると思います。
ちょっと、勉強がんばらないといけないので。
――雨はあまり好きじゃない。
雨は体を鈍らせる。
しとしとと降り続ける水滴は体の熱を奪い、余分なエネルギーを消費させる。
森の中を歩いていく。
エルフの里に近付く程に、緑の色は濃くなっていく。
豚人という肉の層も、繁茂する森林も。
清涼な空気を生み出して、生きやすくしてはくれている。
豚人の見回りの成果だろう。森の中で生きられる生物は限られている。
筆頭は豚人の主人であるエルフ。
次いで、使い潰されて数を徐々に減らす豚人。
加えて、人に害をなすことも出来ない貧弱な草食動物。主に見つかった豚人に乱獲されているため、殆ど見られないが。
そして、最後に。
どんなに豚人が減らしても、殺し尽くせない。
どんなにエルフが対処法を考えても、それに対抗してくる。
そんな、存在――昆虫。
小さくも有害で、大きくて生物を殺す。
進化と発展を繰り返す、愚かな加害者。
エルフは虫達を、蛇蠍の如く嫌悪している。
それも当然だろう。
虫達は森の恵みを搾取する一方、何も森にもたらさない。
閉鎖された領域の内部において、エルフ達にとって益虫となる虫など存在しないのだ。
エルフの里の内部では、おそらく羽虫の一匹すら存在し得ないのだろう。
いつだったか、遥か昔に興味本位で里に近付いたことがある。
エルフの勢力圏内である領域の中であっても、里の警護は一際厳重だ。
いかなる豚人も、近付く事すら許されていない。
そんな中で、俺は隠れながら里へと近付いていった。
まだ今程体が大きくなかったこともあり、潜入自体はあまり難しいものではなかった。
エルフの稚拙な監視網を抜け、見つからずに森の中心へと向かっていく。
後一歩で里に入れる、そんな時。
慢心していた俺の横合いから、一匹の蜻蛉が迫ってきた。
ギリギリで気付いて後ろに避けられたものの、一歩でも前に出ていれば頭を刈り取られていてもおかしくはなかった。
領域の中に生息する虫達は、積極的に排他されてきた結果なのか、歪な形に進化を果たしている。
たとえばそれは、巨大化と微小化の二極化である。
俺の頭を食い千切ろうとしていた蜻蛉は、小柄な小人と同程度のサイズだった。
そんな蜻蛉が、突撃の勢いを減衰させずに、エルフの里の中へと頭殻を入れた瞬間――
蜻蛉の頭が、抉れた。
里の中へとそのまま体も突っ込んでいき、頭と同じく削り落とされていく。
バラバラになった殻と、夥しい量の体液を周囲に撒き散らして、蜻蛉は死んだ。
息を飲んだ。飲まざるを得なかった。
口の中がカラカラに渇いて、自分のしようとしていた事の無鉄砲さを呪いたくなった。
けれども、俺は結果として、五体満足のまま生き残っている。
その事を噛みしめて、踵を返した。
――一瞬だけ、里の中へと飛び込みたくなった衝動を、蜻蛉の死骸を見て抑え込んで。
あの光景の原因が何だったのか、今でも詳細は分からない。
けれど、エルフが虫を見ると、何の途中であっても全力で殺しにいく事は明白だ。
ともすれば、あれは里に入る虫を殺す術なのかとも思ったが、そういう訳でもあるまい。
あれはきっと結界的な何かで、正しくない方法で里に入ろうとしたものを排除するのだろう。
そんな大層な対策を施している以上、あれだけエルフ達が嫌う虫が、エルフの里の内部で生きていられる訳がない。
……閑話休題。
結局、何が言いたいかと言えば、大小様々の虫は、領域の中で数多く生息しているという事。
それが何を意味するか――雨音に遮られているが、俺の知覚能力は、並一般のものではない。
雨天の中でさえ獲物を求めて彷徨う彼らには、敬意すら覚える、かもしれない。
流石に微小の虫達は、雨に羽をやられて飛び回っていないようだ。
――飛んではいないだけで、足下を這い回っているが。
「……なんでかね。俺に限って、虫達がこうも集まってくるのは」
そう。
俺だけが、昆虫を引き寄せる。
他の豚人は、滅多に遭遇しない筈なのに。
どういった理由からか分からないが、豚人は虫から嫌われている。
臭いか、肉の味か、それとも別の何かか。ともかく、豚人はエルフ程には虫が近寄ってこない。
そうでもなければ、豚人は今以上に数を減らしていた事だろう。
豚人が戦闘に長けていると言っても、虫も決して弱くはないのだ。
群れて襲ってでも来れば、確実に数体の豚人は犠牲になる。
けれど、俺はどうも例外らしい。
俺は虫達に――
「愛されている、と言うべきか?」
苦笑しつつ、近寄って羽を休めた大きな蛾の頭を握り潰す。
びちゃびちゃと紫色の体液が体に飛び散るが、流れる滴がそれを洗い流す。
手の中に溜まった僅かな薄紫の液体を、おもむろに口へ流し込む。
殻も肉も、虫の部位は食べられないが、体液だけは別だ。
嚥下した液体は、この上ない充足感を与えてくれる。
小さな虫達が、骸となった蛾を貪ろうと集まってくる。
残っていた形は崩れ去り、程なくして何もなくなる。
奇妙な程に膨らんだ小さな虫を適当に踏み潰すも、抵抗の一つもない。
いくら残虐な仕打ちをしようとも、殆どの虫達は攻撃する意志もなく、ただ近寄ってくる。
訳が分からなかった。
「不思議と、こんな気持ちの悪い生物に、嫌悪感は抱かない訳だが。何でだろうな」
それ以上虫に拘うのも阿呆らしいと、止めていた足を再度動かし始める。
気付けば、雨も随分小降りになっていた。
臨時のエネルギー確保も出来たし、満足だ。
……そう思っていられたのは、寝床に着くまでの短い間で。
大きな蓮の葉で雨宿りをしながら迎えてくれた童女は、殆ど涙目だった。
脇に置かれた濡れている果物を見れば、予想以上に時間が経っていた事を理解する。
長時間の無断外出を身振り手振りで謝罪し、機嫌を取るためにまた労力を使った。
全てを終えて、珍しく童女が俺の寝床で寝息を立てる頃には、空から光が消えていた。
見上げると、墨で塗りつぶされたかのような一色の黒。
星もなく、月すらない夜は、久し振りだった。
緑の翼で童女の体を挟むと、俺も横になる。
童女は軽く身動ぎしたものの、柔らかな感触に包まれて次第に静かになっていく。
小さな呼吸音を除いて、この場には何の音もない。
生み出された静寂は、誰にも破られる事なく、夜を深めていった。
読んでくれてありがとうございました。
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