第三話 今という状況
どうも、パオパオです。
いつも通り? 書き溜とも呼べない書き溜が今話で終了です。
明日は書く時間がいっぱいとれそうなので更新できると思いますが、予定は未定という……。
早速評価して下さった方もいるようですし、感想も頂けているので、出来る限り更新していこうと思います。
他の同族が寝泊まりする集落から離れた位置に、俺が一日を過ごす場所は存在する。
何十本もの朽ちた倒木に囲まれる大岩が、俺の寝床だった。
俺が殴っても僅かに欠けるだけの堅固なそれは、豚人の中でも巨体を誇る俺の寝床にするには丁度良かった。
立地にしても集落から遠過ぎず近過ぎず、有事には問題なく駆けつける事が出来る。
加えて、俺の寝床として周知されているからだろうが、同族が訪れる事は滅多にない。
希に年若い同族の少年達が度胸試しか何かで訪れる他、本当にこの居場所は静かだった。
今更言うまでもない事だが、俺は異端である。
肉体の成長速度が異常であるとか、背中から生える一組の翼の事とか、外から見て分かる異常もいくつかある。
だが、外面だけでなく、内面においても俺の異常は存在していた。
生まれた瞬間から使用出来た、"吸血"とでも呼ぶべき技を始めとする特殊技能の数々。
その中でも際立った、暴食の呪いと言っても過言ではないもの。
俺は何か行動する度に、著しくエネルギーを消費する。
それは戦闘であったり、または重量物の運搬であったり、ただ歩いたり走ったり、はたまた息をするだけでも膨大なエネルギーを失ってしまうのだ。
経験則からすると、大凡一日も絶食すれば、俺は指一本動かせなくなるだろう。
解決方法は単純で、何かを食べればいい。
肉を食らい、樹木を齧り、骨を丸飲みにする。
たとえ少量であっても、異常なまでの変換効率が助長するおかげで、食べさえすれば行動が可能になる。
しかし、何かを食べた直後、俺の身体能力は全体的に低下する。
逆に、食事を絶てば絶つ程、身体能力は向上していく。
本当におかしな体だと思う。
「ぐぅ……ッ!?」
ごろんと寝返りを打とうとしたところで、背中の翼に激痛が走る。
俺の体重が重過ぎるためか、ただあるだけの、飛ぶ事は出来ない二枚の翼。
鍛えられる部位でもないので弱く、それでいて感度は高い。
利便性で言えば毟り取ってしまった方がいいと思うが、二つの理由で行っていない。
一つは何となくという、理由にもならないものだ。
しかし、翼を千切る事が命を落とすよりも重いと言わんばかりに、その想いは強い。
そしてもう一つは――
『あー! <ファリオ>、また<翼>を折ろうとしてる! <駄目>って言ってるでしょ!」』
痛む翼を擦っていたところで、聞き慣れた童女の声が響いた。
羽から手を離して童女を見ると、何故か目に見えてご立腹だった。
真面目に怒るっている理由が分からない。
翼か羽か、そのあたりの単語が聞こえてきたが……ああ。
もしかしすると、俺が翼をもごうしているようにでも見えたのだろうか。
『勿体ないから折っちゃ駄目! <それは私の>物なんだから!』
分かりやすく怒りを表す童女。
然もありなん。俺が翼を毟れない理由のもう一つが、この童女に強硬に反対されているからなのだ。
童女は普段から羽の中に頭を突っ込んで遊んだり、何本か抜いて装飾品に使っていたりする。
彼女の頭を纏めている髪留めにも、緑色の羽が三本使われていた。
『ほら、<ご飯>持ってきたよ。<これを食べたら翼>を折ろうなんて思わない事。分かった?』
指を一本立てて、言い聞かせてくる童女。
食事の前の躾だろうと思い、正座をして真摯に童女の言葉に頷いていく。
何を言っているか、勿論理解出来ていない。
だが、それで満足したらしく、童女は笑みを浮かべて"今日の食事"を手渡してきた。
『<どうぞ>。いっぱい<食べて>、もっと大きくなってね』
木で編まれた籠から、三つの林檎を手渡される。
いや、厳密には林檎ではないのだが。
