第六話 血に濡れて
どうも、パオパオです。
今更ですが、この作品は中編程度の長さを予定しています。
文字数にして、本編の半分くらいでしょうか。
今の一話あたりの字数だと、厳しい感じもしますけれど。
今話はまた、短めです。
何事もなく、強いていえば後始末と伏線を貼る作業のみ。
ラストに備え、今の内にペタペタとしていきます。
「……ふぅー。満足だ」
ボリボリと骨を齧りながら、充足した腹を擦る。
辺りに散らばるのは、赤黒く染色された襤褸切れと、破壊された武器の数々。
修理すれば再び使えそうなものもあるが、どれも修理の手間を惜しむ程度に錆び付いている。
食事中の手慰みに行ったことだ。
「俺が持って帰るわけでもあるまいし。ゴブリンが回収出来ないようにしておくだけでも違うだろ」
噛み砕いた骨の欠片を吐き捨てて、拾っておいた石柱をまだ元の色が残る襤褸で拭いていく。
布にしても清潔なものではないため、最低限の血痕を拭っただけで終える。
汚れきった襤褸切れを投げ捨てると、丁度吹いた風に乗って流れていった。
「水浴び位はして帰りたいが……」
汚れに汚れた体を見回して、溜め息を吐く。
入れ替わった皮膚の残り滓、血塗れの肉体、塵同然になった衣服。
今の格好はお世辞にも、人前に出れるようなものではない。
けれど残念ながら、近辺に水場はない。
元より、水場は全てエルフ達が独占している。
豚人は狩った獲物や採った果実を献上する事で、幾許かの水と肉を配給されるのだ。
無論、献上せずに隠れて消費しようものなら、豚人全体へ配給される物資が減らされてしまう。
仲間意識の強さを逆手に取った方法だが、実際それで上手く回っているのだから不思議なものだ。
エルフはやはり頭が良いのだろう。
別段、豚人達は、逃げる事を禁じられている訳ではない。
エルフによる首を絞める呪いの如き攻撃は、外周部から一歩でも外に出ればそれで効果は著しく落ちる。
外周部をエルフに気付かれぬように越えることなど、領域を守護する豚人にとっては容易い事だ。
しかし、逃げられるのは戦士階級のみ。
常に監視の目が張り巡らされている女子供達は、決して逃げる事は出来ない。
そして、豚人の逃亡が明らかとなった時、女子供達から無作為に選ばれた一体が、エルフの手によって公開処刑される。
じわじわと命を奪われる、守るべき者の姿を見せられて、逃げようと思う豚人は居ない。
だから、外周部に出没する生命というのはつまり、豚人ではあり得ない。
先に不意遭遇を果たしたように、組織的に他種族が侵攻のために現れる他、生命体は存在しえない。
食物も、水源も、生きるために必要なあらゆる要素が欠けているのだ。
興味本位で踏み込むにしても、外周部という境界線は高く、険しい。
「……何だ?」
だからこそ、疑問に思う。
こんな場所で、物音を立てる存在に。
豚人ではないのであれば、小人の生き残りだろうか?
そう思って、鋭敏な聴覚が捉えた方向へ意識を集中させると――
「チッ! あんな異常な個体が居るなんざ聞いてねーぞ!」
見えるギリギリの位置から、一つの影が飛び出した。
小人程には小さくなく、エルフと同程度であろう大きさの影。
脱兎もかくやの如き様相で、一目散に逃げ出している。
「敵対勢力、ってことに間違いはないだろうが……」
追うべきか、否か。
後の面倒を思えば、確実に仕留めておくべき獲物だろう。
けれど、俺は既に長時間に渡って寝床を離れてしまっている。
短時間で目標を撃滅出来れば問題ないが、鬼ごっこを楽しむだけの時間はない。
他の豚人と違って、俺はそこまで同族意識が強い訳でもないが、それでも無駄に同族を殺そうとも思わない。
加えて、あまり長く姿を見せないと、とある童女の心配が加速度的に募ってしまう。
「まあ、これを分水嶺にしておくか」
そこらに転がっている骨の内、形の残ったものを一つ拾う。
感触を確かめ、問題ないと把握する。
そして、まだギリギリで視認出来る影の姿を捉え、大きく振り被る。
「せぇ、のぉ!」
投擲する。
縦に横に、自由に回転を続けながら、太めの長い骨が飛翔する。
狙うは勿論、逃げ続ける影。
どこか期待を込めながら、その結末を見守る。
骨が影に近付いた瞬間――影が消えた。
いや、消えたのではない。
骨が過ぎ去った後で、地面から生えるように、また影が姿を現した。
タイミング良く転んだのか、それとも飛翔音に反応して地に伏せたのかは俺が判別出来るところではないが、まあいい。
どちらにせよ、あの影は俺との勝負に勝ったのだ。
素直に帰ることにしよう。
立つ鳥跡を濁さず。
翼はあっても飛べないただの豚ではあるが、塵を散らかして喜ぶような奇特な性癖は持ち合わせていない。
適当に掘った穴に戦利品の数々を埋めて、石柱を回収する。
……ところで、何か大切な事を忘れている気がするが、何だろうか。
分からないから分からなくてもいい気がする。
きっと、そんな些事なのだ。
そう断じてみても、何も変わらない。
胸の内に燻るもやもやを抱えながら、小走りに寝床へと向かう。
途中、黒々とした空から、滝の如く激しい雨が降り出した。
ザーザーと、煩いまでの水の音。
汚れを押し流す雨粒が、火照っていた体に心地いい。
これならば、童女に悟られる事もないだろうと、期待して。
緑の翼を折り畳み、悠々と泥の上を歩いていった。
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