目に痛い程の黄色い果実は、若干ピリピリと酸味があるが、概ね林檎のような味だからそう呼んでいる。
片手に三つ同時に乗る程小さいそれらを受け取り、一つ口の中に放り込む。
いい加減食傷気味の甘味と酸味を飲み下して、同時に体が重くなるのを錯覚する。
たった一粒でも一食分に匹敵するのだから、この体の栄養吸収効率は異常の一言に尽きる。
まさかただの果実がそんな過剰なまでのカロリーを有している訳もないだろうから、解釈として間違ってはいない筈だ。
「ふ、ぁ……」
残った二つの果実を腰の袋に納め、エネルギーの消耗を抑えるために横になる。
漏れた欠伸を適度に噛み殺し、瞼を閉じて呼吸を整える。
さあ眠るか――そう思った途端に、首輪がぐっと引っ張られた。
『ほら、眠らないの。みんな待ってるんだから、行くよ』
目を開ければ、ぐいぐいと首輪を引っ張りながら、童女がどこかを指差していた。
無視してはいけない類の用事らしく、根気よく首が締められ続けている。
いくら童女の腕力が弱いとは言え、首なんていう急所を弄られ続けるのは好ましくない。
仕方なしに立ち上がると、体をくっつけていた童女は潰れたような声を上げて尻を打ちつけた。
『だから、急に動くのは<やめて>ってば!』
ぷんぷん、という擬音が聞こえそうな程分かりやすく怒っている童女を摘み上げる。
いきなり体が地面から離れて両手両足をばたつかせる童女を肩に乗せ、のそりと歩き出す。
暴れていた童女は、肩から落ちないように大人しくなっていった。
その手は確りと首輪を握っている。
――向かう先は、豚人の集会場。
先程童女が指差した先には、それだけしかない。
然もありなん。
何せ、数百の豚人が一度に集まれるように作られた空間なのだ。
相応の広さがなければならない。
童女が乗っていない方の肩を解しながら、焦らず急がず歩いていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
見えたのは、一箇所に纏められている緑の群体。
格好から推察するに、戦士階級の同族が全員集まっているのだろう。
その数は百を優に越えている。
集合状況から察するに、俺が最後だったらしい。
緑の塊の前に立つ男が、険しい目でこちらを睨んできた。
男は、チロルよりも長い耳である事から、エルフである筈だ。
濃緑の髪色と、透き通るような肌の白さが、純血のエルフであることを表している。
その美貌に見覚えがないので、かのエルフが新たに豚人の取り締まりを担う事になったのだろう。
激情家のようなので、面倒が多そうで憂鬱になる。
『<ティロル>! 貴様、一頭の豚を連れてくることすら満足に出来ないのか! これだから混ざり物は……』
『も、申し訳ありません、レンブファート様……』
男の怒号に童女が反応した事を考えると、どうやら睨まれたのは童女の方らしい。
一気に怯えた様子の童女が深く頭を下げるのを横目に見て、無言で腰を下ろす。
急な動作に反応出来なかったのか、体勢を崩して落下した童女を掌に乗せる。
ぎゅっと目を瞑っていた童女が恐る恐る目を開けると、自分の居る場所を理解して、ほっと息を吐いた。
『<ティロル>! 何をしている!』
『は、はい! ごめんなさい!』
再びの怒号に体を跳ねさせ、地面に降り立って何度も謝罪らしき行動をする童女。
つまらなさげにそんなやり取りを見ていると、こちらにも怒りの矛先が向けられた。
『元はといえば、貴様が集合に遅れたせいであろうが! 自分は関係がないような態度をするな!』
「……何をそんなに怒って」
『その耳障りの悪い音を<止めろ>! 異形の分際で私の耳を犯す気か、この木偶が!』
顔を真っ赤にして、長耳の男が捲し立ててくる。
何を言っているか分からなかったので、無意味だと知りつつも反論しようとしたら、何故か更に怒りが増した。
止めろと言われたので渋々口を噤み、耳を通り過ぎる騒音に頷きだけを返していく。
『――分かったな、木偶! 次はないと思え!』
「はいはい」
『……この、馬鹿にしおって!』
惰性で首を振り続けていると、不意に長耳の男の纏う空気が変質していく。
気が付いて男の様子を窺えば、見知った物体がその指に填まっていた。
銀色に鈍く光る、毒々しい装飾に彩られた指輪。
男は祈りを捧げるように、その指輪を高らかに掲げていた。
『――深淵に潜みし禍つ神よ。愚かな寵児に祝福を与え給え――』
何かの一説を諳んじて見せたかと思うと、首輪がギリギリと締め付けてくる。
予想通りの感覚。
近く味わう羽目になると思っていたが、流石に即日中に使われる事になるとは思っていなかった。
耐えられない程ではないが、息苦しい。
横目で同族達に視線を送ると、その全てが首輪を引き千切ろうと抵抗していた。
中には、倒れて泡を吹いている者も居た。
『――ふむ。想定していた程度には効果があるか。やはり一度使ってみないと分からんものだな』
蹲る緑の群を余所に、長耳の男は鈍銀の指輪を陶酔したように眺めていた。
その近くでは、続々と気絶する豚人の数が増えてきている。
気付いていないのか、いや、気付いているのだろう。
一瞬向けられた視線には、抑える気のない嘲りが籠もっていた。
『お、お止めください、レンブファート様。このままでは、無駄にオークの数を減らしてしまいます。そうなれば、長もお怒りになるかと……』
平伏していた童女が男に何かを懇願すると、突如として男は激昴した。
『混ざり者風情が我らが長を語るな! ……まあ、いいだろう。貴様に言われたからではないが、無為に家畜の数を減らすもの勿体ない。ここで終わらせてやる』
酷くつまらなさそうな顔をして、男が再び指輪を掲げる。
一言二言、何かを呟いたかと思うと、首を圧迫していた感覚が立ち消える。
僅かにまだ意識を残していた数体の同族は、憔悴しながらも座ろうとしない。
恨みがましい視線が、俺と長耳の男へと向けられた。
睨み返してやると、俺へ向かっていた視線が長耳へと流れていった。
『……さて、改めて名乗ろう。私は、新たに貴様らの管理を任された、レンブファートだ。逆らった者から処分していくので、承知しておけ――』
高らかに謳い上げる長耳の男の声に、しかし豚人達は誰一人として耳を傾けていなかった。
独演会に反応するのは、縮こまっている童女ただ一人。こまめに相槌を打って、男の自尊心を満足させている。
話を聞く余裕は俺にもあるのだが、いかんせん言葉が分からないため、首肯以外の反応は返せない。
こういう時には言葉を覚えようかと考えはするが、直ぐに面倒だと一蹴する。
『――以上である。貴様ら、命に代えても森を守れよ』
最後に何かを厳命して、長耳の男は立ち去っていった。
その姿が完全に見えなくなると、立っていた豚人がのろのろと同族へ近付いていく。
気を失っている者に肩を貸して、それぞれの集落に帰っていくのだろう。
豚人は凶暴な見た目に反して、かなり仲間意識が強いのだ。
尤も、共に住む者が居ない俺には関係がない話だが。
立ち上がって、帰路に就く。
首を回すと、ゴキゴキと小気味いい音が鳴った。
少し曇り気味の空を見上げていると、視界を一匹の羽虫が横切る。
「…………」
反射的に、掴み取って潰していた。
微かな抵抗すら敵わず、体液が掌を湿らせる。
ささくれ立った気分ごと、羽虫の死骸を飲み込んだ。
「……ゲポッ」
耐えがたい嫌悪感に襲われ、胃液が逆流する。
酸性の悪臭が広がり、口元を拭いながら土をかけた。
誰も見ていない。よかったと思う。
何故だか。
いや、分かっていることではあるが。
何でも――それこそ、肉だろうが魚だろうが、果実だろうが骨だろうが、泥水だろうが木の根だろうが問題なく食べられるこの体なのに。
「……ゴフッ」
虫だけが、食べられない。
読んでくれてありがとうございました。
意見、評価、感想、指摘などを頂けると嬉しく思います。